2025.5.22

キャリアか、家族か。迷い続けて出した答え 福田円

PROJECT

ことなるわたしたち

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

連載「ことなるわたしたち」のインタビューシリーズとして、ひとりの女性のリアルな声や暮らしをお届けする「ことなるわたしの物語」。いまを生きる女性たちの人生の選択肢を増やすきっかけを込めてお届けする連載の12人目となるのは、アパレルブランドでのバイヤーを生業とする福田円さん。

彼女は、今年小学生になった長男と4歳になる長女の母でもある。福田さんはこの春、仕事のベースは東京のままに、家族で長野県への移住を決めた。

その決断に至った理由となる、家族と仕事とのバランスへの気づきを伺った。

結婚して出産後も、仕事を中心に生活していった30代

2005年に新社会人としてアパレルブランドに入社したものの、憧れていたバイヤーという職業になるべく、2009年に現在も在籍する会社に転職。携わったブランドが日本上陸の年だったこともあり、ブランドの成長とともに、キャリアは販売スタッフからバイヤーの道へと広がりを見せた。

「忙しかった時期は、終電まで働いて、週に1度は深夜まで仕事をしていましたね。当時、実家に住んでいたんですけど、終電を逃して帰れない時もあって。結婚はまだしていなかったのですが、終電を逃した時は夫の住んでいた家までタクシーで帰るような生活をしていて。そんな仕事中心の生活をしていたので、結婚して、新居を構えるとなった時には、迷わず仕事先からすぐ行けるような距離のところに家を借りました」

「忙しかったけど、とにかく仕事が好きで、自分がやった分だけどんどん結果にもつながっていくような感じでした。ヨーロッパのファッションウィークに年に2回大型の買い付けに行き、出張先で買い付けた商品が売れて、それがブランドの成長につながっていく。もっともっと仕事をしたいって、没頭していきました」

第一子から体外受精を選択し、妊娠

仕事に全力を注いでいた30代前半。福田さんにとって、結婚も妊娠も、まだ先延ばしでも良いと思っていたという。それとは逆に当時付き合っていた夫は、結婚して、家族を築いていくことに強い思いがあった。福田さんは32歳で結婚をして、34歳で妊活を開始するも1年後、不妊治療に踏み切りました。そこで夫から最初に提案されたのは体外受精だった。

「夫はなんでも合理的に考えるタイプなんです。なので成功率の高い方法を選んだという感じで。朝7時半にクリニックに行ったら、出社する10時までに間に合うんですよ。なので会社の人にも伝えずに済むし。というのも、当時は誰にも言いたくなかったんですよね。でもこうやって、時間が経って時代も変わって、今では気にしなくてもいいかなって思えるようになったんです。それから1年もせず、無事妊娠することができました。その頃には家族が増えることも考えて、都心のマンションから離れた少し広めのマンションに引っ越していたんですが、エリア的に待機児童も多い区だったので、実際に妊娠した時にこのままでいいのかと夫と話し合いました」

「結局、保育園の入りやすさを優先して考えると、千葉の実家のそばに移り住むのがベストかなと思い引っ越しました。子どもを育てながら、仕事のボリュームをキープすることを考えると保育園は必須だし、親のそばで住んだほうが何かと安心かな、と思ったんです」

自分の仕事の都合で家族を犠牲にしてしまっていないか?

千葉に移り住み、海外への買い付けをはじめとする業務はそのままに、夫と協力して子育てと仕事のバランスをなんとかキープしていく生活を送る。福田さんは管理職になり、部長とバイヤー業務を兼任することになった。そして長男が生まれて3年後に、第二子を出産する。実は2人目の妊娠も、1人目の時に凍結していた受精卵だった。

「当時の受精卵で二人目も無事生まれて、長男と同じく保育園に入園をして、これまでと変わらず、同じようにフルスイングで仕事をしていました。私はどうしても仕事を割り切れる性格ではないので、お迎えにいく寸前にチームの部下から相談をされれば、受けてしまう。20分でも30分でも話を聞いてしまうんです。保育園へのお迎えがギリギリになって、急いで夕食の準備をして、お迎えが遅くなってしまうからこそ、子どもを早い時間には寝かせられない現実。そして、朝は会社があるから早く起こさなきゃいけない。朝ぐずる子どもにイライラする気持ちを抱えながら保育園に連れていって。その生活を続けていくうちに、私は次第に迷い始めてきたんです」

