オランダ「ダッチデザインウィーク」を巡る朝 haru.×和田夏実【前編】
月曜、朝のさかだち
『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第3回目のゲストはインタープリター・リサーチャーの和田夏実さんをお迎えしています。この日haru.さんは日本を飛び出し、オランダで開催されていた『ダッチデザインウィーク』*①を訪れ、コミュニケーションデザインコレクティブ「MAGNET」*②のメンバーとして出展していた和田さんと合流。この『ダッチデザインウィーク』はオランダ・アイントホーウェン市内の各地で開催されており、二人はアトリエが並ぶエリアを散歩しながらお話しをする朝活を行いました。
現在イタリア・ミラノ工科大学に所属し、EUの研究プログラムにてリサーチャーとして活動する和田さんと再会するのは1年ぶりだというharu.さん。この日は気温が低く、寒くなってきたところでカフェに入り、近況報告として和田さんのイタリアでの生活についてのお話を聞きました。記事の前編では、和田さんの普段の活動や『ダッチデザインウィーク』に出展していたブースについて、カフェでふたりが話したイタリアでの生活(お仕事編)についてを改めてお話しいただきました。
本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!
和田夏実さんに聞きたいコト
Q.通訳の仕事には「想像力が欠かせない」ものなのだと知れました。たとえば、通訳時に想像する力が必要だなと感じられる場面やエピソードがあれば教えてください。
A.今は色んな国を巡って”ケア”について考えてますが、それも言語や宗教、社会背景によってとてつもなく異なっていることが社会システムとの関係の中でみえてくることがあり、何を保障することが”自由や安全”なのか、それぞれに大切にしているものの違いを感じます。
Q.言葉に身体がのらないと届かないという表現がありましたが、言葉に身体をのせるために日々、大切にしていることはなんですか?
A.できる限り日々起こる様々なことや他者の想いを否定せず身体で受けとりたいなと思っています。あまり着ない服やお店、食べたことのないものや雑誌などもどれもこれもその語彙や体験が増えると思いながら、飛び込むのはとても楽しいです。(サーフィンの専門用語や工具の名前、目の前の人の読んでる本などなど、、)無限に世界が広がってるなあといつも思います
「より良いとは何か」を探せるのが通訳者
haru._和田さんとは結構長い付き合いで、「わだなつ」と呼んでいるので、今日もわだなつと呼びますね(笑)。今回はオランダで開催していた『ダッチデザインウィーク』に行ったんですけど、そこにわだなつも出展していたんです。なので今回の朝活はオランダで行いました。
和田夏実(以下:和田)_曇り空の下でね(笑)。
haru._あれはわだなつが所属しているコミュニケーションデザインコレクティブのMAGNETとして出展していたんですよね。どんな内容で展示をしていたか教えてもらえますか?
和田_盲ろう*③の田畑はやとさん*④という方が触覚を通して世界を理解していて、その世界の理解の仕方を使って一緒に遊んでいるうちにできたいろんなゲームを、来てくれた人たちと一緒に遊ぶということをしていました。ろう者の両親のもとで育ち、私自身も手話と日本語が第一言語だったのもあるんですけど、触覚の言語を知ったときに、これまでとはまた違う景色が見えてきたんです。実際に展示に来てくれた人たちも、新しい感覚の扉を開いて帰っていました。 田畑さんが美しいと思ったことや、田畑さんの記憶の中にあるものがかたちになっていくことで、私たちがこれまで見えていなかったり、意識に上がっていなかったものが、存在するようになったりして、それがすごく面白いなと思いました。
haru._その場の数分間のゲームだけでも、新しい感覚を手に入れたみたいな気持ちになった。その感覚を自分の生活ですぐに活かしたり、思い出せるかと言われたらそうじゃないかもしれないんだけど、ふとした瞬間にあの感覚が引き出されるときがあります。
