リトアニアの伝統藁細工「ソダス」を作る朝 haru.×北川史織【後編】

月曜、朝のさかだち

『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第5回目のゲストは雑誌『暮しの手帖』*①編集長の北川史織さんをお迎えしています。記事の前編では、『暮しの手帖』を作る際に大切にしているという「自分の手を動かす」ことについてや、『暮しの手帖』を国民的な雑誌へと押し上げた企画「商品テスト」の生まれた背景、北川さんが編集長に就任し、初めて出した号に掲げた「丁寧な暮らしではなくても」に込めた思いについてお話しいただきました。
後編では、haru.さんと北川さんのお二人とも好きだと話す読者からの声を届ける企画についてや、暮らしを考えることは反戦に繋がるという『暮しの手帖』の思想、ウェブではなく手に取れる雑誌というかたちの意義についてお話しいただきました。

本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!
北川史織さんに聞きたいコト
Q.書くことは好きですか? 北川さんにとって書くこととは?
A.子どもの頃は、話すことよりも書くことが好きで、かつ得意でした。頭のなかを散文が流れていて、それをそのまま文字に起こす感じです。
逆に、考えがまとまらないときは、何はともあれ、ぐちゃぐちゃと書いてみることで、答えがしだいに見えてくる気がします。
Q.インタビューの私的なコツを教えてください
A.過去のインタビュー記事に目を通して、その人がよく聞かれる質問を把握しておきます。私も編集長として取材をお受けする機会があるのですが、「必ずと言っていいほど聞かれる質問」があって、何度も答えるうちに、どうしても飽きてしまうところがあります。もし、そういった「鉄板の質問」が必要だったとしても、その前に、「ちょっと意外性のある質問」や「ごく最近の話題から考えた質問」を投げかけるようにしています。それから、「よくそんなことを知っているなあ」と思われるような、相手がごく若い頃の仕事などを話題にすると、親近感を抱いてもらえるかもしれません。
インタビューは「対話」ですから、相手に楽しくしゃべっていただくことが大事かなと思っています。
Q.特にお気に入り、思い出深いバックナンバーがあれば、理由とともに教えてください
A.思い出深いのは7号です。この号の取材撮影期間は2020年4月でしたが、コロナが蔓延して緊急事態宣言が出されると、予定していた撮影は次々と中止になりました。過去記事の再編集で頁を埋めることはせず、「この状況だからこそ読者に差し出せる企画」を考えようと決めて、その一つが巻頭記事の「いま、この詩を口ずさむ」です。見開きごとに1編ずつ詩を選び、鈴木理策さんの写真や熊谷守一の絵など、アートディレクターの宮古美智代さんがビジュアルを考えてくれました。
いま見ても美しい頁ですが、こうした状況にならなければ、たぶん思いつかなかった企画だと思います。限られた条件下で、いったい何を読者に手渡せるのか、手渡したら喜ばれるのか。編集長となって間もなくそうしたことを考えられたのは、のちの制作の糧となった気がします。
Q.近年で生活に取り入れたベストヒットアイテム、あれば教えてください
A.読書用の肘掛け椅子です。28号の「小さな家を建てるなら」で取材を受けていただいた、建築家の田中敏溥さんによる設計。本棚の前に置いて、上にはペンダントライトを取り付けました。長く座っていても疲れないので、「積読」としていた本をせっせと読んでいます。
Q. 編集者とは、コミュニケーションをする職業であると思いますが、人とのコミュニケーションで気をつけていること、大切にしていることはなんですか?
A.私はどちらかといえば人見知りで、「コミュニケーションが得意」とは考えていません。なので、自分からあれこれ話すというより、人の話をまずはとにかく聞いて、そこに面白さを見いだすようにしています。
あとは、次第に打ち解けてきたなら、心を開いて率直に話すこと。とくに取材のときは、こちらが心を開いて自分を見せることで、相手が思わぬ顔を見せてくれることもあるように思います。

読者からの声を届ける企画の尊厳
haru._私は高校生の頃に、祖父母と一緒にドイツで暮らしていたんです。そのときの家の棚一面に『暮しの手帖』のバックナンバーが並んでいたんです。当時は今ほどSNSが盛り上がっていたわけではないので、ドイツで日本語を読めることがすごく嬉しくて、祖母の『暮しの手帖』を読んでいました。ホームシックになることもあったんですけど、「読者の手帖」や「家庭学校」などの読者の方たちのリアルな声を掲載している企画を読むと、遠くの日本に住んでいるリアルな生活が想像できて励まされていました。『暮しの手帖』の特徴的な部分として、読者の声がしっかり掲載されているところがあると思うんですけど、雑誌として読者の声を載せ続けることにどのようなこだわりがあるんですか?
