公園でバドミントンをする朝 haru.×伊藤亜和【後編】

月曜、朝のさかだち

『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第9回目のゲストは文筆家の伊藤亜和さんをお迎えしています。記事の前編では、朝活で行ったバドミントンの様子に加え、多岐に渡る活動のなかでも、メインとなる文筆業とモデル業を続けられている理由、いくつもの肩書きを持つことの葛藤、伊藤さんの新刊『わたしの言っていること、わかりますか。』*①について、二人が考える言語と言葉についてお話しいただきました。
後編では、バニーガールとして働きはじめたきっかけや、エッセイが人々に与える力、自己流でキャリアを築いてきた二人が今感じる葛藤、若者から中年へと差し掛かる世代が感じる不安や希望についてお話しいただきました。

本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!
伊藤亜和さんに聞きたいコト
Q.亜和さんにとって、言葉とは
A.自分自身を理解するというよりは、人に自分を理解してもらうための手段です。使いこなしたいと思う一方、決して全てを知ることはできないという畏怖もあります。
Q.最近の恋愛事情は
A.おかげさまで、先日婚約いたしました。
Q.亜和さんが想像する「完璧な老後」があったら教えてください
A.海か川の近くの一軒家で、猫がいて、話し相手がいたらいいですね。今は家にいると落ち着かずに出掛けてしまう性分なので、老後は家でゆっくり過ごせる人間になりたいです。
Q.無人島に1冊だけ本を持っていけるとしたら、どの本ですか?
A.銀魂5巻。初めて人生に「笑いすぎて呼吸困難になる」という体験をくれた本です。

現実を映し出すことがエッセイの強み
haru._エッセイでも度々書かれていると思うんですけど、亜和さんは執筆以外にもいろんなお仕事をされていますよね。モデル、Podcastのパーソナリティー、そしてバニーガールのお仕事の話も結構書かれていますね。
伊藤亜和 (以下:伊藤 )バニーガールはアルバイトでやっていて、バニーガールという姿自体は18歳の頃からやっているので、10年バニーになりました。
haru._すごい!それって進化バニーするんですか?
伊藤_最初に入ったお店で6年ぐらいやって、そこから別のお店のバニーに転身しました。今はトレーナーという、新人教育をする役職付きのバニーです(笑)。
haru._衣装も変わっていくんですか?
伊藤_リーダーは白と黒で、白と黒はリーダーしか着れないというルールがうちにはあります。他は何でもいいんですけど、業績がいいとオーダーメイドのバニースーツが作れるんです。
haru._すごい。オーダーメイドの方が絶対かっこいいですよね。
伊藤_そうですね。サイズやフィット感がすごく大事で、自分の体型を美しく見せることがバニーにとっては大切なので、みんなオーダーメイドには憧れますね。
haru._亜和さんは持っていますか?
伊藤_私は持っています。何を思ったのか、生地をショッキングピンクにしてしまったんです(笑)。あまりショッキングピンクの気持ちになることがなくて、そんなに着てないんです(笑)。
haru._でも、色を選べるんですね。
伊藤_そうなんです。いろんな色があります。
haru._バニーになった一番の理由として、人と話す訓練とエッセイに書かれていましたよね。
伊藤_最初はそうなんです。高校生の頃はほとんど友達がいなくて、友達といえば1冊目のエッセイに登場する山口っていう子くらいで。山口は高校の同級生なんですけど、人気者なので、別に私とずっと一緒にいるわけではなくて、私は基本ひとりぼっちだったんです。だから、誰とも喋らずに1日を終えることもあったりして。大学に入ったら、もうこんな思いはしたくないという気持ちで、まずは人と喋る練習をどこかでしなければいけないと思い、ガールズバーの門を叩いてバニーガールになったのが始まりです。
haru._10年も続けられていると、コミュニケーションの訓練になったなと感じますか?