和田_通訳介助というのをするうえで研修を受けるんですけど、人の手を持つときに上から手を持つのと、下から手を持つのとでは、持たれた人の主体性が大きく変わるんです。上から持っちゃうと、自主的に手を離すことができないし、逃げられなくなっちゃうから、絶対に下から持つように教えてもらうんです。そうすれば、持たれた人が離れたいときに自分から離れられるようになる。そういった触れること自体の優しさというか、マナーというか、「こうやって触れると、お互いをリスペクトしてる」と伝えられるんだということを誰も教えてくれないじゃないですか。そういうことを田畑さんとご一緒していくなかで、「手を触れるときに、爪を立てられたら嫌だ」ということなどを改めて理解していきました。触れるという行為が親密なコミュニケーションだからこそ、どうしたらリスペクトフルでいられるかっていうのはすごく面白いなと思います。haru.は下着ブランドをやっているけど、下着も身体の一番大切なところに近いものだよね。
haru._HEAP*⑤では性教育の話もしたいなと思っているんですけど、切り口がすごく難しいなと思っていて。わだなつが相手にどう触れるのかってことを誰も教えてくれなかったって言っていたけど、性教育のことを考えるときもそこが起点になっていてもいいなって思っています。頭ではわかってるけど、これまでに摂取してきたメディア内での人の扱い方や触れ方とか、目で見た情報を模範にしがちじゃないですか。目の前の相手がどう触れてほしいのかということを考えたり、相手にどうしてほしいか聞くっていうとこから始めないと、身体的な実感を持って理解することってできないんだろうなってすごく思います。
和田_親子を対象に「手を合わせてふたりの真ん中を探してみてください」というワークショップをよくやるんですけど、親は子どもの成長を常に見ていても、このワークショップを通して意外と力が強くなっていることに気づいたり、子どもも「こんなに強くお母さんのことを押してたんだ」っていうことに気づいたりする。そういうことをささやかにパートナーや親子、親密な人たちとやれたりするといいのかなと思います。コミュニケーションの原点に立ち返ったときに、相手のなかに何があるのかみたいなことを、触覚的な視点で田畑さんはいつも教えてくれるんです。
haru._ヨーロッパだから挨拶でハグをするっていう文化があると思うんだけど、田端さんとオランダで会ったときに、「今、田畑さんはハグにハマってる」っていうのを聞いてすごくおもしろかった(笑)。挨拶が西洋式になっていましたね(笑)。
和田_そうなんですよね(笑)。私も今イタリアに住んでるんですけど、最初の1、2ヶ月はすごく不安で、何かを言うたびに「この文化圏ではこれで合っていたのかな…」とすごく探っちゃうことがあったんです。そういうときに大学の教授の先生が私の腕をぎゅっと持って、その手のぬくもりと圧力から「大丈夫だってこの手は言ってるな」と思わせてくれて(笑)。「大丈夫」って言葉で言われても、「本当はそう思っていないかもしれない」とか、いろんなことを考えちゃってたと思うんですけど、「その手が、熱が、大丈夫って言ってる」みたいな状況があったんです。そういうハグを含めたコミュニケーションって、言葉にはできない信頼を伝える力があるなと思います。
haru._肩に手をどう置くかで、その人の本心が伝わってきたりするものですよね。そもそもインタープリターって、多くの人にとって聞き馴染みのない職業かなと思うので、どういうお仕事なのか教えてください。
和田_英語ではシンプルに通訳者と訳せるんですけど、解釈者とも訳せる言葉で、私がこのインタープリターって名乗り始めたのが、大学を卒業した23歳ごろ。手話が第一言語だったのもあって、ずっと通訳はしていたんですけど、お父さんとお母さんの「らしさ」がその場でどう出せるかって、通訳者の言葉の使い方とか、間の取り方ですごく変わってくるというのを実感する機会が多かったんです。通訳という仕事をするようになってからも、どうやったら3秒後に会った人の頭の中に入れるかっていうのがすごく大変で。でも、同時にそれがおもしろくもあって。身体から言葉が全然抜けていかないような言葉の重い人もいるし、いい意味で理路整然としていて、言葉が頭にすごく入ってくる人もいる。クラシックバレーやスポーツをしている方のように、私には絶対に追いつけない身体を持っている方の言葉は、その実感が追いつけなくて通訳するのがすごく難しいんです。
haru._そういうときは、できるだけその感覚を想像しながら通訳するんですか?
