2024.12.30

オランダ「ダッチデザインウィーク」を巡る朝 haru.×和田夏実【後編】

PROJECT

月曜、朝のさかだち

 haru.

『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第3回目のゲストにはインタープリター・リサーチャーの和田夏実さんをお迎えしています。記事の前編ではオランダで開催されている『ダッチデザインウィーク』*①に出展していたMAGNET(和田さん所属のデザインコレクティブ)展示について、現在イタリアのミラノを拠点にケアホームのインテリアデザインを研究する和田さんの活動についてなどお話しを伺いました。後編では、和田さんがイタリアで過ごすなかで感じた自身のアイデンティティや、インタープリターと「作る」ということの共通性と楽しさについてお話しいただきました。

本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!

和田夏実さんに聞きたいコト



Q.映画「Coda」が数年前にアカデミー賞受賞するなど話題になりましたが、和田さんはどんな感想を持たれましたか?

A.コーダという言葉が多くの人に広がることで息がしやすくなる喜びと、どうしても大きな物語と個人との小さな物語の違いに悩ましく感じてしまう部分があり、時にとても笑い時に泣き、時にもやもやしながら観ました。家族を演じたろう者の俳優の方々や作品の作り方は未来へのプロセスとして素晴らしいと感じています。

Q.海外生活をする中で気づいた日本人独特の身体感覚ってありますか?

A.私は少女漫画が好きで小さい頃から読み続けているのですが、漫画の世界に出てくる仕草があまりに通じず、これは何?ときかれる状況にいつもつい笑ってしまいます。(袖を引っ張る、壁に手をつくなど) きゅん、を説明するのがむずかしく、何故きゅんとするんだろうと考えはじめると宇宙みたいです。

 

イタリアで暮らして感じた 「あなたの時間はあなたのもの」

haru._記事の前編ではわだなつが現在イタリアで研究しているケアとデザインについてのお話を聞いていきましたが、後編ではイタリアでの生活について聞きたいと思っています。オランダで会ったときに、「言語の壁もあるし、整体がなくて大変」って言ってましたよね(笑)。基本的にはイタリア語がメインなんですか?

和田夏実(以下:和田)_研究リサーチプロジェクトチームは英語でやり取りをしてるんですけど、フィールドではイタリア語です。しかも来年のフィールドはブリュッセルなのでフランス語になります。でも、このプロジェクト自体すごくチャレンジングなんですよね。私も通訳をずっとやってきたけど、通訳ってその場で誰よりも状況を理解している人だと思っていて。「この人が言っていることと、この人が言っていることはすれ違っている」というのも分かる状態だと思うんだけど、言語という壁によって、今私自身が、誰よりも分かっていない状態に急に飛び込んで、繋がらなさやリズムの分からなさを感じています。同時に音がおもしろいなと思ったり、イタリア語はラップみたいに韻を踏むように作られていることに気づいたりもしました。全部の言葉が韻を踏むために語形変化する仕組みになっていて、それが故に音楽みたいに聞こえると言われたりもしているんです。そういう、言語における大事なポイントみたいなものを知るとすごくおもしろいなと思います。 例えば、日本語や英語って「小さい箱」とか「Small Box」みたいに、物の先に状態が形容詞としてつくんですけど、イタリア語で「黒いリュック」を言うとしたら「Zaino(リュック) nero(黒い)」と、物が先にきて、そこから状態を表す言葉がつくんです。なので、音声言語でこの順番で聞くと、頭の中で物の形が変わったりしているのかなと思ったりします。それもあってなのか、イタリアのデザインって結構ファンタジックなものが多かったりするんです。

haru._デザインに言語が関わってるってことなんですね。物の名前を先に言うっていうことは、どんな物なのかを想起するまでに隙があるということですよね。日本語で「黒いリュック」と言われたら、黒いリュック以上は広がらないけど。

和田_そうそう。向こうでは「カバン、黒い」という情報の出し方なんですよね。

haru._それおもしろいね。オランダも1年ぶりくらいのヨーロッパだったんですけど、自分がアジア人なんだなと思う瞬間や、自分の認知の変化がすごく発生するなと思いました。わだなつはイタリアで生活するようになって変化した感覚ってありましたか?