北川史織(以下:北川)_読者の方の投稿を載せるのって、いろんな意味で難しいところがあるんですよね。例えば、「よかったです」「おもしろかったです」というような短いコメントが載っているコーナーは、他の雑誌でも割とあるじゃないですか。でも、私たちの「読者の手帖」や「家庭学校」は、約800文字と、なかなかの文字量があるんです。まずそれを書いて寄せてくれる人がいないと成り立たない。また、「読者の手帖」と「家庭学校」では役割が違って。「家庭学校」は、家族のことにまつわる内容だったら、喜怒哀楽なんでも、心に抱いたことをエッセイとして書いていただいているんです。一方「読者の手帖」は、『暮しの手帖』で紹介したことを、自分たちの暮らしのなかでどういうふうに受け取って実践したのかということを書いていただいています。それぞれ役割が違うので、両方に文章を寄せてくれる方もたまにいらっしゃいます。あれを長く続けていくのは本当に難しいです。こっちの努力でどうこうできることじゃないので。
『暮しの手帖』って、表紙をめくったページに「これはあなたの手帖です」と書かれているんです。創刊以来ずっと掲げている詩のようなページなんですけど、あれは初代編集長の花森安治*②が書いたもの。あれが私にとっては根っことなる言葉なんです。読者一人ひとりの手帖であってほしいという願いを込めて作っているので、「ここは自分の味付けだったら、こうしたい」とか「この読み物のここがおもしろかったから、線を引いておこう」といった使い方をしてほしいと私は思っています。実際にそういう使い方をしている方も相当多いです。
haru._私の祖母もやってました!付箋を貼って、そこに鉛筆で色々書いてました。
北川_そうですか!嬉しい。「自分の家だったらこの半量でいいか」とか「お客さんが来たときは、こういう分量で作ろう」とか、書き込みをして本当に自分の手帖として使ってほしいというのが私たちの望みなんですよ。校了して、印刷所で刷られて、本屋さんに並ぶ。それで安心と編集者としては感じるかもしれないけど、本当の意味で完成するのは読んでくださった方が、それぞれ咀嚼して、活用してようやく『暮しの手帖』って完成するような感じがあるんです。なので「読者の手帖」は、私たちに対するお手紙みたいな感じですね。
海外から定期購読をしてくださっている方もいて、その方からは毎号お手紙が届きます。でも、コロナ下は雑誌が海外に届かない時期があり、「届かないです」というメールやお電話をいただいていました。それはとても切なかったですね。あのときは、物理的に雑誌が届かないってこういうことなんだなと思って、何もできない歯痒さを感じていました。haru.さんがおっしゃっていたように、「綺麗な日本語を読みたい」とおっしゃってくださる海外に住んでいる読者の方が結構いるんです。「『暮しの手帖』を読むとホッとするし、SNSでは得られない何かが得られる」というふうにおっしゃってくださる方が多いですね。娘さんが海外で暮らしていて、お母さんがプレゼントで送っているというケースもすごく多いんです。そのお母さんも定期購読しているので、娘さんとたまに電話をするときに『暮しの手帖』を話題にされていると。老人ホームで暮らしていらっしゃるおばあさまに送っている方もいたりと、親子2代、3代で読んでいるという方も多いですね。
haru._私も祖母が読んでいるものを読んで楽しんでいたことを思うと、本当に世代を超えて読まれる読み物ってすごいなと思います。なかなかないですよ。
北川_私もそれは特殊だなと思っています。普通、雑誌って読者層がはっきりしているじゃないですか。だから売れるし、広告が取れるというところがあるんです。年齢を重ねれば、読者は卒業していくし、また新しい読者が入ってくるというのが雑誌だと思うんですけど、私たちの雑誌はたまに小学生からお手紙をいただくこともあるんです。それは特別としても、20代から80代ぐらいまで読者がいらっしゃる。女性だけでなく、結構男性もお読みになっているので、読者層というものが他の雑誌に比べるとすごく広いから、作るときに工夫はいります。