和田_そうですね…。例えば、私は子どもをまだ産んだことがないので、出産の痛みの話とかを通訳する現場があったとしても、やっぱり言葉に身体がノらない。ノらないと届かないってことがあるんです。だからできる限りいろんな経験を積むことを意識しています。歯を抜くときも、「これで痛いという感覚を得たぞ」みたいな(笑)。全てを体験したいと思うのと同時に、できるだけ自分は0になろうという努力もしています。でも、どうしても身体的に追いつけない感覚に関しては、ごめんなさいと思いながら、まずは言葉を漏らさないようにしたり、いろんな情報のレイヤーがあるなかで、「ここしか担保できないんですけど、あとは本人がここにいるのでご覧ください」みたいな方法を取ったりとか、いろんな方法でその人が発した情報の総体を伝えようと試行錯誤しています。そういった、その人のことを探ることも、それをどう伝えるのかを考えることも、どちらもすごくおもしろくて、それをもっといろんな形でやりたいと思っているということを意思表明するための、インタープリターという肩書きなんです。
haru._なるほど。通訳をするって、私のなかではあまり能動的な作業ではないと思っていました。言葉を受けて、それを変換するときに、わだなつはすごく想像力を使っていて、もはや俳優さんみたいな職業だなって今思いました。瞬発力と想像力をものすごく働かせないと難しいんだなと思ったし、いろんな人に憑依していく過程で、わだなつの「これが私です」っていう軸をどうやって守ってるんですか?
和田_「俳優みたい」とか「憑依する」って言ってくれるのは、俳優の方とワークショップでご一緒させていただいたりするなかで、とても分かるなと思う部分でもあるんです。例えば、haru.が発したことを通訳するとしたら、haru.が何を見ているのかとか、それを見る順番、間の取り方や気を引き締めているときとそれを緩めている感じとか。そういうものを追いかけるんですけど、そうするとだんだん私のなかにharu.の柔らかさみたいなものが入ってきて、扉が開くんです。私はいろんな人の通訳をする過程で、自分の身体が豊かになっていく感覚があって、それが通訳という行為で一番好きなところ。構造的に嫌いな人の通訳は絶対にできないんです。
haru._それどうしてるんだろうって思いました。
和田_どんな人でも、全肯定するところからしか始められないし、そういう仕事みたいに思っています。今のその人の言葉遣いが私個人として許容できなくても、そう形成してしまった社会的要因や圧力みたいなものがあったりするかもしれないなと想像できるところまで、その人を知ろうと努力をする。そうすることで、たぶん全ての人が全肯定できる対象になっていくんです。そういうところから始めるっていうのが決まっているっていうのは心地いいなと思います。
haru._取材するときも、相手を好きになればなるほどいい記事になる気がしていて。わだなつの仕事も、相手の発した言葉を許容できなかったとしても、通訳しているときにその言葉をスキップすることってできないよね。
和田_でも、その場では反論したりできない身体ではあるんだけど、私たちを守るためのガイドラインや、最初の約束とかはあるんです。例えば、文化の違う背景のなかで繋ぐことが多いときに、私は手話の言語を使う方とご一緒することが多いので、パワーバランスがいびつな状態から始まる現場が多いんです。「このパワーバランスを揃えるため」とか、「みなさんを守ったり、みなさんが対等に意見が出せるようにするため」とか、いろんな通訳のあり方があるはずなんですよね。例えば、病院通訳だったら、最初に今日はどこまでちゃんとやりたいかを確認したり、お医者さんに話を聞くっていうのがゴールだとしたら、どんな空気でも絶対に聞くということを一緒にするとか、コミュニケーションのゴールっていうのはいろんな設計ができると思います。
haru._最初にそのゴールを設計したうえで始まるんですね。
和田_もちろん、常にそんなにいい現場っていうわけではないんですけど、そこに気付ける仕事でもあると思う。それぞれの文化や背景を知らない現場っていうのが多いからこそ、対等にどちらの言葉も入っている通訳がその現場に入ることで、いろんな提案ができると思うんです。ハラスメントが起きやすい現場だったら、ガイドラインを作ってみませんかって提案ができるし、違和感を伝えられない現場だとしたら、互いの文化や言語の身体感覚を知るためのワークショップをやりませんかって提案することができる。私が主体的にそうしたワークショップをできるわけではないけど、間にいるからこそ気付けることはあるなと思います。
haru._直接の手話通訳だけじゃない、提案も色々してるんだね。
和田_そうだね。コミュニケーション全般における、「より良いとは何か」みたいなことを考えられるのが、通訳の好きなところだなって思います。
インテリアデザインを通して「自分を取り戻す」
haru._今わだなつはイタリアのミラノ工科大学に所属して、EUのリサーチプログラムの研究員として働いているということなんですが、どんな研究をしているんですか?
