釣り堀で魚釣りをする朝 haru.×たなかみさき【後編】

月曜、朝のさかだち

『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第8回目のゲストはイラストレーターのたなかみさきさんをお迎えしています。記事の前編では、朝活の様子とともに、たなかさんがイラストを通して見つめる今について、今年2月に発売された初の漫画単行本『大なり小なり』*①の制作秘話、ライフステージの変化とともに変わる自己についてお話しいただきました。
後編では、東京と熊本で二拠点生活をするたなかさんが、それぞれの土地で感じること、30代の二人が見つめるこれからの暮らしの不安、人との関係性の変化などについてお話しいただきました。
本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!

たなかみさきさんに聞きたいコト
Q.東京と熊本の2拠点生活でとくに続けるのが大変なことはなんですか?
A.交通費ですね、、どんどん高くなっていますし、あとは飛行機の乗り降り。
Q.みさきさんが作業中に聴く音楽やPodcast番組があったら教えてください
A.安住紳一郎の日曜天国 荻上チキ・session

二人が“今”考えるこれからのこと
haru._初の漫画単行本『大なり小なり』の主人公のベースとなっているのが、みさきさんご自身という話が記事の前編でお話しされていましたけど、みさきさんは今、東京と熊本の二拠点生活をされていますよね。
たなかみさき(以下:たなか)そうなんです。東京では友達と暮らしていて、熊本ではパートナーと住んでいます。
haru._その生活のスタイルにすごく興味があります。二拠点を行ったり来たりするのって、どんな感覚なんですか?「どっちがホーム」みたいなものもあるんですか?
たなか_どっちに行くときも「熊本に戻る」「東京に戻る」って言っています。なのでどっちも戻る場所なんだと思うんです。大学時代も彼氏の家に入り浸ったりしていて、ずっと地に足つかない感覚があって。そのまま地続きで、誰かと一緒に暮らしていて、ずっとフラフラしている感覚で二拠点を続けてるんです。でも、諦めが悪くて二拠点になっている感じでもあります。
haru._どっちかに決めきれないということですか?
たなか_そうですね。
haru._でも、それが自分に合ってると感じています?
たなか_できる限りって感じですね。お金もかかるし、移動疲れもある。それに、診察券がめっちゃ増えるんですよ。熊本と東京でそれぞれ主治医がいるから、財布がパンパンになる(笑)。あと、出版社から色構成を送ってもらうときに、毎回「どっちの住所に送ったらいいですか?」とクライアントに聞かせてしまったり…。
haru._東京にいる自分と、熊本でパートナーと一緒にいる自分って、何か違いはありますか?
たなか_結構違うと思います。東京にいるときの方が仕事が多くて、ちょっと力が入っているような気がします。いつまでも舐められないように、気を張ってしまうところがあるんです。若い時よりは、だいぶ減ったと思うんですけど、小さい犬ほどよく吠えるって言うじゃないですか。20代はまさにそのイメージでよく吠えていたので。ようやく落ち着いてきたんですけど、熊本に帰ると、そこまで気を張っていない感じがします。東京の方が闘い感があります。
haru._その感覚はすごく分かるかもしれない。埼玉の実家に帰っているときは、「今ここに、自分の仕事のことを気にする人は誰もいないんだな」っていうのを、散歩しながら思います。そういうときに、東京では普段全く気にしないようなことを感じたりするんです。例えば、犬の散歩をしているときに、前から歩いてきたおじさんが「滑稽な歩き方の犬だな」って言ってきたことに対して、しっかり傷ついたり、怒りの感情が出てきたりする。そんなふうに、全然違うことに気を取られて、でもそれがむしろ心地いいみたいなことがあるんです。東京にいると、締切や新しいアイデアを常に欲していたりと忙しない感じがします。
たなか_速度が違いますよね。生活もそうだし、常に目がバキバキしてるというか。寝る直前までスマホを見ちゃうし。
haru._情報も溢れてるじゃないですか。イベントや展示があったり、そこに行ける距離にいるのに行かないことに対して罪悪感を持ったりすることがよくあります。疲れるんですよね。
たなか_熊本にいると、諦めないといけない展示もたくさんあるので、気が楽といえば楽。それに、武装しなくなるんです。指輪とか全然つけなくなりますよ。
haru._今日はすごいおしゃれされてますよね。可愛い!