haru._そこはすごく気になっていました。
北川_料理一つとっても、これが果たして好まれるのか、作られるのかっていうところはすごく難しいですし、毎回気を使うところですね。デザイン的なところで言うと、あまり文字のサイズを小さくできないんです。やっぱり、文字のサイズは小さい方がカッコいいじゃないですか。収まりもいいですし、思い切ったデザインができるんですけど、じゃあそれが読者の方が「私の手帖だ」と思ってもらえるかと言ったら違いますよね。20〜30代の人は楽々読める。でも老眼が入ってくると、無理をして読むことがストレスになってくるんですよ。そうなると落ち着いて読めないし、ましてやレシピのページなんかはパッと読まなきゃいけないので、読みにくいって残念じゃないですか。なので、一番読みづらいと感じる世代に合わせていて、かっこよさよりもそちらを求めているところは正直あります。幅広い世代に向けて作るときのいろんな意味での難しさですね。
私が今の編集部の中で最年長なんですけど、私も40歳頃のときには、文字を読みにくいことがだんだんストレスになってくることをあまり想像できていなかったんです。なので、そういう部分に関しては、自分よりキャリアが上のOBの人に「最近の『暮しの手帖』は読みやすいですか?」と聞いたりしていました。そういう実際に聞くということも大事なので、今でもトークイベントに読者の方がいらしてくださったときに結構聞いたりしています。
haru._今の読者層は、どの年代の方が一番多いんですか?
北川_50〜60代が多いですね。でも、私が編集長になってから、40代の方が増えました。そうしたいと思ってやったわけではないんですけど、結果としてそうなったという。広がった方がいいことは間違いないので、よかったのかなと思います。
haru._同年代に向けて何かを発信することって、感覚やライフステージが似通ってたりすることもあるので、そんなに難しくないと思うんです。でも、一番読まれている層が自分とは違う世代となったときに、その人たちが本当に求めているものを自分たちが作れているのかなと、私だったらすごく不安になってしまう……。
北川_不安ですよ。でも、携わってくださっているライターさんや編集の方で50代の方も結構いらっしゃるし、私の友人も50代が多いので参考にしています。家族や子どもがいる人だとまた違ってくるので、そういうときは取材ですね。聞いた話がヒントになって、企画が生まれることもあるので、やっぱり生きた人から聞くのが一番いいような気がしています。
ただ、50代と言ってもみんな価値観は全然違うじゃないですか。簡単にタイプ分けができるかと言ったらそうでもないなと思うので、ある意味、信じることをやるしかないなと思っています。でも、実用の記事に関しては、「誰でもできる」「誰でもやりたいと思える」ということを意識していますね。
haru._先ほど、読者からいただいたお手紙を掲載する際に、少し編集することはあるとおっしゃっていましたが、編集の塩梅や調整はどのようにされていますか?
北川_私たち編集者も原稿を書くんですけど、校閲の係から全く指摘が入らないことってないんですよ。私も自分が書いたものをそのまま世の中に出したいとは思わないですし。ちゃんとした校閲の人に読んでもらうと、思い違いで書いているような言い回しもあれば、誤字脱字だってあるわけで。それが普通なんですよ。読者の方がくださった文章も読み物として出す、つまりそれをさらに受け取る読者がいるわけですよね。やっぱり読む方のことも考えないといけないんです。そうなったときに、どこまで編集するかはセンスがいること。文章を書いた方に「自分の原稿が載った」と思ってほしい。だって、日常生活を送りながら、800字の原稿をまとめて書いて出してくださるって大変な労力じゃないですか。それってすごく愛があってやってくださってることだから、それを大事にしたい。
haru._校閲の方と相談しながらやるんですか?