伊藤_結果的にはなったなと思います。たわいもない会話というものを習得しました(笑)。始めた頃は、「人生の意味ってなんですかね…」みたいな話を、ガールズバーに来た人にボソボソと聞いたりしていました(笑)。でも、だんだんと和気藹々というものを学び、今日限りの人とでも楽しくその場を過ごすということは、だいぶ上達したと思います。ただ、いかんせんバニーを着ての仕事だったので、あとからバニーを着ないと人と話せないということに気づきました(笑)。
haru._衣装は大きいですよね。
伊藤_だから次の仕事もバニーにしました。
haru._エッセイでも全然喋らないハットさんというお客様のお話がありましたよね。あのエピソードがすごく好きでした。
伊藤_最近、お金が入ると、前に働いていたガールズバーに遊びにいくんですけど、「ハットの話書いたんだよ」って言うと、みんな楽しみにしてくれていました(笑)。
haru._亜和さんは本当にお仕事の幅が広いんですけど、記事の前編で「仕事をひとつ極めることは自分にとっては難しい」と話していましたが、今やっている全てのお仕事が、今の亜和さんを作っているという感覚はやっぱり強いですか?
伊藤_もちろん、全部無駄ではなかったなと思います。覚えていないぐらい失敗することも多かったんです。パン工場や結婚式の配膳とか、逃げるように辞めたことも多くて。でも、こういう人がいたなっていうのは断片的に覚えていたりするんです。なので、結果的に無駄ではないような気がしています。
haru._いろんな場所でいろんな人に出会うからこそ、その人たちのことを書いて残したいっていう気持ちに繋がるんですかね。
伊藤_そうですね。その人たちは書き残してほしいとはたぶん思っていないんでしょうけど。やっぱりエッセイって、あまり読まれないというか、「知らない人のエッセイを読んでもなあ」っていう方も多いと思うんです。でも、エッセイの強いところって、実際に起きている現実を映し出していることだと思っていて。小説も、本当にあったことを基に書いたりすると思うんですけど、「結局創作でしょ?」と日常との境目ができちゃうじゃないですか。エッセイって、この世界のどこかで実際に起きたことなので、もしかして私にもこんなことが起きるかもしれないとか、そういうドキドキハラハラ、恐怖や楽しい希望だったり、そういうものを現実に期待できるのがエッセイを読んでいる人に思ってほしいことなんです。
haru._じゃあ亜和さんも大切な人や家族のエピソードを書くときに、そこを意識したりするんですか?
伊藤_そうですね。家族には暴露本って言われています(笑)。
haru._あまりご家族から感想をもらうことがないと聞きました。
伊藤_母は読んでいると思うんですけど、感想を言う人じゃないんです。祖母にも渡したんですけど、「私の悪口書いてるんだろ」って言われて、「そうだよ」っていうやりとりをするだけです(笑)。
haru._感想欲しいなって思いますか?亜和さんの書いた本がきっかけで話すことがあるといいなとか。
伊藤_身近な人にはあまり読んでほしくないかも。「こういうこと書いてたけど、これは違うと思う」とか言われると、むかつくというか。「この考え方は違う」みたいな感じで言ってくる人がたまにいるので、それはほっといて欲しいなという気持ちになります。なので、あまり読んでほしいという気持ちになることはないですね。
haru._でも、亜和さんが書き残してくれるからこそ、私がお会いしたことない人たちが、この世界のどこかにちゃんと存在として確かにあったんだなということを知れるので、私は亜和さんのエッセイがすごく大好きです。
伊藤_ありがとうございます。
自己流で歩みを進めてきた二人のキャリア
haru._亜和さんは、他の作家さんの本も読まれるんですか?