和田_日本にいると、自分が日本人であるということを外に出すこともないし、そもそも空気のように当たり前になっていることだと思うんです。無自覚に日本人であるということが保証されているような場所でもあるなと思います。だけど、国が変わることで「日本人?中国人?」と聞かれたり、見た目や言語、振る舞いなんかが「ジャポネ」に回収されるんだって思うことがありますね。「ジャポネっていうか、夏実だよ!」と思っています(笑)。

haru._私が日本代表みたいになる瞬間がすごくありますよね。その人がその後に私以外の日本人と出会わなかったとしたら、私がその人の日本人というイメージになってしまうことを恐れていた時期もありました。

和田_私は日本にいたときは小さい頃からコーダ*③という属性がとても強かったんです。コーダを代表するつもりはないけど、他者は私のその属性ばかりに触れていたんですけど、イタリアに行くと、コーダであることをみんな知っているけど、それよりも日本人という属性に注目することが多いんです。それに対して私は、「私を構成する様々な要素のなかで、この人たちはこの要素を強く言葉として出すんだ」というふうに感じていました。 時間に対する捉え方も国によって全然違うなと思います。あまり主語を大きくして話したくないんですけど、日本ではメールの返信を1、2日内には返さないといけないとか、朝昼晩のタイミングとか暗黙の了解があるじゃないですか。でもイタリアではバケーションもあるから、無限時間っていうのがあるんですよ(笑)。メールを送ってから、2、3ヶ月返事が来ないことも当たり前にある。だからメールが返ってきたら、「今この人は机の前にいるんだ!」みたいな気持ちになって、1分で返事をするようになりました。そういう時間の捉え方によって、その人の生活と私の生活は違うということを認識するようになったんです。日本で生活しているときは、私も返信が遅くて、ダメな人間だと思っていたんですけど、イタリアでは「あなたの時間はあなたのもの」という自由さがあるんです。その自由に対する喜びもあるし、同時に相手から返事が3ヶ月返ってこなくても仕方ないことなのかと思うようになりました。

haru._私も東京で仕事をしていると、返事が遅かったりすることを、自分のペースと捉えてもらえないことに、最近辛いなと感じていたんです。でも昨日の夜、わだなつが話しているYouTubeを聞きながら寝たら、「私の知らない時間や、いろんな人の人生がある」と思えて、すごく安心してよく眠れました(笑)。

存在を肯定していくプロセスや、 自分を見つけていくプロセスの中に「作る」がある

haru._前編の記事で話してくれたインタープリターというお仕事の魅力について教えてください。

和田_おじいちゃんが画材屋さんをやっていて、街の人たちが持ってきた絵に対して、どんな額装が合うかを考えている姿を見るのが小さい頃から好きだったんです。最近になって、それって今私がやっていることとすごく近いなと思っていて。その絵がどんなもので、何が描かれていて、家のインテリアとかを考えながらフレームを探していく。フレームをつけるだけで、捨てられてしまう絵ではなくなり、壁に飾られる絵になる。そういうのを見ているのが好きだったんです。そこで余った木材を組み合わせたりしているうちに「作る」ことが好きになっていきました。 あと、お母さんを中心に父と私と3人で長野にある家を10年かけて作ったのもあって、小さい頃から「作る」というプロセスが身近にあったし、楽しんでいたんです。家ができた当時は、「素敵な家ができたな」くらいにしか思わなかったんですけど、今思うと、私たち家族の行動が肯定されるようなデザインが溢れていて。例えば、引き出しには出っ張った取っ手が付いていないんですけど、「手話で話すときは、壁に寄りかかって話すことが多いから、引き出しに寄りかかったときに、突起で背中が痛くないように設計している」と母が言っていました。そういう、その空間で過ごす人たちの行動を一つひとつ肯定していくことが「作る」にはあるなと思っていて。存在を肯定していくプロセスや、自分を見つけていくプロセスの中に「作る」があると思うと、それってすごく健やかな気もするし、同時に、そうでなきゃいけない気もするんです。「私に合うコップがあるかもしれない」と諦めない自由があるなと思うと、すごくワクワクします。

haru._お母さんは行動の癖やパターンをすごく理解しているんですね。

和田_すごく自覚的だなって思います。母のスケッチブックには、私と話した内容や、私の癖など、いろんなことがすごく細かく描かれているんです。家には死角がなくて、誰がどこにいるかわかる内装になっているんですけど、和室だけふすまがあって、開けることも閉じることもできるようにしていて。それをつけてほしいと母が依頼する時のことをスケッチブックに「娘と旦那の行動を見れるのは嬉しいから、死角のない家にしたいけど、旦那がいつも怠けているのを見るのはイライラするからたまに仕切りたい」と書かれていたんです(笑)。

haru._じゃあただ理想を追い求めているわけではないんですね。

和田_現実と理想の間の折衷案をデザインでは出せるんです。壁を作ってしまうと、見えなくなってしまうけど、常に見えるとうっとうしい。それならいつでも開け閉めができるようにしようと提案できる力が「作る」にはあると思います。

haru._お家の作りは、わだなつが年齢を重ねていくにつれて変わっていった部分はありますか?