たなか_釣り堀におしゃれしてきました(笑)。おしゃれなのに、指は魚の餌のせいで臭い(笑)。熊本だと基本的に自転車移動なので、自転車をまたげる服装になっていって、スカートをはかなくなります。
haru._今の二拠点生活で、いけるところまでいこうというイメージですか?
たなか_そうですね…本当にいけるところまでかな。また環境の変化に伴って変わるんでしょうけど。あと、だんだん予算的に変化が許されなくなってきてるというか。東京は家賃が高いし、熊本もどんどん上がってきていて、生活を変えられなくなってきているのが、徐々に怖いなと思っています。飛行機代もどんどん高くなってるし、みんな縮小せざるを得なくなってきていることに恐怖を感じながら、二拠点を続けています。
haru._わかります。30代になるとどうしても結婚や出産の話題が出てきたりするじゃないですか。今の私も生活を変えるということのイメージができなくて。そもそも自分が子どもを産めるのか、今のパートナーと子どもを作れるのかもわからないけど、身体的にはリミットがあることを考えると、どうしたらいいかわからなくなるんです。これは焦りというわけではないし、いますぐ子どものことを考えたいわけでもないんですけど、確かに迫り来る時間を感じたりして、今から何をしたらいいんだろうと考えています。
たなか_これって、仕事とはまた別のベクトルの問題だし、自分のせいだけじゃない。社会制度もグラグラだし、結婚制度自体も全然納得いっていない。なので、実は私も今のパートナーとは一度籍を入れたんですけど、離婚して恋人に戻ったんです。一緒にいるんですけど、ある家庭にとっては結婚ってそんなに意味がなかったりするじゃないですか。うちは特に家同士の結婚というわけではなかったし、結婚式もあげていないし、写真も撮ってない。してもしなくても変わらないなら、してみようかという感じだったんですけど、いざ結婚して“嫁と夫”みたいになったら、いい嫁であろうと自然と頑張っちゃったんです。働いて帰ってくる人のご飯を作ってあげるという自分なりの親切が、いい嫁の行動になっちゃって、それがすごく苦しくて嫌になっちゃったんですよね。それで話し合って、結婚をやめて、でも彼のことは全然好きだから関係は続けています。やっぱり、カテゴライズされたり、名前がついたり、役目をもらうことで、自分のアイデンティティが輝き出す人ももちろんいると思うんですけど、私にとってのそれは結婚じゃなかった。
haru._でも、ちゃんと気持ちを話し合えたのは、すごく素敵なことだなと思います。
たなか_軽い気持ちで結婚するべきじゃなかったなという後悔もあります。
haru._私も“妻”になるのは、自分じゃないみたいな気がします。例えば、パートナーと共通の知人がいて、その人に「妻さんもどうぞよかったら」みたいに言われると、嫌だなって思っちゃうんです。その人からしたら親切心で誘ってくれたのかもしれないけど、“私”を誘ってほしいって思っちゃって、「私は直接呼ばれていないから行かない」ってパートナーに言ったりします。それって、一つの単位として見られたくないっていう私がいるんだろうなって。でも、それが嬉しい人ももちろんいると思うので、何が正しいとかはないんですけど、そういう感覚があるなというのは私も思ったりします。
たなか_私も最初はベタに「お嫁さん」みたいに言われることが嬉しかったんです。でも、だんだん嫌になっていって…。ずっと自分はわがままだなと思います。
haru._でも、そうなってみないとわからないことっていろいろありますよね。関係性だと特にそうで、お互いをどう呼ぶかで関係って変わっていくじゃないですか。それがすごくおもしろくもあるし、時にズレていってしまうこともありますよね。
多様な関係性と家族のあり方とは
