2023.5.16

ブランドが人格をまとったときに語り出すこと|人間らしさとブランドの未来 #02|佐々木康裕×小林琢磨

PROJECT

&Human Nature

佐々木康裕 Yasuhiro Sasaki

効率や合理性を追い求めるがゆえに、ともすれば人間らしさが失われがちなこの時代。人間らしさは暮らしにおいてはもちろん、ビジネスにおいても今後ますます不可欠なキーワードになっていくのではないだろうか。人間らしく生きていく術を探るべく、ビジネスデザイナーの佐々木康裕がゲストと対話を重ねる連載『&Human Nature』。オルビス代表の小林琢磨を迎え、“人間らしさとブランドの未来”について語り合うシリーズの第2回。

セラピースピークがつくる他者との深い繋がり

佐々木_実は最近、何か病気になったわけではないのですが、2週間に1回くらいカウンセリングを受けているんですよ。カウンセラーと話すと、かなり驚くことが多くて。カウンセラーと話されたことありますか?

小林_う〜ん……1回だけ……あるかな。

佐々木_カウンセラーの方は、すごく独特な「間(ま)」をされるというか、会話のテンポがすごく遅くなるんですよ。会話の間って大概はお互いが埋めようとするものですが、基本的にカウンセラーからは埋めてくれないんですよ。

だから、次の言葉を発するまで沈黙が続いてしまう。そうすると、自分のもっと心の奥を探らないと言葉が出てこないから、普段は心のレイヤーの1枚目とか2枚目くらいの思考で話しているところを、3枚目とか4枚目ぐらいまで掘っていく感じになるので、自分で発した言葉に自分でびっくりするみたいなことがあります。それは小林さんのメモとちょっと近いところもあるかもしれないと思いました。

「こういうことに気づいた」とか「楽しかった」「怒った」みたいなカウンセラーとのやり取りで出てくる言葉を「セラピースピーク」というらしいです。そのセラピースピークを日常の中にもち込むことが、米国などでトレンドになりつつあります。デートアプリで知り合ったデート相手の候補や友だち、学校の先生とかと、カウンセラーを相手にセラピースピークするように話す人が増えているみたいです。

感情の奥底で交換し合うことが増えていく社会になると、Takramが策定のお手伝いをさせていただいたブランドパーソナリティ「Compassion-ist(コンパッショニスト)」(注1) で表現したいことに近づいていくのではないかと思っています。

もしかしたら、企業と消費者との間のコミュニケーションにおいても、「自分はこういうふうに感じています」とセラピースピーク的にコミュニケーションするようになると、質的な変化が起きるのではないかと思っています。

注1: ※Compassion-ist:2022年、佐々木康裕をはじめとしたTakramのメンバーのサポートにより策定したORBISというブランドの人格とその存在意義を示すブランドパーソナリティ。ORBISがブランドとしてとるBehavior(振る舞い)── お客さまとの距離感や、お客さまの生活にポジティブな変化・影響を与え得る役割を担うことへの期待 ── と、ブランドがもつキャラクターを統合的に表現している。

小林_カウンセリングを受けるきっかけは何だったのですか。

佐々木_プライベートで「ちょっとこれは……」という体験があって、それを友人に相談したら、「なぜカウンセリングに行かないの?」って言ってくれたんです。最初は「どんなものかな?」みたいな感じでしたが、先ほどお伝えした通り「自分はこんなことを思っていたんだ」という驚きしかありませんでした。職業倫理上、カウンセラーには守秘義務があって、家族にも喋れないようなことも、その人になら共有できるという絶対的な心理的安全性がある雰囲気をつくってくれます。

小林_それは究極の自己開示だと思います。自分は知らない人に、そうやって話すことはできないのですが、そこはスイッチが入るんですよね。

佐々木_入ります。そのプロなので。

小林_自己開示って勇気がいるじゃないですか。もちろん自己開示することはすごく大事だと理解しているので、僕の場合は自分でメモに書き留めているんですよね。

ブランドパーソナリティである「Compassion-ist」で実現したいのは、まさにそのリアリティをもってお客さまに伴走していくことですよね。そのとき、どういうふうに信頼関係をつくるのか、お客さまの自己開示を引き出せるかが、コミュニケーションのポイントのひとつになってくると思うんです。