和田_ミラノにある認知症の方のセンス・オブ・ホーム(ホーム・家の感覚)*⑥を探る形でケアホームに通って、そこでのインテリアデザインを3年間研究しているんですけど、今1年経ったところです。どんな研究かというと、家って自分のアイデンティティを表す場所だから、そこからケアホームに移ると、自分が失われてしまった感覚になって、病気の進行を早めてしまうことがあるんですね。そういうことをできるだけ減らすために、インテリアデザインはどのようにその人たちの安全性やその人たちらしさを守ることができるのかということを考えたり、ガイドラインを作ったりという研究をするお仕事をしています。
haru._そしたら、ケアとデザインの両軸を同時に学んでいくんですか?
和田_そうそう。チームが8人いるんですけど、シンガポール、台湾、ロシア、アメリカ、スロベニア、メキシコ、インド、日本と、みんなバラバラの国から来ていて。パートナーシップの関係性みたいな親密なところを研究する心理士の人が半分、デザイナーが半分のチームで、それぞれ心理の勉強もするし、デザインのリサーチを見える化をしたりと、どちらのスキルも勉強しているようなチームです。
haru._常にいろんなケア施設をわだなつは転々として、現場を見て話を聞くことが多いんですか?
和田_そうですね。今は大学自体の授業や発表もあるんだけど、それをしながら週2、3でケアホームに通って、施設利用者と一緒に過ごしたりしてます。私の場合は認知症の方の、特に回想療法に活かせるようなインテリアのあり方を考えることも仕事で。例えば、1990年代のポスターを貼ると、「フォード(車種)だ!」っておじいちゃんたちが話し始めたりするんです。そういう、認知症の方が記憶を思い起こしたり、目がキラキラする瞬間をゴールデンモーメントって言うんですけど、ゴールデンモーメントが起こる仕掛けや遊びを考えていくのが私の仕事。でも、イタリア語だし、当然イタリアの歴史とか、おじいちゃんおばあちゃんの世代が何を見て聞いてきたのかっていうのも全く知らない状態からその現場に入るから、最初は「無理かもしれない」って思っていました。でも、コミュニケーションをとりたくて必死だから、「この色は何て言うの?」って聞いたら、「アズーロ(水色)」だって教えてくれて。その瞬間、イタリアに『アズーロ』という有名な曲があるらしく、ケアホームのみんなが一斉に歌い出したんです。でもそういうのも全くわからないんですよ。日本で生まれ育っていたら、タモリさんが誰か分かるけど、外国の方が急に来たら、「どんな人?」ってなるじゃないですか。そういう知識が当時はすごく必要でした。今は香りによる想起の研究をしているので、イタリアの「アクアディ ロゼ」というおばあちゃんたちが全員使ってるぐらいの老舗化粧品メーカーのローションを嗅いでもらって、ゴールデンモーメントを体験してもらったりもしています。
haru._やっぱりそういう瞬間があるんですね。香りってすごく記憶を想起させやすいって言いますよね。他にもわだなつと、施設利用者の方たちを仲介したものって何かありましたか?
