2023.10.12

世の中のノーマルを越えて家族は複雑化していく|家族編 #02|編集部

PROJECT

&Human Nature

佐々木康裕 Yasuhiro Sasaki

効率や合理性を追い求めるがゆえに、一元的になっていく社会。もっと多元的に、そしてあるがままに暮らしていけると、失われがちな“人間らしさ”の回復につながるかもしれません。今回の記事に先がけて配信されたエディターズレターでは家族の在りかたや、社会の“足かせ”によってかき消されてしまうアイデンティティや多様性について考えるきっかけがありました。例えば、もっとも小さな社会と言われる、家族についてはどうでしょうか。そもそも家族ってなに? 母って? 親って? 「家族」について湧き上がる疑問について、作家である山崎ナオコーラさんの『母ではなくて、親になる』〈河出書房新社〉をひとつの補助線に、ビジネスデザイナーの佐々木をはじめ、編集チームの榎本、岡本、村松が「家族」について話し合いました。

鼎談参加者:佐々木(40代・男性)、榎本(20代・女性)、岡本(30代・女性)、村松(40代・男性)

母ではなくて、親になる?

── 今回のテーマが「家族」ということで、編集チームの皆さんには山崎ナオコーラさんの『母ではなくて、親になる』〈河出書房新社〉を読んでいただきましたが、いかがでしたか?

榎本_すごくフラットに、子どもを一人の人間として考えられているのが伝わってきました。わたしは幼少期に母親にやや厳しく育てられて、ピアノとか、お習字とか、ステレオタイプな女の子の習い事をひと通り経験したのですが、自分は「これがやりたい」と言い出せなかったことを思い出しました。きっと山崎さんは、子どもの意思を尊重されるんだろうなと感じました。

岡本_わたしの両親を見ていると、母親や父親の役割が明確に分かれている存在だったと思います。例えば、母親は専業主婦で子どもを育てることが、父親は外で仕事をして家計を支えることが、“自分の役割”という感じでした。それが時代だったのかもしれないですが、もし自分が将来、親になることがあったら、山崎さんみたいに父親、母親と分け隔てなく接する関わりを持っていきたいと思いました。

やっぱり父親は威厳があって、家族と枠組みの中にはいるけれど、母親との心の距離感とはだいぶ違う存在で、何かあれば、母に頼るみたいなところがありました。もし、2人が同等に子どもと距離が近い存在だったら、2倍の心のサポートを受けられるんじゃないかと思いました。

村松_ぼくは、一人目が生まれたときに、時短勤務をしていたんです。共働きだったので、ぼくが週2日、彼女が3日、夕方5時に退勤していました。10年ぐらい前のことですが、当時の取引先のなかで時短勤務していることを伝えられる人は少なかったですね。時短勤務のおかげで娘との距離感は近かったのですが、娘が3歳のときに、ぼくが平日を東京で単身赴任をして、家族は長野で暮らす、夫婦別居生活を3年ほどやりました。そのときに子どもと圧倒的に離れたけど、ギリギリ関係が保てたのは、時短の期間の貯金があったからなんだと思います。

佐々木_榎本さんの本当は他にやりたい習い事があったけど言えなかったみたいな話と、村松さんの時短であることを取引先などに言えない空気ってなんなんでしょうね(笑)。

榎本_親がよかれと思ってやらせてくれていることや、こうなってほしい願望がわかっていたので、顔色を見てしまっていたんだと思います。愛されてるから、愛し返さないと、と子どもながらに無意識に思っていたのでしょうね。

わたしの両親は、失敗させられないという感覚が強い世代というか、たとえば「大学は出ておくべき」みたいな固定観念が強いのかな。だからなるべく苦労しないように、レールを敷いてあげたいという気持ちがあったのかもしれません。

岡本_うちのは逆でしたね。父親はファッションデザイナーだったからか、ある種の社会通念があまり通用しない人だったんです。放任主義で、「勉強しろ」とか「大学に行け」とか言われたことがありませんでした。だから、小さいときは、他の家族が羨ましかったです。わたしは自由な選択肢を与えられてましたけど、「こうしたほうがいいんじゃない?」みたいに親から助言されることがなくて、そういう干渉が親からの愛情みたいに思っていました。

世の中のノーマルという幻想

── 佐々木さんはエディターズレターで、あるブランドの母の定義を引用していますね。おもしろいのは、そこに書かれていることは、“母”ではなかったですよね。

佐々木_『母ではなくて、親になる』にちょっとだけ引き寄せて話をすると、山崎ナオコーラさんってマイルドな佇まいで、筆致もすごく柔らかい感じがあって、すっと読めるじゃないですか。でも、「この人、チェ・ゲバラみたいな感じがするな」って思ったんです。革命家的というか。

