2023.12.20

弱くもなく強くもない“家族のつながり”|家族編 #04|紫原明子 前編

PROJECT

&Human Nature

佐々木康裕 Yasuhiro Sasaki

「いい家族ってなに?」「幸せな家族とは?」──。コントリビューターの佐々木康裕のエディターズレター「小さな社会的物語が語ること」をきっかけに、「& Human Nature」編集チームは社会を取り巻く状況や価値観の多様化によって急激に変化している、もっとも小さな“社会”である「家族」について考えてきました。家族観や固定観念が崩れるなかで、“家族のみらい”はどこにあるのでしょうか。“弱い家族のつながり”づくりや家族を外に広げる試みをする、エッセイストの紫原明子さんにお話しをうかがいました。まずは前編から。

──今回、佐々木さんのエディターズレターから始まり、山崎ナオコーラさんの『母ではなくて、親になる』〈河出書房新社〉を課題図書にして、「家族」について「&Human Nature」編集チームで2回にわたって話してきました。紫原さんは『家族無計画』〈朝日出版社〉を刊行されたときに、山崎さんと対談をされていましたね。

紫原_対談させていただきました。ありがたいことに。

──つながるところがあると一方的に思っていたのと、今回、佐々木さんからのすごく強いリクエストがあり(笑)、お声がけさせていただきました。

紫原_うれしいです。わたしも今年いちばん会いたい人でした。

佐々木_本当ですか⁉︎ お会いできてうれしいです。いろんな理由でお会いしたかったんですけど、紫原さんが発信していらっしゃる「大人だって泣いていいんだよ」というメッセージがめちゃくちゃ刺さったんです。

紫原_うれしい。

佐々木_今回のテーマは家族の話でもあり、いい意味でのフェミニズムとか、いわゆる有害な男性性や中年の危機からどのように離れていくかという話でもあると考えています。

ぼくはカウンセリングを受けているんですね。普段、男性の友人同士の会話はスポーツとか仕事の話に限定されることが多く、親密な会話をあんまりしないんですが、カウンセラーとの間だけでは、心を開いたり、そこで泣いたりとかしてるんですよ。

紫原_へえ、いいですね。

佐々木_中学生以来ぐらいかなって感じの泣き方をしたりします。大人が泣くって、こういうことなんだ感じていたときに、紫原さんの『大人だって、泣いたらいいよ』〈朝日出版社〉というタイトルがすっと入ってきました。その後も、「もぐら会」の活動もフォローしていて、どうやったら入れるかなとチラチラのぞき見していました(笑)。

紫原_知っていてくださって、ありがとうございます(笑)。

わたしの最近のいちばんの関心事は、中年以降の男性たちとどうやって話ができるかということです。でも、話の入り口がわからないから喫茶店に行って、なにに関心があるんだろうって観察していたら、あるおじさんはずっと投資の勉強をしていたんです。チャートの見方をずっとノートに書いていました。別のおじさんは、ずっと窓の外を見ているだけ。

中年以降の男性は大抵、競馬や野球みたいなワードでネット検索してるじゃないですか。でも、女性って、例えば寂しさを感じたら、「友だちができない」とか「友だちのつくり方」とかで相談するように検索します。男性の場合は、自分が寂しい状況にあるとか、それが結構自分の身体にも影響を与えていることにほとんどの人が気づいていないんですよね。

佐々木_おじさんって社会的に“ゲタ”を履いていて、パワーとか影響力をすごいもっていると思うんですけど、一回そういう枠組みから離れたら、居場所もないし、コミュニケーションの仕方も分からない。自分の考えていることは話せるけど、感じていることは話せない。話せないというか、むしろ感じていることに気づけていないように思います。

紫原_ビジネスの世界で勝者になっていくには、そこは重要じゃなかったんですよね。だけど、人はいつか仕事をしなくなるし、いまのわたしたちは仕事で最前線に立てなくなってからの人生も結構長い(笑)。

外に広がる家族、弱いつながり

──紫原さんがもぐら会でやっていらっしゃることは、家族以外の依存先を増やすことみたいなお話をされていたのが印象的でした。

紫原_著作でも熊谷晋一郎さんの「自立とは依存先を複数つくること」という言葉を紹介していたと思いますが、実際、精神的にはそれが本当に大きいと思うんです。

もぐら会でやっている試みは、“弱い家族のつながり”をつくるということでもあるんです。ただ一方で強いつながりも必要だと思うんですよね。それは子どもの愛着形成に必要だし、そこで十分に形成されていなかったら、社会で形成され直さないといけないと思います。昔は上司と部下、先輩と後輩が担っていたと思うんですけど、いまはそれをやるとハラスメントになりかねない。