北川_そうです。編集としては、その人の手の跡が残ってる感じを目指しています。
haru._漢字一つでも皆さんの使う漢字が違ったりするじゃないですか。媒体ごとに統一表記があったりすると思うので。
北川_私たちも一応記者ハンドブック*③を基準にしていますが、あまりそれに縛られないでやっています。例えば、「〜をするとき」の「とき」を私はひらがなで開くのが好きなので、自分の原稿では必ず開いているんですけど、他の編集部の人の原稿では、漢字で「時」と閉じてもいいんです。小学生も読んでいるので、本当に読みにくいものにはルビを振ることで解決することにしています。漢字とひらがなだと受け止める雰囲気も違うし、文章って見た目も大事なんです。漢字が多いと真っ黒になるし、ひらがなが多いとスカスカして見える。やっぱり人は文章を視覚的にも見ていて、頭の中で響かせて読んでいるので、見た目がどうでもいいかと言ったらそんなことは絶対にない。どこで改行を入れるかによっても全然違ってくるし。統一表記に縛られるなというのは、私の代からではなく、代々ずっと言われてきたことなんです。
一緒に働いていたOBの方から、初代編集長の花森安治が「一本の原稿の中で、「心」という言葉を2回使ったとして、漢字とひらがなが混在していい。同じ文章の中であっても統一しなくたっていいんだ。だってそうしたいのだから」と言っていたという話を聞いたことがあります。当時は活版の活字で組んでいたので、それによって最後の収まりとかが全然違うんですよね。文章ってそういうことも全部ひっくるめて正解がない世界ですよね。それを差し出すわけなので、最終的には読む方への信頼もあるし、親切もある。なので、読者の方が書いた原稿に関しても同じ感覚でやっています。一般の方だからといってどうでもいいわけがないし、むしろすごく大事にしているんです。私は「家庭学校」と「読者の手帖」というページが入社する前から大好きで、まずはそこから読んでいたんです。そのくらい思い入れのあるページですね。このページの担当の人は、「この8本の中から掲載する4本を選びました」と言って持ってきてくれるんです。つまり、本候補とサブ候補を渡してくれるんですよ。
haru._私も好きです。読者からのメッセージって、いろんな媒体でおまけ的な扱いになることが多い気がしていて。でも、『暮しの手帖』ではそれが雑誌の中で対等なものとして取り扱われていて、企画としての尊厳がすごく感じられます。
北川_特に初代編集長の花森安治は、それを意図的にやっていて。『暮しの手帖』って、創刊号とかを見ると実用的なページは少なくて、読み物からスタートしているんです。そのなかに川端康成*④の随筆が載っているんですけど、川端康成と主婦の方の原稿が同じ見開きのページに載っているんですよ。それはあえてやっていて、そこに優劣はないということなんですね。この雑誌はそこからスタートしているので、その意思はいまだに残っています。
『暮しの手帖』は「いろんな人にとって居心地がいい広場であってほしい」
haru._『暮しの手帖』の表紙を開くと、「これはあなたの手帖です」とずっと書かれているじゃないですか。あれはなんと呼ばれているものなんでしょうか?
北川_暮しの手帖社では通称「手帖宣言」と呼ばれています。
haru._「これはあなたの手帖です いろいろのことが ここには書きつけてある この中の どれか 一つ二つは すぐ今日 あなたの暮しに役立ち せめて どれか もう一つ二つは すぐには役に立たないように見えても やがて こころの底ふかく沈んで いつか あなたの暮らし方を変えてしまう そんなふうな これはあなたの暮しの手帖です」 という言葉が昔から記されていますよね。この言葉の右下に、初代編集長の花森安治さんが創刊時に書き記した、「もう二度と戦争を起こさないために、一人ひとりが暮らしを大切にする世の中にしたい」という言葉も書かれています。この言葉は北川さんが編集長になる前の『暮しの手帖』には書かれていないですよね。
北川_この手帖宣言は、多くの人がなんとなく知ってはいたと思うんです。でも、初代編集長が誰だったのかとか、この雑誌がどうして創刊されたのかということをご存じの読者ってどのくらいいるのかなと思ったんですよ。最近読み始めた方からしたら、昔から続いているライフスタイル誌の一つだと思っている方もきっといらっしゃる。自分たちってどういう雑誌なのかということを書いておくことも大事なんじゃないかと思い、初代編集長の花森安治の言葉を短くまとめて記載しています。「一人ひとりの暮らしを大切にすることが、戦争を起こさないことに繋がる」という、『暮しの手帖』の理念を書きました。