伊藤_恥ずかしながら、ほとんど読まないですね。文筆の仕事が増えてきて、いろいろ吸収したり、お知り合いの方もできたりして、やっと最近読むようになった感じです。haru.さんは読みますか?
haru._小説はあまり読まないですね。私はエッセイの方が好きなんで、エッセイはちょいちょい読むんですけど、同世代の作家さんで好きになったのは亜和さんが初めてです。
伊藤_ありがとうございます。急に告られた(笑)。
haru._私も全く同じキャリアの人とかはほとんどいないんですけど、同じような仕事をしている方のワークスを見たり、一生懸命リサーチすることはあまりしていなくて。自己流でやってきてしまった自覚がすごくあるんです。
フリーランスや自営業の方だと、先輩ってあまりいないじゃないですか。何を見て、どう学べばいいのかっていうのが、ずっと疑問としてあります。亜和さんも、フリーランスじゃないですか。どういうふうに自分の作品を見つめて、技術的にこういうふうになっていきたいとか、ブラッシュアップしたりしているのかなと気になっていました。
伊藤_そうですね…。私は最近、卒業した大学のセミナーにでたりするんですけど、そこで質疑応答になると、「私も作家になりたいんですけど、どうしたらなれますか?」という質問をよくされるんです。でも、私は作家になりたいと思ったことがないんです。絶対にこれを伝えたいとか、こういうものを書き上げたいんだっていう気持ちや、誰に届かなくても、自分の中でこれができればいいみたいなものがなくて。それよりも、読んだ人がどういう気持ちになるのか、どういうものを読みたいのかっていうことをすごく考えながら書いているんです。なので、仕事の仕方としては、アーティストというよりは、頂いた仕事をしているという感覚に近いですね。
haru._小説を書いてみたいなという気持ちはあるんですか?
伊藤_小説は、この間読み切りのお話をいただいて、一つ文芸誌に書きました。でも、文芸誌ってあまり評判が聞こえてこないんですよ。なので、これが小説として成り立っているのかわからないという感じで、まだふわふわしていますね。
haru._まだ亜和さんも20代で、私も30歳になったばかりなので、上には上がいるじゃないですか。むしろ上の方が多くて。だからまだ手探り状態でもいいかなって思えたりするんですけど、私もたまに大学で講義をしたりすると、「本当にこれでいいのかな?」って思うんです。
伊藤_なんかそれっぽいことは言うけど、「人それぞれ」としか言いようがないですよね(笑)。
haru._そう。私は会社に入ったこともないので、胸を張って私が今歩んでいる道を薦めることもできなくて。最近はそういうことをよく考えたりしています。
伊藤_同世代で自分よりもいい仕事をしているのを見つけちゃうと、「うわぁ」って思ったりませんか?
haru._たぶん、比較することから逃げて、他とは違う自分だけの道で優勝してやるって思っていたので、王道の道で誰かとライバルになって闘うみたいなことをずっとしてこなかったんです。だから、あまり同業者に対しても、嫉妬とかはなくて。でも、それが逆に弱みだと最近は思うんです。「もっともっと!」みたいなものがないんです。
伊藤_わかります。私もあまりないですね。すごいって思うのは、もうはるか上の人たちなので、自分の仕事をやろうって思っています。
haru._でも、それが健康的に続ける方法ではあるかもしれない。
伊藤_はるか先を見て、この人よりも活躍したいとか思ってしまうと、この人に寄ってくるような気がするんです。
haru._確かに。それはちょっと怖いですね。亜和さんは、少女漫画雑誌の『りぼん』*②でも連載をされていますよね。『りぼん』の読者層ってすごく若いですよね。
伊藤_小学3年生から5年生が一番分厚い層です。
haru._その層に向けて何か文章を書くというのは、亜和さんにとってはどういう位置付けなんですか?
伊藤_すごく言葉を選びますね。どの連載よりも一番頭を使っています。文量自体はそんなに多くないんですけど、文字ばっかりのページがいきなり出てきて、そんなに読んでくれる子もいないだろうから、どう書いたら面白いと思ってくれるだろうとすごく考えます。
最初にこのお話をもらったときに、「過去の自分がどんな子供で、身体の変化などをどう乗り切っていったのかとか、そういうことを書いてほしい」と言われて、そうだよなと思ったんです。冷静に考えたら、自分の身体に変化があるこの時期に、情報を求めて何かを読んだり、調べたりすると思うし、その中の一つとして助けになったり、解決はできなくても、気持ちに寄り添えれる連載になればいいなと思っています。お手紙もいただくんです。
haru._どんなお手紙なんですか?