わたしのコミュニティにも子どもの不登校で悩んでいる人とか、シングルでお母さんも精神疾患をもっている人とかもいて。みんなでわたしたちは弱く家族になりたいと思っているけど、結局、家庭に介入するのは本当に難しいし、毎日の生活のケアをするというのは難しい。

ただ精神的なところだけ少し負担を減らして、あなたは独りじゃないよということしか言えないんですよね。それだけで本当にいいのかなということは、ずっと思ってやっています。

もぐら会では、弱いつながりでも、強いつながりでもない、もうちょっと強め寄りの弱いつながりを考えていて、その一つの解としてお話会を開いています。カウンセリングというのは1対1ですが、お話会はみんなで1人の話を聞くんですよ。一人ひとり順番に話していくんですけど、誰もフィードバックをせず、話しっぱなし聞きっぱなしで終わる。

そこは自分が言いたいことを最後まで言って、最後まで自分の話を聞いてくれる人がいることを感じてもらう場所。励ましもしないし、解決しようともしない、ただの場所をつくっているんですけど、それは困った人をわたしだけが受け止めるのではなくて、みんなでちょっとずつ受け止めてるっていうことを、明示的に体験してもらっています。

──空気感としては独特ですよね。「分かるよ、分かるよ」となると、すごく強いつながりっぽくもありますが、そうでもなく、そっと見守るみたいな感じがありますよね。

紫原_やっぱり、「分かるよ」と言うと強い依存が生まれてしまう。だから、依存はしないけど安心できる。でも、自立しなさいって強く言われるわけじゃない。でも、ひとりでいられるみたいな不思議な場所をつくろうとしているんですよね(笑)。

──すごい家族的な会話だなと思うんですね。聞かれてないのも分かってるんだけど、話してることで浄化されていくというか。

紫原_確かに、家族ってうまく回っていたら、そういう無条件に受容する空気が出来上がってますよね。

ただ、自分が子育てしてて思うのは、家の中で上手に育てようと思うと、子どもの人権をすごく尊重して、友だちのような親子になっていく。お母さんには、すごく高度なバランス感覚が求められています。もちろん、家の中で充足できるのはいいことだと思います。いまの世の中が要請しているのは、家の外にもそういう場所をもちましょうっていうことですよね。

社会的な刷り込みという舞台から降りる勇気

──外に家族が広がっていく感覚っていうのは、すごく大事そうですよね。たびたび問題になるワンオペ育児で、誰にも頼れないっていうような状況も、外に頼れるところがあるといいんでしょうね。

紫原_そうなんですよね。一人ひとりの負担をなくそうと思ったら、共産主義的な子育てをするしかないのかもしれないけど、それを望んでいるかというと、そうではないわけですもんね。強いつながりを維持したまま、負担を減らすのは制度でどうにかできるところもありそうですが、やっぱり一人ひとりのキャパシティーの問題でもあるから難しい。

──紫原さんは、一回家族になっても、その舞台から降りることへの不安から解き放たれると、もっと楽になれるといったお話をされていましたね。

紫原_やっぱり一緒にいることだけで害になる状態っていうのは、絶対起きてきます。本当はそうする価値がないものを社会的な刷り込みによる価値観で温存してるぐらいだったら、やめちゃえばいいと思います。実際、精神的には家族ではないのに、離婚していない親でないといけないから離婚できないっていう人は、ちょっとずつ減ってきてるような感じもします。

榎本_わたしは先月、入籍したのですが……。

紫原_おめでとうございます!

榎本_ありがとうございます。いよいよ本当に家族になるということで、夫婦関係をどうしていこうかみたいなことを話しているのですが、無条件に許される空間があるってやっぱりすごいって思います。ひとりで暮らしていたときに、仕事がしんどくなったときがあったのですが、それを会社に言うと大事になるじゃないですか。

紫原_確かに。

榎本_そうしたことが吐露できる場所をすごく欲していたときに出会った人と結婚をしました。いまは家に帰ってたわいもないことを話すだけでも、自分が肯定された気持ちになります。なんのリアクションがなくても、自分が自分として保たれている感覚があります。

そういうコミュニケーションみたいなのが、夫婦間ですごく大事なのかなと実感しています。いつか子どももほしいと思っているけど、もし子どもができたらその関係が変わってしまうのかなというのが、いま見えていなくて不安でもあります。