haru._この言葉があることで切実さを感じます。暮らしに向き合うことって、20代前半の頃の私にとっては贅沢な感じだったんです。でも、自分の暮らしや今自分が立っているところや生活を見つめ直すということが、自分の輪郭を再確認したり、誰と一緒にいたくて、どんなふうに生きていきたいのかを考え直すきっかけになるということに最近実感を伴って分かってきました。自然災害や、コロナ、戦争も起きているなかで、不安で揺らぐ瞬間が多いからこそ、今自分はどこにいて何ができるのかということを、足元から一回見つめ直すことが必要だなと思い、改めて『暮しの手帖』にヒントがすごく書かれている気がしました。
北川_嬉しいですね。一人ひとりの暮らしを大切にすることが、なんで戦争を起こさないことに繋がるのかって、「はて?」と思う方もいらっしゃると思います。結構説明が難しくて、時々誤解されることもあるんです。「自分たちの暮らしさえ大事にしていればそれでいいのか」と誤解され、SNSに書かれることもあって。でもそうではないんです。そもそも、『とと姉ちゃん』*⑤でご存じの方もいらっしゃると思いますが、花森安治と大橋鎭子*⑥というコンビで暮しの手帖社は設立されたんです。かれらはある意味、国に騙されたと思っていたんですよ。花森安治は戦争に協力してしまったという気持ちもあったし、大橋鎭子は学びたい年頃に戦火にみまわれ、防空壕で過ごしていたりと、青春を台無しにされていて。人生のある部分が害われてしまったと思っていた人たちなんです。どうしてそうなってしまったのかというと、みんなが一丸となって大きな力の方に流されていってしまったからなんですよね。でも、そうじゃなく、一人ひとりが自分の価値観や、自分の暮らしにおいて大事にしたいものがあれば、国の利益ではなく、それらを第一に考えることができるんじゃないかと考えて、『暮しの手帖』という雑誌を興したんです。だから、個人主義でもあるんですよね。みんなが同じ方向に行くっていうことに対して、警鐘を鳴らしているんです。それは危ないことだし、疑うべきだと。記事の前編でも話した商品テストはまさにそうなんですけど、消費者側にも「これはいいのかどうか、考えなきゃいけない」というのもあり、それをずっと提案してきた雑誌でもあるんです。
でも、今はなかなか自分が正しいと思うものを見つけ出すのが難しいですよね。私も雑誌のなかで、これが正解だと言いたくない気持ちもあるし、言えないということももちろんあります。だからこそ、ささやかなことであっても自分たちの手を動かして、試すことが大事だと思っているんです。こんな言い方は良くないかもしれないけど、悪いことをやる人って、手を動かしていない人じゃないかなと思うことがあります。私もそうですけど、ほとんどの庶民と言われる人たちは皆さん何かしら手を動かして生計を立てていますよね。でも、そこから乖離して汗をかかずにお金を稼ぐようになると、やっぱり悪いことをやるじゃないですか。まさに裏金とかそうですよね。自分の暮らしを大事にすることって、いろいろ考えることにも繋がるし、決して自分の暮らしだけを大事にするんじゃなくて、隣で困っている人がいたら何ができるかを考えることにも繋がっていく。それは単に寄付をするとかだけでなく、ボランティアに参加することもできる。そういうふうに、全部に繋がっていく気がします。だから、私は「今こそ暮らし」だと思うんです。コロナ下のときに暮らしを見つめ直した方が多かったと思うんですけど、あれはある意味でいい機会になったんじゃないかなと思います。でも、生きて死ぬまで、暮らしというものは必ずあって、辞めることができないことなので。普遍的に大事にする必要があるんですよね。だからこそ「これだけが正解」ということはなくて、ライフステージによっても、例えば1年おきに変えていいもの。そういうことを考えるきっかけにこの雑誌がなってくれたらいいなと思い、いつも編んでいます。
haru._確かに変わっていってもいいですよね。というか、人は変わっていきますもんね。
北川_私も変わりました。私たちも在宅ワークというものをコロナ前から試してはいたんですけど、コロナ下にやらざるを得なくなり、急激にそういう体制になったんです。そうするといろいろな意味で変わってくるんですよね。編集部内や外部の方とのコミュニケーションも変わってくるし、それによって生まれた豊かさもあります。良いことと悪いことの両方があって、調整しながら今の働き方になっているので、最初から正解が見えていたわけではないんです。だから、ただ暮らしを大事にするということが、誰にとっても大事。どうしても私は仕事が好きなので、仕事を差し引いた残りの時間で暮らしをやっているんじゃないかと、自分で反省することがあります(笑)。でも、何のために生きているのかって言ったら、最終的には喜びを得るために人は生きるわけで。そのためにどうしたら良いのかと考えることが大事だと思っています。
haru._本当にたくさんの雑誌が休刊したりウェブに移行していると思うんですけど、『暮しの手帖』は手に取れる雑誌という形をこれからもこだわってやっていくんですか?