伊藤_「私はめんどくさい子と友達になっちゃうことが多いんです。すぐに怒ったり、拗ねたりする子が多いんですけど、これは私がそういう子を引き当てやすいんでしょうか?それともこの学校にそういう子が多いだけなんでしょうか?」みたいな、深いことを考えていたり。
haru._大人の悩みと変わらないですね。
伊藤_そうなんですよ。でも、単純に面白かったですと言ってくれる子もいるし、「ぬいぐるみがあるけど、渡す人がいないから、亜和さんに渡したいです」みたいなお便りも来て、キュンとします(笑)。ちゃんとそうやってお手紙を書いて送ってきてくれるので、やりがいがあります。
haru._でも、小学3年生から5年生って、自分の過去を振り返っても、かなり多感な時期だったなと思います。
伊藤_そうですよね。成長速度もバラバラですし。
haru._男の子と女の子とでも全然違うし。ただ、私が子供の頃は、メディアのリテラシーが結構低めだったと思っていて。女の子が読む雑誌にはすごく「モテ」が特集されていたんです。「こうしたらあの男の子にモテます!」みたいな小冊子が付録になっていたのを思い出しました。しかもそれが、ファッションに関してだけじゃなくて、振る舞いや話の聞き方までもたしか書いてあったんです。でも、他に比較するものがないから、それが正しいと思って見ちゃうんですよね。「白いふわふわがモテるんだ」みたいに洗脳されていました。
伊藤_私は「白いふわふわがモテる」って書かれていたら、一切触れなかったです。『コロコロコミック』*③を読んで笑ってましたね。もし、そういうのに触れていて、白いふわふわだって言われて、選んで着たときに似合わなかったらすごく落ち込んだと思うんです。
haru._怖いですよね。私もすごくボーイッシュな格好が好きで、ダボっとしたパンツやシャツを着てたんですけど、白いふわふわって言われると、自分が間違ってるのかなって普通に思ってしまっていました。
伊藤_そうなりますよね。
haru._だから、今『りぼん』を読んでいる子たちが、亜和さんのテキストに触れられるのはちょっと羨ましいです。
伊藤_でも、今回連載をするにあたって初めて拝読したんです。そしたらすごくおませな雑誌で(笑)。「キスしてる!」と思ったり、すごく大人っぽいなって思いました。
haru._確かに、『りぼん』はちょっとお姉さん的な立ち位置だった気がします。
伊藤_へー!読んでいてドキドキしちゃいました(笑)。
長い中年のはじまりに立つ二人が考える今のあり方
haru._この番組に出演してくれたこれまでの同性のゲストの中で、亜和さんが一番年齢が近いんです。
伊藤_おいくつですか?
haru._私は今年の2月に30歳になりました。
伊藤_私は今年29歳になります。
haru._2歳差なのかな?
伊藤_そうですね。30歳はどうですか?
haru._私は、29歳の頃から30歳の気持ちで生きてきたんです。
伊藤_わかります!私も22歳の頃から28歳だと思って生きてきています(笑)。
haru._早いな(笑)。でも、本当に29歳になった瞬間に、「私はもう30歳なんだ」という気持ちになったので、今は31歳みたいな気持ちなんです。いよいよ女の子というよりも、おばさんの方に一歩ずつ近づいている感覚があって。たまたまInstagramが、昔の写真を提示してきて、10年前の自分の写真を見たときがあったんですけど、驚愕しました。
伊藤_10年前があるということに驚きじゃないですか?しかも10年前に今と同じデカさになっちゃってるっていうのがびっくり。
haru._そう!10年前の自撮りとか出てきて、若いというより、世の中を知らない顔をしてるんです。
伊藤_丸いな、栄養があるなみたいに思います。
haru._そういうのを見た瞬間に、自分は着実に歳をとっているんだなっていうのを、最近は感じることが多いんです。今まではそんなに気にしなかったんですけど、年齢が立ち振る舞いや、服装にちょっと影響してくるみたいなことがあります。亜和さんもそういうことを感じますか?
