脚本家という仕事と、生真面目さ 生方美久×山瀬まゆみ

ことなるわたしたち

アーティスト山瀬まゆみの連載「ことなるわたしたち」のゲストに迎えたのは、脚本家の生方美久さん。連続ドラマ「silent」で衝撃のデビューを飾ると、「いちばんすきな花」、「海のはじまり」と描くドラマが次々に話題となる。それらのドラマで彼女が描写するのは必ずしも完璧ではない“人らしい人々”だ。今回は、“真面目/不真面目の狭間”をテーマに生方さんと語りあった。
脚本家という仕事
山瀬まゆみ(以降 山瀬)_脚本家の方とお会いするのは初めてです。作家さんにもいろいろ種類があると思うんですが、具体的に、脚本家とはどんなお仕事なんでしょうか?

生方美久(以降 生方): 脚本家に近い仕事で、皆さんに馴染みやすいのは小説家とか漫画家だと思うんです。でも、その二つと脚本家は違うといいますか。小説家さん、漫画家さんは書いたものを自分で完結させて、世に出せるじゃないですか。
脚本は制限がある中で描いていく作業というのが一番大きくて。書いたものを撮影スタッフに渡したら、そこから演出をつけてもらい、お芝居をつけてもらい、編集をしてもらい。多くの過程があった上で出来上がったものが世に出るんで、自分が作ったものがそのまま世に出る、という感じとはちょっと違うんですよね。
わかりやすく言うと、物語の土台を作る感じです。脚本はドラマや映画の設計図って言われるんです。その通りという感じで、大工さんじゃなくて建築士みたいな。脚本だけだと図面を書いたっていう状態なので、どんなに自分が素敵な家を思い描いて設計図にしてみても、実際に作り始めてみて、これだと家壊れますって言われたら、設計図を書き直すしかないですよね。そういう工程に似ているというか。

生方_プロデューサーにそのシーンは予算やスケジュールにハマらない、と言われたら、脚本自体を書き直すしかない。それは単純に脚本の中からシーンやセリフを減らすっていうだけではなくて、監督などのスタッフたちと相談し合いながら、どうやったら成立するかを考え直す作業になるんです。例えば、カメラ移動に時間がかるロケはやめて、セットに切り替えるとか。セットであれば、どんな動線になるんだろう、とか。脚本を一度書いた後も、ドラマが始まる前、始まった直後などは、監督と場面で細かく擦り合わせをしていくことが多いですね。
山瀬_物語のストーリーを原稿にするのがメインのお仕事だとは思っていたものの、撮影中も含め、結構長い期間、現場スタッフと共に脚本家も伴走していくんですね。ある種、調整能力も必要とされる職業でもありますね。
生方_そうかもしれないですね。描写の仕方も、映画とドラマでは考え方が違っていて。ドラマって、音のメディアって言われているんです。視聴者が、“ながら”で音だけで鑑賞していることも多いじゃないですか。
テレビはとりあえずつけておいて、スマホをいじりながら、料理をしながら、何かを同時にしながら観ることが多いのがドラマ。なので、映像を観てなくても、音だけでも理解できる、説明的な部分や、わかりやすさが求められるんです。
かたや、映画は映画館に足を運んで、画面をずっと観てもらえることを前提としているから、演者の人にも喋らせすぎないで、その映像の空間を感じさせるみたいなシーンも脚本に入れていく。同じ映像であっても、作り方がそもそも違ったりしています。

山瀬_それでいうと「silent」はそもそもの企画自体が音のない物語だったじゃないですか。音を使わず説明的にするのって難しかったんじゃないですか?
生方_はい。ただ、あのドラマはテレビ局に所属していない監督だったこともあって、従来のドラマの作り方にとらわれずに撮ってくれるチームでした。なので、セリフのないシーンが長くあっても受け入れてくれて。組むスタッフでもアウトプットが全然変わってくるんですよね。
山瀬_ 対応力が結構問われる職業なんですね。そもそも、自分とは違う別人格の人を何人も想定して、さらに会話を成立させていくこと自体、最初のインプットもすごく大変そうですよね。
生方_そうですね。だからという理由でもないんですが、私よく喫茶店とかで作業することが好きで。人の会話とかが耳に入ってきたりしています(笑)。いいネタがあれば常にメモしている感じです(笑)。
山瀬_ そうすると、仕事をしている時間、そうじゃない時間の切り替えが大変なんじゃないですか? お休みすると言っても、仕事のインプットのための時間の感覚になってしまうことも多いんじゃないですか?
生方_そうなんですよね。なかなか難しいんです。ただ、職業柄というより、そもそもの私の性格から言うと、ドライになんでも割り切れるようなタイプではなくて。
仕事以外の時間も、仕事ばかりに気が囚われていた