haru._漫画『大なり小なり』のラストシーンで、登場キャラクターの小田さんのおじいちゃんが亡くなってしまったんですよね。そのことを小田さんが、ルームメイトの大原さんに伝えるシーンがあるんですけど、そのときに小田さんが「大原さんには関係ないから」みたいなことを言うんですよね。それを言われた大原さんがショボンとしちゃう。その姿を見て小田さんは、自分の家族の薄情とも言える部分が自分にもあったんだなと感じる描写があるじゃないですか。自分の言動や考え方が、長い時間を過ごした家族の影響が強かったんだなと気づく瞬間でもあると思うんですけど、あれを見て私も自分の家族のことを振り返りました。うちは放任主義というか、みんな人生の出来事をそれぞれのものとして見ている感じで。わかりやすい例を出すと、卒業式に親が来ないとか。何かを達成したときも、褒められることがあまりないんですよ。そういうことを思い出して、私も人の喜びに対して少し距離があるなと感じていたんですけど、改めてハッとさせられました。そういう自分の心の動きって、変えられないものなんだなってその描写を見て思いました。
たなか_変えられない自分と他者が対峙するじゃないですか。パートナーと一緒にいたり、友達と一緒にいて、相手の反応を見て初めて自分が言ってしまったことや、親からされてきたことが、みんなにとっては普通じゃないんだなっていうのに気づく。そういうことが私にもすごくあったんです。
haru._例えばどんなことがありましたか?
たなか_うちもかなり放任主義の家庭で、門限がなかったんです。だいぶ自由で、信頼されているなと思ったこともあるけど、母からずっと「家族だけど他人だからね」と言われ続けてきたんです。
haru._言葉にして言われるのは結構新鮮かもしれないですね(笑)。
たなか_両親が共働きで、みんなバラバラだったというのがずっと残ってるんです。なので、他の家庭を見ていると、全然違うんだなと思います。それが実はずっと寂しかったんだなということを、漫画を通して再認識しました。そのおじいちゃんの死をちゃんと知らされなかったんです。亡くなった身体は大学病院へ検体に出していたので、お葬式もしていなくて。それに寂しさを覚えていたんですけど、大原さんには言えず、「こんなことがあったけど、大原さんには関係ないことだから、ご飯食べよう」と言って終わらせようとするんですけど、終わらせてくれないという話が最終エピソード。やっぱり、自分だけだと全然気づかないんですよね。『大なり小なり』では、おじいちゃんが亡くなってやっと寂しかったことに気づくんですけど、時すでに遅しというか。もっと自分から家族とちゃんと関わっていればよかったということが30歳過ぎてから起こるんだなというのを思って、切実に描きました。
haru._でも、そのエピソードが最終話だったことで、小田さんの未来が開けていく感じがしてすごくいいなと思いました。
たなか_誰しも失敗ってありますからね。
haru._20代で人との距離感や、こういうことはしちゃいけないんだということを、身をもって経験してきたけど、どこまでいっても他人であるという感覚が人よりも強いところがあって。その性質を持ったまま、人と人生を共に歩んでいけるんだろうか?ということを今感じています。
たなか_20代の失敗と30代の失敗って全然違う。相手が亡くなってしまったりして、手遅れみたいなことが年齢を重ねるほど多くなってくると思うんです。でも、一回諦めちゃったし、手遅れだったんだけど、更地から積み上げていくことができるなとも思うんです。なんだか根性論みたいになってますけど、諦めないタイプの根性論。手を離さないみたいな。好きなことだけをして生きていける、いろんな選択肢がある時代だけど、嫌なことでもやらなきゃいけないとか、そういう努力みたいなものがもう一度大切になっているなと思います。漫画もすごく辛抱強く書いたので。でも、諦めないでよかったなと思う経験でした。
haru._また描きたいなって思いますか?