伊藤_服装に関して言えば、ミニスカートを捨ててしまった(笑)。もうあまり残ってないですね。10年前とかはホットパンツとか履いてましたけど(笑)。
haru._ホットパンツから、ポッケの裏地を出すのが流行りましたよね(笑)。
伊藤_出してたー(笑)。今はもうホットパンツ自体全然売ってないですよね。だんだん無難というか、素材の組み合わせとかがわかってきて、そつなくなってきた感じがあります。
haru._でも私は亜和さんのPodcastを聴いているんですけど、そこで亜和さんが印税で何を買うかについて話をされていて。Vivienne Westwood*④のツノがついたカチューシャを一度試着したんですよね?
伊藤_「VIVIENNE’S HORN ALICE カチューシャ」ですね。
haru._その時は買わなかったんでしたっけ?
伊藤_その時は買わなかったんです。
haru._ でもやっぱりどうしても欲しくて、今探していますみたいな話をPodcastで聴いたんですよ。それがすごくいいなと思って。私は今、ツノのついたカチューシャをつけれるかなって考えたら、ちょっと難しいなと思ったんです。それは、今までそういうスタイルをしたことがないからっていうのもあるんですけど、自分と歳の近い亜和さんが、カチューシャを血眼で探して、つけようとしているという事実がすごく嬉しくて、応援してたんです。そしたらこの間、Instagramを見ていたら、そのカチューシャを亜和さんがつけていたんですよ!
伊藤_無事手に入りました。限定品だったから、すぐに売れてしまったんです。なので、私がまとまったお金を手にしたときにはお店にはなくて。それでもめげずに未練がましく毎日Vivienne Westwoodの通販サイトを見ていたら、ある日突然在庫が復活したんです。これはもう買うしかないと思って、9万円…。
haru._ゴールドはあったけど、ブラックがよかったんですよね。
伊藤_そうなんですよ。ゴールドだったら、まだ別の店舗にあるって言われたんですけど、ツノをつけるにしても、自然さが欲しかったんですよ。Vivienne Westwoodの服を着て、ちょっとパンクな格好にツノをつけるのは、私の中では違って。ツノがなければ、なんでもない格好をして、しれっとツノをつけるっていうのが、私の30歳になる在り方かなと。
haru._なるほど!
伊藤_それだとゴールドは馴染まないので、一旦保留にして、ブラックが出るのを淡々と待っていました。
haru._毎回ゲストと朝活をする前に、会う瞬間のイメトレをしているんです。なので、今日は亜和さんが、ツノのカチューシャをつけてくるかなと思って、ツノつきバージョンの亜和さんを何度も想像していました。
伊藤_今日は運動をする予定だったので、人に刺さっちゃうかなと思って遠慮させていただきました(笑)。
haru._もうつけましたか?
伊藤_まだなんです。次のイベントでつけていきたいなと。
haru._エッセイの中でも、歳を重ねることは素晴らしいことであるとは、今の時点では言い切ることができないと書かれていたんですけど、やっぱり歳をとっていくことへの抵抗感はありますか?