和田_私が初めてその施設に行ったときに、ポールさんっていう人が私の顔を見て「Tokyo」と言って(笑)。その人は東京に来たことがあるらしくて、「ここに行ったよ」みたいな話を30分くらいイタリア語と英語で話してくれたんです。そのときに、周りのスタッフが涙を流していて、後々聞いたら、ポールさんはいつも無気力で、ずっと座って何もしたくないという感じの方だったらしくて。だからポールさんが英語を喋れることを誰も知らなかったんですよ。私の黒髪を見たからなのか、「ジャポネ」の言葉なのか、何を見てその記憶を想起したのかわからないんですけど、想定していなかった目の前に日本人がやってくるという出来事が、その人の思いもよらない景色を連れてくることがある。そういうのがおもしろくて、チームのみんなで「今度はここの記憶を探しに行こう」みたいな戦略を立てたりっていうのをずっとしています。
haru._そういうものが想起されることが増えることで、その人らしさを取り戻していく作業になっていたりするのかな。
和田_そうですね。センス・オブ・ホーム(ホーム・家の感覚)の研究としては、まだ文献調査が整理された段階だから、何かを語れるということはないんですけど、そこが安全であるということもすごく大事な要素なんです。あと、自分の大切な写真を戸棚に置いて、自分の世界を作ったりすることができるかどうか。あと、コネクションという、他者とコミュニケーションがとれるゲームが置いてあるかとか。その3つの要素を行き来しながら、アイデンティティやその人らしさっていうのが、家やインテリアなどの物で作り上げられるところがある。 今haru.が「自分を取り戻す」って言ってくれたように、「Finding Me」というのが私の研究のテーマになっているんです。家を作るプロセス自体が、自分探しのプロセスでもあって。特に認知症の方に関して言うと、日々認知が変わって、自分の身体が自分のものじゃなくなっていく感覚があるんです。そんなときに、「自分のものだよね」というのを取り戻していくとか、今の自分の身体だったらこのデザインがいいかもというのを一緒に探して、その人自身が変わるなかで、環境も変わっていける仕組みを作るということをやりたいなと思っているところです。
haru._デザインと聞くと、多くの人に向けたものというイメージがすごくあるけど、わだなつがやろうとしているのは、一人ひとりに合わせたデザインの考え方じゃないですか。つまり、この研究から一つのプロダクトを生み出すわけではないということですか?
和田_私は大学生のときに、デザインの勉強をしてすごくおもしろかったし、いろんな社会の流れがあることを知れたのもおもしろかったけど、トレンドとかって、私の知らないところからやってきて過ぎていく感覚があって。それがすごく不思議だし、何かを流行らせることも、大量生産・大量消費の文脈の中で生まれているじゃないですか。でもそもそも、コップがこの形であることは、この手の形を肯定していたり、私の実家は一階から三階まで吹き抜けになっているんですけど、それは目が合えば手話で話せるからなんです。そういうこと自体がその人の存在を肯定するなと思っていて。私の個人的な希望は、その人自身の存在を肯定していくためのデザインを作りたいんです。逆に、認知症の方だと、好みや思考性が入ってくるからプロダクトになりにくいかもしれないけど、ろうの方とは、身体が共通している人たちという視点で「こういうプロダクトは作れるかも」と考えたりもできます。『ダッチデザインウィーク』に来ていただいた田端さんの持つ、私たちが見えていなかった触覚の世界で開発した何かをパッケージに活かしていくことはできるのかなと思うので、一人ひとりの世界を見ていくけど、そこにはいろんな可能性が秘められているなと思っています。
対談記事は後編に続きます。後編では、和田さんがイタリアで過ごすなかで感じた自身のアイデンティティや、インタープリターと「作る」ということの共通性と楽しさについてお話しいただきました。2人の対談はPodcastでも配信中ですので、あわせて楽しんでみてください。
それでは今週も、行ってらっしゃい。
Profile
和田夏実
ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち、手で表現することの可能性に惹かれ、感覚がもつメディアの可能性について探求している。内言を探るカードゲーム”Qua|ia”や、触手話をヒントにしたコミュニケーションゲーム”LINKAGE”、”たっちまっち”、認知と脳、ことばと感覚の翻訳方法を探る研究、作品、ゲーム等を展開。現在、ミラノ工科大学に研究員として在籍。2016年手話通訳士資格取得。