佐々木_例えばオルビスのスタッフ一人ひとりが顧客に対してセラピストになることは現実にはないと思うんですが、僕の経験で言うと自分の心を深く深く掘ったら、他の人への感情の想像力がフワッと増したという感覚があるんですね。ヴァージニア・ウルフという作家が「自分一人の部屋にこもることがすごく大事だ」ということを言っています。そして、自分の部屋を深く掘ってとにかく奥底まで行くと、自分が本当に何を考えているかがわかるが、そこは実は不思議な空間で、深く潜ると他者と繋がる大きな部屋に到達する、と。

つまり、自分の感情を深く理解すると、他の人と繋がりやすくなるみたいなことだと思うのですが、カウンセリングを受けるようになって、その意味にとても共感するようになりました。だから、勇気をもって自己開示してみるとか、自分の感情に深く向き合うことを経験した人が増えると、スタッフの方とオルビスのお客さまとが通じ合う可能性が高まるのではないかと思うことがあります。


Interlude

佐々木さんは、ヴァージニア・ウルフが遺した言葉は、現代を生きる私たちが他者と繋がり合うための示唆を多分に含んでいると言います。彼女は20世紀モダニズム文学の主要な作家でありつつ、フェミニストの先駆者、バイセクシュアルとしても知られます。心理学の概念であった「意識の流れ」を文学に用いて、登場人物たちの心理を深く掘り下げるなど実験的な手法で高い評価を得ました。

 

人格をまとったブランドという伴走者

小林_「Compassion-ist」を策定している過程を思い返すと、「パーパソナリティ」という言葉が出てきたと思います。とてもよくできた言葉だなと思ったのですが、最初に誰が言い出したんでしたっけ?

佐々木_多分、僕がダジャレで言った記憶があります。パーパスとパーソナリティを掛け合わせた造語ですね(笑)。

小林_佐々木さんがおっしゃったみたいに美容部員のスタッフ一人ひとりがカウンセラーのようなことはできないのですが、ブランド自体が人格になって、その関係をブランド全体のコミュニケーションとしてつくっていかないといけないんですよね。お客さまの伴走者となるように。

佐々木_ブランドが人格として。

小林_そう。その伴走者を個人ではできないからブランドの人格をはっきりさせていかなければならない。そういう意味で、佐々木さんが冗談半分で言った、パーパスとパーソナリティを掛け合わせた造語「パーパソナリティ」はすごく効いていますよね。

佐々木_そもそもなぜブランド・パーソナリティが大事だと思われたのか、そして、なぜその設定が必要だと思われたのでしょうか?

小林_いまの時代に合わせてリブランディングをして、より進化した新しい価値を生み出していこうという一つの大きなプロジェクトがあります。そのなかでお客さま一人ひとりの、あなたなりの正解を一緒に模索をして30年のLTV(Life Time Value/顧客生涯価値)へと導いていこうというのが、オルビスのこれからの考え方です。

そもそもブランドって何だろうと立ち返ったときに、短期的なプロジェクトでニーズに応え、その積み上げた結果としてブランドになるというのがいまマーケティング論です。でも、もっと広く、大きな意味でブランドを捉える必要があると感じています。お客さまに伴走していくときのその人格を含めて自分に何を約束してくれるのか、この人との約束を信頼しているからブランドになっているということだと思います。だから、これからのブランドは信頼関係をつくるために、プロダクト訴求や絶妙なタイミングでのご案内というPDCAではなく、“伴走する人”にならないといけない。

信頼を育む振る舞いとわきまえ

佐々木_伴走と信頼がキーワードとしてあって、それをするには“人らしさ”を帯ないと信頼関係も構築しづらいですよね。

小林_Human Natureでふと思い出しましたけど、マイケル・ジャクソンのいちばんヒットしたアルバム『Thriller』に入っていますよね、「Human Nature」って曲が(笑)。

佐々木_ありましたね。あれは、確か愛を歌っている曲でしたよね。

小林_そう。話が逸れてしましたが、だから議論のなかでいちばんこだわったのは「距離感」でした。顧客とブランドの信頼を育むコミュニケーションのなかで、驕らないということがいちばん大事だからです。家族でもない限り、あなたの人生を私がよくできるなんてことは絶対言えないでしょう。つまり、自分に何ができて、できないかをわかっていることが重要だからこそ、距離感の議論にいちばん時間を費やしました。