伊藤_最近やっと抵抗感がなくなったというか…。たぶん、勝手に自動的に重なっていく年齢と、それに伴わない自分の生活に対する後ろめたさみたいなものを感じて、歳をとることに抵抗があったと思うんです。でも、最近はまあまあお仕事もいただいているし、生活もそれなりに安定してきて、自分の好きなものも少しずつわかってきたので、ちょっと楽しみになってきています。あまり怖くなくなりました。
haru._私はいまだに身体の変化が起こると焦ったりします。体幹や目が悪くなっていくことにも焦っちゃうんです。電車に乗っていて、車窓から見ている景色がだんだん掠れているなとか、そういう日々の小さなことに焦りを感じてしまうんですよね。
伊藤_老化だと思ったけど、次の日には治ってたりするから、どっちかわからない状態なんですよね。
haru._エッセイにも、シワが気になってアイクリームをめっちゃ塗ったら、翌朝はいい感じになってるって書いてましたね。
伊藤_気のせいなんだって思いましたね(笑)。でも、パスポートの更新をすると、全然違う顔になってたりする。でもまだ、胸を張っておばさんだとも言えないし。
haru._なんかすごく絶妙な年齢なんだなって思ったりします。
伊藤_最近SNSを見ていると、「こういうかっこいいおばあちゃんになりたい」みたいな写真を載っけた投稿が流れてくるんです。そういうのを見ると、「そのおばあちゃんに行き着くまでの果てしない中年という期間を、みんなは何をしているんだろう」ってすごく思っていて。何を持ってそこを目指せばいいのかなというのを考えています。
haru._しかも、中年のなかでも私たちの歳って、身体のリミットとして出産するかしないかみたいなことも読めない。いろんな条件が重なって、まだわからないとか、踏ん切りがつかないこともあって、未来が想像しづらいんですよね。選択肢がたくさん広がっているからこそ、まだ、自分はこれを選んだって言えない。すごく宙ぶらりんというか、そういう不安を感じたりします。
伊藤_ある意味、急におばあちゃんになれたらいいんだろうけど。
haru._おばあちゃんで健康体である期間が長いっていうのを選べるなら、そっちを選びたい(笑)。
伊藤_中年の弛まぬ生活の維持や食生活を終えて、元気なおばあちゃんになるわけですから、しっちゃかめっちゃかしていたら、その前に…みたいなこともある。だから、バランスを取りながら前に進まなきゃいけないのって難しいですね。
haru._この先の未来を想像したりしますか?
伊藤_全くわからないですね。仕事があるのかもわからないし。でも、私は結婚願望が結構あるので、結婚していなかったらどうするつもりなんだろうと思ったりします。
haru._でも、今のパートナーに酔っ払った勢いでプロポーズしたそうですよね?
伊藤_そう(笑)。これから私がヘマをしなければ、今年中に一緒に暮らせるかなと思っています。
haru._じゃあ、近い未来を大事に生きていくという感じなんですね。
伊藤_とりあえずそこって今は思っています。
「新しいことを始めてもいいし、飽きてもいい」
haru._この番組は、みんな仕事や家事、いろんなものに追われて日々忙しく過ごしているなかで、15分であたらしい世界を知れるきっかけになったらいいなと思い、いろんな職業の方を呼んでお話しをさせていただいているんです。亜和さんも、自分の世界を広げていくためにしていることってありますか?
伊藤_勉強をしようと思って勉強したことが今までになくて。昔の言葉を一つ知るにしても、本を読んで勉強したわけではないんです。いつもテレビや漫画、街の広告とかをキョロキョロ見ていたりして、そういうものの積み重ねでそれなりに文章を書いて仕事ができている。とにかく、スマホから目を離すだけで私にとっては結構な勉強になるのかなと思っています。もちろん、Twitterを見てるだけでも勉強になることもあると思うけど、とにかくいろんなことに興味を持ち続けたり、勉強しようと思ってできる人間じゃないから、とにかくいろんなところを見渡すということを続けていきたいなと思っています。
haru._本当に、新宿とかでスマホから顔を上げるだけで、いろんなドラマが起きていますよね。
伊藤_そうそう。いろんな人がいるし、変なことを喋ってる人もいる。話しかけてみたり、話しかけられたら答えてみたり。
haru._話しかけるんですか?
伊藤_この前、台湾に行ってきたんですけど、日本に帰ってきたときの空港で、完全に迷子になっている外国の人がいて。その人に話しかけたら、「新宿に行きたい」と言うので、一緒に新宿まで行き、その人が予約していたカプセルホテルまで連れていったんです。でも、その人はなんの計画もなく日本に来ていて、浅草も知らなかったんですよ。世界にはいろんな人がいるなと思いながら、「何か困ったら連絡して」って言って連絡先を交換したんです。10日間滞在すると言っていたので、9日目に「楽しんでる?」って連絡をしたら、「今日まで休んでた。ゆっくり休息する時間が必要だったんだ」って言っていて(笑)。
haru._すごいですね(笑)。亜和さんは踏み込んでコミュニケーションを取られるんですね。
伊藤_そうですね。自分から行くことはそんなにないんですけど、困っている人は絶対に放っておけないんです。すごく聞こえが良くなっちゃうけど、私が気になって眠れなくなっちゃうから、何か起きていたら解決しなくちゃいけないと思って、度々巻き込んだり、巻き込まれたりしています。
haru._その気持ちはわかるんですけど、9日後にちゃんとメッセージを入れるのがマメですね(笑)。亜和さんは三味線もずっと続けられていますよね?