紫原_確かに。ワンオペの問題とか、夫婦関係が子どもによって壊れる問題とかはたくさんあるけど、わたしは結構、子どもをもってよかったと思っています。子育てが女だけが負う“罰ゲーム”みたいに思われてることに、わたしにはちょっとだけ違和感があって。子育てできるというのはある意味ですごい特権でもあると思うんですよね。 ただ、リソースを必要とするから、ちゃんと外側から必要なだけサポートされたらいいと思います。ヨーロッパの一部の若者とかはそういうふうに思っているようですね。人生経験のために産もうとする人が増えているみたいな記事を目にしたことがあります。

佐々木_いまの話にハッとさせられたのですが、子育ては大変だから女性の負担を分かち合おうみたいな論調がすごく多いじゃないですか。でも、いまみたいに「“罰ゲーム”じゃないよ」と、昔ながらの子育ての価値観から離れて、すごく楽しんでやっている考え方もあるよということが、振れすぎた針を少し戻すような感じがあって、とてもすてきだと思いました。

紫原_ありがとうございます。一回極端に振れるってのは、なんにしろ必要なんでしょうけど。ただ、これ、なんでなんですかね(笑)。

佐々木_(笑)。いまはこういうスタンスを取ることが適切だろうという、すごく高度な空気の読み合いがあるのでしょうね。家族についてであれば、多様性が大事だよみたいなところが絶対外れちゃいけないコード(議論の枠組み)みたいになっていて、その枠のなかで語ろうみたいな感じになっているんだと思うんです。

紫原_そうですね。

佐々木_だけど、そうじゃない考え方とかスタイルをもぐら会で許容してくれているのは、すごく大事な感じがしています。

Profile

紫原明子|Akiko Shihara

エッセイスト。2人の子をもつシングルマザー。家族、福祉、恋愛、性愛、人間関係等をテーマに幅広く執筆する。「クロワッサンonline」「東洋経済オンライン」「弁護士ドットコム」「AM」などのウェブ媒体のほか、『VERY』『PHP special』『月刊PHP』などの紙媒体の連載に寄稿している。著書に『大人だって、泣いたらいいよ 紫原さんのお悩み相談室』『家族無計画』〈ともに朝日出版社〉、『りこんのこども』〈マガジンハウス〉などがある。執筆の傍ら、“話して・聞いて・書いて自分を掘り出すコミュニティ もぐら会”を主宰。2017年より、エキサイト株式会社と共同で「WEラブ赤ちゃんプロジェクト」泣いてもいいよステッカーの配布を開始。公共の場で泣いている赤ちゃんを温かく見守る眼差しを可視化するプロジェクトの普及に努めている。

佐々木康裕|Yasuhiro Sasaki

Takramディレクター / ビジネスデザイナー。カルチャーや生活者の価値観の変化に耳を澄まし、企業やブランドが未来に取るべきアプローチについて考察・発信を行っている。そうしたアプローチを元にした著書に『パーパス 「意義化」する経済とその先』(NewsPicksパブリッシング)、『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 』(同)、『いくつもの月曜日』(Lobsterr Publishing)などがある。2019年からはカルチャーやビジネスの変化の兆しを世界中から集めて発信するスローメディア「Lobsterr」を運営。Takramでは、未来洞察や生活者理解のためのプロジェクトを数多く実施している。

Photography by Takafumi Matsumura / Edit&Text by Takafumi Yano / Produce by Ryo Muramatsu

PROJECT back number

vol.1
2024.02.27

家族の撤退、そして社会へ拡張する!?|家族編 #08|筒井淳也 後編

vol.2
2024.02.16

家族社会学からみる“家族のいま”|家族編 #07|筒井淳也 前編

vol.3
2024.01.30

立ち止まって、景色を見る勇気をもってみませんか?|家族編 #06|紫原明子 後編

vol.4
2024.01.09

“(仮)でいい”。決め切らない勇気をもつこと|家族編 #05|紫原明子 中編

vol.6
2023.10.25

いい家族、幸せな家族ってなに? 多様化する家族のかたち|家族編#03|編集部

vol.7
2023.10.12

世の中のノーマルを越えて家族は複雑化していく|家族編 #02|編集部

vol.8
2023.09.27

小さな社会的物語が語ること|家族編 #01 |佐々木康裕

vol.9
2023.05.30

Z世代に代表的な価値観は存在しない|人間らしさとブランドの未来 #03|佐々木康裕×小林琢磨

vol.10
2023.05.16

ブランドが人格をまとったときに語り出すこと|人間らしさとブランドの未来 #02|佐々木康裕×小林琢磨

vol.11
2023.05.09

心の奥底をさらけ出したときに始まる人との繋がり|人間らしさとブランドの未来 #01|佐々木康裕×小林琢磨

vol.12
2021.04.30

「豊富なデータを活用し、商品に負けないくらい顧客に愛される究極のUXを追求したい。」マーケコンサル出身者の新たな挑戦