和田_部屋のドアに鍵がついてなかったんですけど、反抗期のときは自分で鍵をつける用の木の棒を買ってきてつけたりしていました。そうやって、そのときそのときのパーソナルスペースと家族の関係で、家が変わっていくことはあったし、そういう痕跡が家にあるのもおもしろいなと思っています。haru.の家は?

haru._その話で思い出したのは、部屋を妹と共有していたんですけど、思春期になってそれぞれのスペースの間に壁がほしいと親に抗議したら、お父さんが大きい本棚を作ってくれたことがあります(笑)。それを部屋の真ん中に置いて、部屋を改良していました。そう思うと家って生き物みたいでおもしろいですよね。

和田_そうそう。環境によって自分も変わりますしね。実家に帰ると、壁の色やポスターが当時のままだから、高校時代の自分がまだいるみたいですごくおもしろい。

haru._そのままにしてある?

和田_そのままにしてある部分と、片付けちゃった部分があるけど、身体が時空を超えるときがありますね。

haru._イタリアのお家はどんなところですか?

和田_ミラノって家賃がびっくりするくらい高いんですけど、私は私の先生が持っているアパートをお借りしていて。ワンルームぐらいの家なんですけど、すごく居心地がいいんです。最初に先生が「ルームはスモールだけど、外の景色はこんなにビッグだよ!」と案内してくれて(笑)。でも本当に景色がすごく良くて、毎朝その窓からの景色を見ていい気持ちになっています。

haru._何が見えるんですか?

和田_電車と景色と街並み、それにプラダ財団*④が見えます。子どもたちやおじいさんが行き交っている様子を5階からいつも見ています。

haru._いいですね。窓は生活するうえで大事ですよね。私も窓から見える空の明るさで、体内時計みたいなものがすごく働いている気がします。

和田_光の入り方とかでリズムが作られている気はしますよね。

haru._光って本当に人間にとって大事なんだなって思います。日当たりはいいですか?

和田_すごくいいです。でも、サマータイムとか、ヨーロッパ特有の日照時間に驚いたりします。15時とかに真っ暗になっちゃうので、冬はもう動けないですね。

haru._これからの季節、ヨーロッパは大変ですよね。気持ちを強く持って暮らしてください。

*①『ダッチデザインウィーク』
北ヨーロッパ最大のデザインの祭典とも言われるダッチ・デザインウィーク。開催地であるアイントホーフェンは、南オランダ最大の都市で、フィリップスなどの大企業が本社を据えるオランダ有数の工業都市です。開催期間中は市内各地で展示会、ワークショップ、セミナー、パーティー等が行われていました。

*②「MAGNET」
つなぐをテーマに制作を行うコミュニケーションデザインコレクティブ。触手話からできた『リンケージ』、触覚の触り心地で遊ぶ『たっちまっち』、指で巡る『たっちコースター』などを開発。触れるという行為や、ものや人との関わりを起点にサインシステムやゲームを制作している。メンバーは、たばたはやと、高橋鴻介、和田夏実、井戸上勝一、木村和博。

*③コーダ
Children of Deaf Adultsの略で、耳が聞こえない、または聞こえにくい親がいる子どもたちのこと。

*④プラダ財団
1993年にミウッチャ・プラダとパトリツィオ・ベルテッリが創設した文化団体であるプラダ財団。プラダ財団のアートコレクションを展示する美術館として開かれている。

Profile

和田夏実

ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち、手で表現することの可能性に惹かれ、感覚がもつメディアの可能性について探求している。内言を探るカードゲーム”Qua|ia”や、触手話をヒントにしたコミュニケーションゲーム”LINKAGE”、”たっちまっち”、認知と脳、ことばと感覚の翻訳方法を探る研究、作品、ゲーム等を展開。現在、ミラノ工科大学に研究員として在籍。2016年手話通訳士資格取得。

photography: miya(HUG) / text: kotetsu nakazato

PROJECT back number

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