生方_脚本家の前は助産師や看護師をしていたのですが、日勤と夜勤でしっかり時間の分担になっていたものの、逆に一人の方のお産を最初から最後までみることができないことに、やり切れなさというか。業務としては十分なところまでできても、物理的に患者さんに自分がしてあげたいことが最後までできないっていうこと自体が、どんどんしんどくなってしまっていて。
助産師時代の友達から、“仕事が人生のベースになりすぎてる”って言われたことがあって。確かにそうだなって思いました。生真面目が故に、追い詰めていってしまうんですよね。
思うに、仕事を長く続けられている人、楽しみながらやってる人って、どこかちょっといい意味で楽観的というか、ちゃんとポジティブに捉えられる人なんだろうなって勝手に思っていて。

生方_私は、もしも?の話をしたときに、先にネガティブな想定が出てきてしまうんです。例えば、私は子どもを産むということに、興味ないわけじゃないし、いつかは、という気持ちがあります。でも、いざ自分に子どもが産まれたとして、子どもが急に熱を出して、仕事どころじゃない状況になって、締め切りが守れなくなって。そしたら、そもそも仕事のペースが守れなくなりだして、周りに迷惑がかかって……。そういうストーリーにどうしても向いちゃうんですよね。
山瀬_ めちゃめちゃ先読みしますね(笑)。でも実際に、私、産んでからすごいそれに直面しています。当たり前ですが産んだら子どもはひとりの人間なんで、この子にも迷惑をかけられないというか。でも産む前には正直そこまでのことは考えられていなかったですね。
こうすればよかった、これができなかったばかりに目が向いてしまう
生方_でも実際に、産後、仕事を復帰されてからどうでした?
山瀬_ 頭を切り替えないと無理だから、やっぱり仕事のペースはゆっくりにはなりますね。
生方_そのゆっくりしたペースに、ストレスを感じませんか?
山瀬_ 感じたり感じなかったり。でも、“仕方がない”というとネガティブに聞こえますが、ポジティブな“仕方がない”って感じが大きいですね(笑)。私は、仕事のペースとお金が直結してくるんで、去年よりは稼げないだろうなと、そのくらいの焦りはありましたが。実際問題、まだそこは大変にはなってないので、そこまで打撃を受けた感覚は今はないですかね。生方さんのように、事前に起こり得るアクシデントというか、シチュエーションを具体的に想定できてるのがすごいなと思います。

生方_なんか悪い方向というか、予期せぬことを考えすぎちゃうのかもしれません。働いていた病院が、緊急対応とか、リスクを抱えた妊婦さんを受け入れていく方針だったということもあるのかも。リスクを減らすために万が一を一通り用意しておいて、先手を打つ方法を考えていかなければいけないという教えもあったもので。
最初の就職先がそういう場所だったことも、潜在意識の中で、考え方というのに影響をしているのかもしれないです。
こうすればよかった、これができなかったばっかり目についちゃって。完璧主義までいかないですけど、私にはそういう節があるんです。
山瀬_ すごく真面目な考え方だと思います。そういう気質が、今の仕事にどう影響されているのか、次回はその辺を聞かせてください!
――後編に続く
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今日の一皿

神楽坂の隠れ家的存在の名店として知られるワインバー「ACIÉ(アシエ)」 。コーヒーやナチュールワインにこだわり、その日のお客さんの好みに合いそうなものをドリンクやフードに出していく。この日は、撮影ということもあり、ノンアルコールのカクテルや、コーヒーをサーブしてくれた。フードは中村食料から取り寄せた“みずみずしい”と名付けられたふかふかもちもちとした食感のパンの上に、鎌倉のシラスに自家製のセミドライトマト、ペコリーノロマノというチーズのスライスをたっぷりと乗せた一品をいただいた。

Profile
生方美久 Miku Ubukata
脚本家。1993年、群馬県生まれ。群馬大学卒業後、助産師として勤務する傍ら、2018年から独学で脚本執筆を開始。2021年、第33回フジテレビヤングシナリオ大賞で『踊り場にて』が大賞を受賞。同年、第47回城戸賞で『グレー』が準入賞を受賞。2022年、連続ドラマ『silent』で脚本家デビュー。その後の執筆作にドラマ『いちばんすきな花』『海のはじまり』、映画『アット・ザ・ベンチ』など。GINGER webにてエッセイ『ぽかぽかひとりごと』を連載中。
山瀬まゆみ Mayumi Yamase
1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ (肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。。
Photo Mai Kise / Text Chie Arakawa / Edit Chie Arakawa, Ryo Muramatsu