北川_将来的にもしかすると、電子書籍をサブ的に発行することは、この時代なのであるかもしれないです。ただ、紙がなくなることはないですね。膝の上で雑誌を開いて、ページを開くたびにいろんな世界が展開する。紙芝居にもよく例えられますけど、8ページの記事って4見開きじゃないですか。その4見開きでどういうストーリーを作るかっていうのが、編集者の腕の見せどころ。単に情報を詰め込めばそれでいいかと言ったらそうじゃない。それをどういう順番で見ていただいたら、おもしろくてためになるのかということを構築するのが雑誌の醍醐味なんですよね。それが一冊になると、記事をどういう順に並べたら、おもしろいと思って読んでもらえるのかということを構築するのが編集長の仕事なんです。
私たちはよく、「私たちは情報を売るわけではない」という話をしています。情報以外のものにいかに込められるかというところが勝負。情報量でいったら、絶対にタダで見れるウェブの方がいいわけですよね。毎日更新できますし、ちょっと間違っていても誤字脱字なんてあっという間に直せるから。だから量や速さで勝負しているんじゃないという話をよくしています。まさに質。何を伝えるかという質と、それをどう構築するかという技ですね。それで魅せていこうという話をよくします。
haru._最近では私の周りでも、手に取れる読み物の形で自費出版する方もすごく多いんです。むしろ、雑誌を読んでこなかった私よりも下の世代の方たちも、手に取れる安心感や、一冊を通して紡がれる物語が新鮮に映っているんじゃないかなという感覚があります。
北川_生まれたときからインターネットが普通にあるという世代ですもんね。そうなると結構疲れてしまうこともあるんだろうなと思います。情報の精査の仕方とかは、私よりも全然優れていらして、的確だと思うんです。でも、人って1日のうちに触れられる情報のちょうどいい量があるのかなと思ったときに、多ければいいというわけではないんだろうなと思います。そうなったときに、確かなものが欲しいんじゃないでしょうか。その確かというものは、作り手に対する信頼度かもしれないし、その人たちが紡ぐ言葉かもしれない。作っている人がちゃんといるという感覚が大事。それは雑誌に限らず、食べるものも、着るものも、そういうところがあるのかもしれません。もちろん、みんなが手作りのものだけに囲まれて生きてはいけなくても、暮らしのなかに一つでも二つでも納得するものがあると、ホッとしたり、安らぎを感じたりすることができると、自分の経験からも感じます。
haru._今ってSNS上でお互い認知しているとか、フォローし合っているとか、そういうところに繋がりを求めてしまうことが多いと思うんです。でも、誌面の中に自分と似た考えの人がいたり、共感できるものを見つけたときに、直接会えるわけじゃないけど、お互いを鼓舞できる感覚とか、そういう繋がりが一人ひとりの生活に生まれるといいなと、私もものづくりをしながら思っています。
北川_もしかしたらだんだんとそういう方向に向かっているのかもしれないですね。「いいね」の数だけで、自分の価値は決まらないと思っている人って多いと思うし、私自身もそう思うタイプなんです。それこそ生きる楽しみや喜びって、そういう評価じゃないですよね。全く心の繋がりがない人からの評価で自分が決まるっていうのは、なんだか寂しい気がします。
haru._最近はプラットフォームごとなくなったりもしますよね。それでも自分はここに存在しているという事実があって、そのことにも少しずつ気づき始めているのかなと思います。「そこに全てがあるわけじゃない」というリアリティの方が今はあるんじゃないかなと。
北川_そうですね。小さな雑誌や、一人出版社みたいなものが増えていくというのは、時代の必然でもあるんですけど、私のような、「そうじゃない側」にいる人間にとっても、そのことが支えになっています。万人に好まれるものばかりが出版だったら、出版が貧しくなるんです。もちろん万人に好まれるものがあってもいいんですけど、同時に100人にしか読まれないものがあってもいい。そういうものが多様にあることが、それこそいい世界だと私は思っています。全部が同じふうになっていくと、さっき話した花森安治の言葉のように、ある一つの大きな力に絡み取られるような怖さを感じてしまうんです。何でこんなものを作ったんだろうと思うような雑誌があってもいいし、書籍があってもいいし、難解なものがあってもいい。いろいろあるなかから、読む人がそのときの気持ちやそのときの生き方で選んでいけるということが、豊かな世界なんじゃないかなと思っています。その一端を『暮しの手帖』が担えたらいいなと思うし、広告がない雑誌だからこそできることがまだあるし、幅広い世代に読まれるからこそ、若い人の価値観を80代の方に伝えることもできる。その逆もそうですよね。