伊藤_今もやっています。
haru._元々はプロになろうとしていたんですか?
伊藤_そうなんです。続けていることがそれしかなかったので、頑張ってそっちの道に進もうと思っていたんですけど、どうしても最後の最後で仕事にする覚悟がなかったんでしょうね。たまたま文章が当たったことで、三味線の道は趣味になってしまいました。
haru._私も若い頃に楽器をやっていたんですけど、それを職業にしないということへの後ろめたさがすごくありました。そんななかで続けていいのかわからなかったり。
伊藤_一度本気で進もうと思ったけど諦めて、でもまだ続けるというのは、特殊な覚悟がいるなと思います。もう本気でやっていないので、当然、昔自分より弾けなかった人がどんどん上達して、先生から特別に扱われているのを見ると悔しい気持ちになることはあります。でも、自分は勝負から降りたのだから、悔しがる必要はないとか、いろいろ考えたりします。
haru._私は最近また楽器をやりたいなという気持ちになってきて、そう思えているのは歳をとってよかったなと思えることです。
伊藤_一時期は完全に離れていたんですか?
haru._離れていました。オーケストラに入っていて、みんなプロになろうとしていたんですけど、私にはそんな才能もないし、これでやっていくっていう気持ちにどうしてもなれなかったんです。でも、周りに合わせなきゃいけないからやるんですけど、たぶんこれじゃないなって思っていて。そうなると親にも申し訳なくなってくるんですよね。若かったので、続ける意味ってなんだろうって思ってしまったんです。でも今は、人生が豊かになるためのことならどんどんやればいいじゃんって思えるようになったんです。
伊藤_一回単純に楽しめなくなると、そう思えるようになるまでにちょっと時間はかかっちゃいますよね。
haru._ちゃんとしたギターレッスンを受けるほどの金銭的な余裕はないので、YouTubeのレッスン動画を観ながらやってみようかなくらいの気軽な気持ちになれたのはすごくよかった。
伊藤_私も本当はピアノがやりたかったんです。近所にピアノ教室をやっているお家があったんですけど、「家にピアノがない人はダメ」と言われてしまって、諦めたんです。でも、今からピアノをやったっていいですからね。どんどん新しいことをやりたくなるし、それに飽きちゃったりもするけど、それも悪いことじゃないのかなって最近は思います。
haru._飽きてもいいんだって結構大人の発想ですね。
伊藤_飽きてもいいんだって難しいですよね。始めたんだから、やらなくちゃいけないとかって思っちゃいますからね。
haru._きっと中年の期間が長いので、飽きたらまた次のことをすればいいのかなと今は思います。
伊藤_できるだけ楽しんだほうが得だと思います。
それでは今週も、行ってらっしゃい。
セネガル人の父を持つ「ハーフ」ゆえに日本語に執着してしまうという新進気鋭の文筆家伊藤亜和による、言葉にまつわるエッセイ集。(光文社)
*②『りぼん』
集英社が発行している月間まんが雑誌。
*③『コロコロコミック』
小学館が発行している月刊まんが雑誌。
*④Vivienne Westwood
イギリスのファッションデザイナーであるヴィヴィアン・ウエストウッドが設立したファッションブランド。パンクファッションのアイコン的存在で、王冠と地球をモチーフにした「オーブ」がトレードマーク。
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Profile
伊藤亜和
1996年横浜市生まれ。文筆家。学習院大学 文学部 フランス語圏文化学科卒業。noteに掲載した「パパと私」がX(旧Twitter)でジェーン・スー氏、糸井重里氏などの目に留まり注目を集める。著書に『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)「私の言ってること、わかりますか」(光文社)。「CREA」「りぼん」など、各媒体でも連載中。