「仕事をしたいがために、自分の都合で家族を犠牲にしているんじゃないかって。そんな気持ちと同時に、長男に対しての不安も感じるようになって。というのも、息子は集団行動がとれないくらいすごくマイペースというか、のんびりした性格なんですが、年長さんの歳を迎えて、このまま近所の小学校に上がってしまって大丈夫かな、と思うようになってきたんです。どういう大人になってほしいかみたいなのも考えた時に、みんなと違っても、自分で考えたり、自分で決めたりできる大人になってほしいなというのもあって。小学校に上がった時、他の子どもたちと同じスピードでできないだけで、遅いと言われたり、怒られたりするような環境になるかもしれない。そこまでして自分の仕事を優先すべきことなのだろうかと、考えるようになったんです」

小学校受験をきっかけに、長野への移住に挑戦

そこでいくつか息子に合いそうな私立の小学校がないか夫と一緒に情報を集めることに。

「夫はもともと、都心の狭い家より、少し遠くてもいいから広い家がいいという考え方だったので、私が移住も検討していることを話すと、すんなり受け入れてくれました。むしろ、私たちはまだ40代で、子どもも小さいのでフットワークも軽い時期にチャレンジした方がいいかもね、と前向きな感じに受け取ってくれて。それからはリサーチ好きの夫を中心に、下調べを本格化していくんですけど、当初検討先に入れていた小学校に通わせている友人がいたとなれば、50項目くらいの壮大なアンケートを送ったり、自治体が主宰する移住プログラムに参加して家族で短期で滞在してみたりもしました」

「本当に移住があっているのかどうかもわからないけれど、私は仕事と子育てを割り切って両立できるタイプではなかったので、中途半端にすると余計しんどくなるんじゃないかと思ったんです。そこで思い切って、居住場所を東京ではない場所へとガラッと変える方向に舵をきりました」

二人が見つけたのが長野にある小学校。移り住むことを踏まえ、さらに住居などのリサーチ、受験に向けて準備が始まった。そして、怒涛のような半年を終え、今年の4月からは入学が決まり、長野に住居を構え、新生活が始まった。

生活のベースが変わるため、会社には新たな働き方の形を検討してもらえないか、福田さんは入学が決まる前から上司に相談していた。会社の条件と自分の今後の働き方を合致できるような雇用形態がなかなか見つからないままに時間が過ぎていく。そして、結果お互いが納得できる雇用形態は業務委託だった。

正社員を辞めて、新たな働き方へ

「長野から東京まで通うのは週1回が限界かなと思い、会社に相談しました。部下のみんなのことを考えると、部長としてマネジメントを続けるのは難しいと思い、会社にそう伝えました。自分自身に置き換えてみたら、日々の仕事を近くで見てくれている人にマネジメントしてほしいと素直に思えたこともあって。でも、自分の生きがいでもあるバイヤーという業務はなんとかして続けたい。折り合いがついたのは、会社を辞めて、業務委託に条件を変更することでした。この生活を選ぶことと、正社員ではなくなるということが正直私の中で紐づいてなかったんです。でも、会社の規定をきちんと調べていなかった私もよくないのですが、そもそも、正社員、契約社員、業務委託の違いによって、自分の生活にどう影響するのかもわからなくて」

「それに、16年半もいた場所ですから、その会社員を辞めるという不安が大きかったんです。でも、自分がどういう働き方をしたいのか、その上で家族とどういう暮らしをしていきたいのかを考えた時、会社員でも、契約社員でも、モヤモヤした部分は払拭されないことに気がつけたんです。そこで思い切って退社することにしました。でもその決断は、自分一人だけではできなかったな、とも思っています」

福田さんの退社が決まり、辞令が社内に流れると、同じように子育てと仕事の両立をしている同僚からポジティブな反応があった。

「私の一つの選択が、他のバイヤーの同僚や後輩たちに参考にしてもらえるように示せたらいいかな、と思っています。自分の生活の仕方に合ったキャリア選択の一つの基準を、今後は築いていきたいですね」


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Profile

福田円

1982年生まれ。2児の母。大学卒業後、アパレルブランドに入社し、販売員としてキャリアをスタート。その後、転職先にてバイヤーとしてキャリアを積み、現在も活動中。

Photo Cosumo Yamaguchi / Text&Edit Chie Arakawa / Produce Ryo Muramatsu

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