私はうちの雑誌を広場に例えて「いろんな人にとって居心地がいい広場であってほしい」と思っているんです。別にみんながみんな話し合わなくたっていいんです。だけど、同じ空間にいて、同じ文章やイラストレーション、写真なんかに触れて、何かを分かち合えるぐらいの距離感がいいんじゃないかと思っていて。それができる紙媒体って、今はなかなかないので、それがひとつの役割だと自覚を持ってやっています。
haru._ありがとうございます。すごく元気が出ました。思わずスタッフの方を向いて拍手をしてしまいました(笑)。どうしても、自分たちも雑誌を作って、遠くまで広げないとということにばかり気を取られてしまうことも多いんです。でも、自分たちの信じていることをちゃんと編んでいくということ、本当にそこが大事だなと改めて思いました。
北川_それこそPodcastを毎週聴いてくださる方がいるってすごいことじゃないですか。いくら後で聴けるからといっても、老いも若きもみんな忙しいなか時間を作って聴くっていうのはすごいことですよ。そういうことを続けていくことで、繋がりのある人を一人ひとり増やしていくことになると思います。私たちの雑誌も最初から何万部も売れてたわけではなく、始めた頃はリュックに本を詰めて手売りをしていたそうなんです。それが続いて76年目の今に至るわけですよね。それは原点で、いまだに「一人ひとり」という関係性は全然変わらないと思います。私はものを書くときに、「一人ひとりに語りかける。“あなたたちに語りかける”のではなく、“あなたに語りかける”つもりで書く」ことが大切だと思っています。
それでは今週も、行ってらっしゃい。
1948年に誕生した家庭向け総合生活雑誌。発行は「暮しの手帖社」。同社の創業者である大橋鎭子が、初代編集長で創業者でもある花森安治と共に創刊した。毎日の生活を少しでも豊かで美しくするために、手作りの家具や直線裁ちの服などの提案や、商品テストを行ったり、企業との共同研究・開発商品を手掛けるなど、生活者の立場に立った編集方針を続けている。
*②花森安治
6人兄弟の長男として神戸に生まれ、旧制松江高校、東京帝国大学で 学ぶ。戦後、『日本読書新聞』で出会った大橋鎭子と ともに衣裳研究所(後の暮しの手帖社)を設立。昭和23年から 53年1月に亡くなるまで30年間、『暮しの手帖』編集長として、 毎号、記事の企画・取材・執筆、表紙画や から記事、カットまで、雑誌づくりの画のほとんどすべてを手掛ける。 独創的な誌面や企画で多くの読者をつかみ、戦後日本の暮らしに影響を与えた。
*③記者ハンドブック
共同通信社より発行されている、『正しい日本語で伝わる文章を』漢字と平仮名どちらを使うのか、送り仮名はどう付けるのか、同音異義語の使い分けは用例が豊富な用字用語集と読みから引ける漢字表。
*④川端康成
川端康成は、日本の小説家・文芸評論家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。1968年に日本人初のノーベル文学賞を受賞した。大正から昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学を代表する作家の一人である。
*⑤『とと姉ちゃん』
『とと姉ちゃん』は、2016年度前期放送のNHK「連続テレビ小説」第94作で、2016年4月4日から10月1日まで放送された『暮しの手帖』を花森安治とともに創刊した大橋鎭子をモチーフとしたテレビドラマ。主演は高畑充希。
*⑥大橋鎭子
1920年生まれ。1948年、花森安治らと共に雑誌『暮しの手帖』を創刊。1969年、『暮しの手帖』第2世紀1号より、「すてきなあなたに」の連載を始め、1994年、同エッセイにより東京都文化賞受賞。生涯を出版に捧げ、2013年に永眠した。
Profile
北川史織
『暮しの手帖』編集長。フリーペーパーや住まいづくりの雑誌の編集部を経て、2010年に暮しの手帖社に入社。以後、数多くの本誌記事や別冊を担当し、2020年より現職。好きな分野は、料理、住まい、人物ルポルタージュ。