たなか_また描きたいですね!全然違うものを描きたいなとも思うし、『大なり小なり』のパート2も描きたいです。そのときは別々に暮らしているかもしれないけど、自分でも先が読めないような二人を描きたいですね。
haru._必ずしも血が繋がっていなくても、お互いの大切なことを共有しあって、尊重しあって生活していくような、家族のようないろんな関係性があるよなっていうのを、みさきさんの漫画を読んで思い出しました。なので、次どんな人間模様をみさきさんが描くのか楽しみです。今は画集を準備されているそうですけど、どんなテーマなんですか?
たなか_今のところ、「日よみ」をテーマにしていて。日めくりカレンダーみたいな感じでずっとInstagramに絵を投稿し続けているので、それをどこかで書籍で出したいなと思っていたんです。なのですごいページ数になりそうで、今頑張って絵をかき集めています。書き下ろしもあるんですけど、絶賛制作中です。
haru._女の子が宙に浮きながら、お化けとハグしている絵がありましたよね?あの絵が好きです。
たなか_あれはお盆に描きました。
haru._あまりイラストの人物に自分を見出すことってないんですけど、あの絵には自分をすごく重ねてました。
たなか_「自分に見える」って言ってくれる人が多くて、すごく
haru._みさきさんのイラストに出てくる女の子の服がすごく可愛いんですけど、みさきさんはお洋服が好きなんですか?
たなか_好きな方だと思います。色々調べたりもするし、古着が好きなので古着屋さんに行ったりします。あと最近はメルカリをめっちゃやってます(笑)。
haru._なので、ファッションが好きな方が見ても、絶対に楽しめる画集になってるんだろうなと思います。まだ私も見ていませんが(笑)。
たなか_あと、Instagramで『私服混乱日記』というのを定期的にやっているんです。それは私が毎朝、着る服をめちゃめちゃ迷うんです。それで6畳の部屋がめちゃめちゃになるの。それについてのテキストと、私服のイラストを載せています。でも、ブランドについてとかではなく、迷った末にどうしてこの服になったのかという、本当に混乱を書いた日記があって、それをすごく好きって言ってくれる方がいます。
haru._でも、確かに古着のイメージがあります。
たなか_古着ばっかりですね。今日はいているズボンも、大学生の頃からはいています。「ドンドンタウン」っていう古着屋さんに、大学時代よく行っていました(笑)。haru.さんは黄色いTシャツで爽やかです。
haru._今日は雨予報だったので、私が落ち込んでちゃダメだと思って、白いパンツと黄色いTシャツで、卵みたいなスタイリングで釣り堀に行ったら、見事に晴れてくれました(笑)。
たなか_釣りをしているharu.さん、すごく可愛かった。釣り針を堀に入れる時にも「ハイ!」って言っていました(笑)。
haru._あれは魚たちと呼吸を合わせようとしてたんです(笑)。釣れなかったんですけどね(笑)。
それでは今週も、行ってらっしゃい。
ゲストのたなかみさきさんによる、初の漫画単行本。小柄な小田さん(30歳)。高身長の大原さん(30歳)。大学の同級生として出会って10年、東京で一人暮らしをしていた二人が同居を始めて、お互いの知らなかった部分をどんどん発見していく。
得意料理を披露したり、仕事の疲れを発散しようとカラオケで歌いまくったり、時には一人の時間が必要だったり……。そして、通常は公にされることのない「同居する友人同士のオナラ事情」にも切り込んでいく!
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Profile
たなかみさき
1992年生まれ。人物画を中心に生活を描くイラストレーター。時々エッセイも執筆。 作品集に「ずっと一緒にいられない」「あ~んスケベスケベスケベ!!」(共にPARCO出版)、漫画作品に「大なり小なり」(文藝春秋)がある。