佐々木_どのように人との距離感を測るかを考えるときに、ブランド・パーソナリティをつくるだけでなく、同時にbehavior(振る舞い)についても定めていくことも重要になりますね。本当は自分はその人に寄り添いたいが、そうできないときもあるということを自覚する“わきまえ“が、人格をまとったブランドには必要不可欠だからです。

小林_どちらも同じ人間の中に存在して、そこの距離感が合わせられる人は居心地がいいので、信頼関係が構築できるのでしょうね。

佐々木_そうした議論を含めて、ブランド・パーソナリティがCompassion-istに決まるまでに、いろんな案をご提案させていただいていた記憶があります。

小林_ブランドの人格を決めることは、もしかしたら向こう10年20年でもっとも重要な意思決定だったかもしれないです。論理的にはトップにしかできないそうした意思決定を、初めて経営チームでたくさん議論しました。

もちろんCompassion-istという言葉がじわじわとより意味を帯びてくると思いますが、何よりも大きかったのは価値提供をする経営チームと深く議論をしたことですね。

佐々木_小林さんの言葉というよりは、“みんなの言葉”というかたちで最後に出来上がったブランド・パーソナリティであることと、それをつくったプロセスが大事だったということですね。

小林_本来、ブランドの人格は全社員で一緒に考えたいことだけれど、物理的に難しい面もあります。そうしたなかでも、どれだけのメンバーを巻き込んで深く議論できるかは、今後、ブランドが人格をまとううえで欠かせなくなるはずです。

Profile

小林琢磨|Takuma Kobayashi

オルビス株式会社代表取締役社長。2002年、ポーラ化粧品本舗(現株式会社ポーラ)入社。09年にグループの社内ベンチャーブランドとして立ち上げた株式会社ディセンシアで取締役を経て、10年同社代表取締役社長。17年オルビスマーケティング担当取締役、18年より現職。ポーラオルビスホールディングス取締役、トリコ株式会社取締役を兼務。早稲田大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。

佐々木康裕|Yasuhiro Sasaki

Takramディレクター / ビジネスデザイナー。クリエイティブとビジネスを越境するビジネスデザイナーとして、幅広い業界で企業のイノベーション支援を手がける。デザインリサーチから、プロダクト・事業コンセプト立案、エクスペリエンス設計、ビジネスモデル設計、ローンチ・グロース戦略立案等を得意とする。講演やワークショップ、Webメディアへの執筆なども多数。2019年3月、ビジネス×カルチャーのスローメディア『Lobsterr』をローンチ。著書に『パーパス 「意義化」する経済とその先』『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』〈ともにNewsPicksパブリッシング〉などがある。

Photo by Satomi Yamauchi / Text by Takafumi Yano / Edit by Ryo Muramatsu

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vol.1
2024.05.07

「家族」という不思議な存在|家族編 #09|佐々木康裕

vol.2
2024.02.27

家族の撤退、そして社会へ拡張する!?|家族編 #08|筒井淳也 後編

vol.3
2024.02.16

家族社会学からみる“家族のいま”|家族編 #07|筒井淳也 前編

vol.4
2024.01.30

立ち止まって、景色を見る勇気をもってみませんか?|家族編 #06|紫原明子 後編

vol.5
2024.01.09

“(仮)でいい”。決め切らない勇気をもつこと|家族編 #05|紫原明子 中編

vol.6
2023.12.20

弱くもなく強くもない“家族のつながり”|家族編 #04|紫原明子 前編

vol.7
2023.10.25

いい家族、幸せな家族ってなに? 多様化する家族のかたち|家族編#03|編集部

vol.8
2023.10.12

世の中のノーマルを越えて家族は複雑化していく|家族編 #02|編集部

vol.9
2023.09.27

小さな社会的物語が語ること|家族編 #01 |佐々木康裕

vol.10
2023.05.30

Z世代に代表的な価値観は存在しない|人間らしさとブランドの未来 #03|佐々木康裕×小林琢磨

vol.12
2023.05.09

心の奥底をさらけ出したときに始まる人との繋がり|人間らしさとブランドの未来 #01|佐々木康裕×小林琢磨

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