村松_すごくわかります(笑)。

佐々木_それがすごくかっこいいなと思ったんです。例えば、一人で出かけていたら、「今日は旦那さんが見てくれているんですね」って言われることにすごい違和感を覚えて、「見てくれている」んじゃなくて、「見ている」んです、と言い直させようと思ったりとか。入籍して苗字は変えるけど、世帯主は自分であるとか。世の中の夫婦像、母親像とか育児スタイルのノーマルに対して、「違うだろ!」と言い続けているみたいな感じがありますよね。

村松_コラムのなかに必ず一つは、そうしたエピソードが書かれていましたよね。

佐々木_世の中の“ノーマル”を享受して生活している人にとってみたら、ひねくれ者にしか見えないかもしれないけど、彼女なりの違和感をちゃんと言語化して発信しているのが、とても素晴らしいですよね。読んだ人の考えを、ちょっとだけ変えるようなきっかけがいろいろ散りばめられているなと思いました。

── 親って言ったことで、いろいろな家族が本当に成立しますよね。同時に、母の定義とはなんなのかなとも思いました。

佐々木_例えば、両親が離婚をしてお母さんがいなくなりました。お父さんが新しいパートナーを連れてきました。それが、男性でした。子どもはなんて言うんだろうか、とかね。

村松_以前、小学生の子どもがいる友人が離婚したんですね。でも、それぞれ近所に住んでいて、二人はその子の親としてはずっと関係を続けていくけど、恋愛は自由にしましょうと言っている。子どもからすると、お母さんに新しいパートナーができても、自分の父親は変わらないという家族像もありそうですね。

言葉が思考を止めている?

── ある種の固定観念から解き放たれて、例えば日本の家制度が変わることで、子どもたちも無意識に生きやすくなったりするかもしれない。言葉が定義する家族って影響力があるというのを山崎さんの著書を読みつつ、現実世界を見て、すごく感じました。

村松_ナオコーラさんがどこまで変えたいかはさておき、新しい家族像とか、そこに対する言葉が増えてくことで、社会が変わっていくじゃないですか。大衆文化の役割って、ぼくらに新しい価値観や考え方を浸透させてくれるものですよね。

一方で、これには共感しつつも、小説や映画のなかで、いろいろ新しい家族像が描かれていますが、そのような新しい価値観を浸透させるために、圧倒的なパワーを出していかなければならない。

ぼくらの世代はまだまだテレビの影響力がすごくあります。それによって圧倒的に浸透しているものも少なくない。では、自分の子どもの世代に、それに匹敵するものってなんなんでしょう? SNSでもないだろうし、もしかしたら同調圧力なのか、あるいは目に見えないなにかか。それは制度かもしれないし、言葉かもしれないけど、それは今後どうなっていくのでしょうかね。

岡本_言葉はとっかかりとして大きいですよね。「イクメン」という言葉は、山崎さんはあんまり好きではない感じでしたけど、わたしたちの親世代は「イクメン」の概念すらもなく、役割がはっきりしていた。タイムラインで考えたときに、夫が子育てをサポートする「イクメンの時代」があって、子育ては2人のものなのに妻を支えるだけで偉いと称賛されるのはおかしいという時代に流れていき、次の概念はきっと「親」という何か大きいツリーかもしれない。言葉が生まれて、それが社会にシームレスに馴染んでいって、通念化されていく大きな足がかりにはなるのかなと思いました。

佐々木_ナオコーラさんは、どこかでフェミニンな男性を肯定しようみたいなことを書かれていて、そういう意識であったり、フレーズが後押しする可能性もあると思いますね。

『CAT DADDIES』(邦題:『猫と、とうさん』)という映画があるんですが、DADDYって「父親」という意味ではなくて、“猫飼いの男性たち”って意味なんです。アメリカ各地で猫を飼っている6人の男性の様子をオムニバスで描いたドキュメンタリーなんですが、一つ象徴的なのが、スタントマンのムキムキの黒人の男性と一緒に暮らしてるパートナーとの2人の描写です。ムキムキの男性が、猫の世話をしている後ろ姿にきゅんとするんですよね。そういうのがすごくいいなと思って。

一方で、社会的な女性像に苦しんでいる女性もいっぱいいますが、男性も苦しんでる人がいて、もっと中性的に、あるいは女性的に振る舞いたいのに、ホモソーシャル的なコミュニケーションが求められたりもする。そこに対しての距離が難しいから、そういうことを肯定するような言葉があるといいですよね。

佐々木康裕|Yasuhiro Sasaki

Takramディレクター / ビジネスデザイナー。クリエイティブとビジネスを越境するビジネスデザイナーとして、幅広い業界で企業のイノベーション支援を手がける。デザインリサーチから、プロダクト・事業コンセプト立案、エクスペリエンス設計、ビジネスモデル設計、ローンチ・グロース戦略立案等を得意とする。講演やワークショップ、Webメディアへの執筆なども多数。2019年3月、ビジネス×カルチャーのスローメディア『Lobsterr』をローンチ。著書に『パーパス 「意義化」する経済とその先』『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』〈ともにNewsPicksパブリッシング〉などがある。

Illustration by Shoko Kawai / Edit&Text by Takafumi Yano / Produce by Ryo Muramatsu

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