アートとベルリンを巡る朝 haru.×Nao Kawamura 【前編】
月曜、朝のさかだち
第4回目の『月曜、朝のさかだち』は、なんとドイツ・ベルリンからお届け。日本とは違う景色や音が広がるベルリンで、“ゴキゲンな朝活”を共にしてくれたゲストはシンガーソングライターのNao Kawamuraさん。2022年に2ndアルバムとなる『Elemental Pop』をリリースし、現在は次作の楽曲を制作するNaoさんと共におこなった朝活は、「アート鑑賞」。ベルリンの街や美術館から見えるアートとの距離感や、Naoさんのアーティスト活動について話していただきました。
アートが生活に根付く街ベルリン
haru._「月曜、朝のさかだち」、今朝はなんとベルリンからお届けしております。今回のゲストはシンガーソングライターのNao Kawamuraさんに来ていただいています。ようこそ!
Nao Kawamura(以下:Nao)_ありがとうございます。
haru._まさかベルリンでこの番組を収録することになるとは思っていなかったのですが、Naoさんが同じようなスケジュールでドイツに、しかもベルリンにいらっしゃるということで、これは会うしかないなと思いゲストにお呼びしました。今回の朝活に私たちは「美術館」を選び、ベルリンにあるノイエ国立美術館*①で開催中のベルリン出身のIsa Genzken(イザ・ゲンツケン)*②という女性アーティストの展示を見に行きました。75歳の誕生日を記念して、1970年代から現代までの75点の彫刻作品が展示されていましたが、Naoさんどうでしたか?
Nao_私はベルリンに来てまだ3日しか経っていなくて、すべての景色が目まぐるしく感じていました。そんななかで美術館に行ってどうなるかなと思ったのですが、作品も、街も、日本にはない自由なムードが流れていて、すごく新鮮だったし、斬新でしたね。
haru._展示もそうなんですけど、美術館の周りがまた自由で、私たちは結構衝撃を受けましたね。 その美術館はガラス張りで、作品がある空間と外がガラス1枚で仕切られているにもかかわらず、真横でスケーターたちがガンガンスケートボードを乗り回していて、我々がヒヤヒヤする(笑)。
Nao_自由でいいですし、やっぱり街全体がアート作品っていう印象がありますね。あと、グラフィティとかも結構たくさんあって、個人的な表現の場がいっぱいあるのかなって思いました。国や人々が作品に対しての感度がものすごく高いし、それがないと生活できないっていうことを、ちゃんと理解してるというか。
haru._たしかに、生活の一部になってるっていうのは感じるかも。 昨日、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を聞きに行ったんですけど、平日の夜なのに満席なんですよ。来ているのはご高齢の方が多いんですけど、若者もすごくカジュアルな服装で来てたりして。ほんとにアートが生活に根付いてるんだなっていうのは思いますね。
Nao_昨日、ロケハンでいろんなところを見ていたんですけど、広場でバイオリンを1人で弾いてる人がいて。それをみんながチルしながら座って見てるみたいな光景は、ここでしか味わえないんだろうなと。みんなのムードもすごくゆっくりだし。
haru._スローですよね。
Nao_みんな“自分のペースを守る”っていうことを自然にしている。日本だと合わせないといけないみたいな空気があるじゃないですか。「何時にここ集合ね」「絶対に遅れないで」みたいな。私は今日遅れちゃったんですけどね(笑)。
haru._普段の朝活とは違う、いろんなハードルがありつつ、今日の朝活をなんとかやってきたっていう感じですね(笑)。展示の話に戻ると、パンフレットがすごかったですよね。 1点ずつ作品群の説明がしっかりされていて、しかも、ドイツ語と英語の2か国語。英語の方を読み進めていくと、途中でドイツ語に切り替わるんですけど、冊子を反対向きにすると、ドイツ語バージョンになっているつくり。 それに感激しちゃいました。
Nao_ちゃんと伝えようとする意思があった。
haru._そうなんですよ。日本で美術館に行くと、この作品ってどういうこと?ってなって、 わからないまま展示室を出ることって結構あると思うんです。今日の作品も、彫刻作品とはいえ、いろいろなマテリアルを使ったコラージュ的な作品も多くて、言い方が良くないですけど、一見ゴミの寄せ集めみたいな作品とかもあったりするんですね。 それを読み解くのって結構難しかったりするんですけど、その冊子を読むと、「こういう意図だったんだ」とか、「あの流れでこういう作品に変わっていったんだ」とか、説明があることで自分の中にも入ってくるんですよね。
Nao_すごく美術館自体もオープンな空間だから、考える余白もたくさんありましたね。
haru._そうですね。周りにスケーターはいるし、車椅子を使用している鑑賞者もいたり。空間の作り方も、階段とかもないフラットな展示スペースだから、そのまま入れるんだなって思った。
Nao_アートを身近にしたいっていう気持ちがすでに根付いていて、 もうそれが当たり前だよっていう感じだから、やっぱり日本とは全然違うなって思いましたね。
土地のしがらみから解放され、人と出会うこと
haru._実は、私とNaoさんはお会いするのはまだ3回目なんですよね。1回目は私がAlbâge Lingerie(アルバージェ・ランジェリー)っていうランジェリーブランドとイベントをさせてもらったときに、そこにNaoさんが遊びに来てくださったんです。
Nao_そうそう。その次に私がharu.さんに連絡して、私のシングルのリリースを記念して、シングルのテーマ内容を対談形式でゲストを交えて話し合う公開収録にゲストとして呼ばせていただいたのが2回目なんで、今回が3回目です。あの時は、コロナ真っただ中みたいな感じじゃなかったかな。いろんなものが中止になっていた気がする。だからこんなにオープンにいろんな場所に一緒に行ったりするのは初めて。
haru._私もヨーロッパに来るのは、コロナ禍明けて初めてなんで。そういう意味でも、こうやって普段の活動拠点じゃない場所でお会いできるのは、すごく新鮮ですね。
Nao_すごく新鮮だし、こういう経験って大事だと思う。例えば私が福岡にライブしに行ったら、 東京のミュージシャンがなぜか福岡に集まってるみたいな状況があって、そういう時こそ仲良くなれることがあるんです。
haru._あー、わかるかもしれない。やっぱり土地のしがらみみたいなのって、普段は意識していなくてもありますよね。「あの人はどこどこの界隈」とか、 「普段どこのコミュニティにいるから、自分とは違う」みたいに、自分も無意識に思っちゃってたりするのかなって思っていて。でもそこから1歩外に出ちゃえば、そんなことはないっていうか、みんな部外者っていうか。
Nao_ベルリンにいると、日本人にお会いする機会もたくさんあるんですけど、どこの誰かって聞かない。「いつから滞在してるの?」「どこ行った?」「何をしに来てるの?」みたいな。 1回フラットになって、話しやすくなるっていうのは、結構海外のいいところかな。
haru._私たちもさっき、帰りのバスに乗りたかったんですけど、全然来なくて、2人で頑張ってバス停を探しましたね。
Nao_みんなでサバイブする経験もたくさんあるから、仲良くなる率も高い!
歌うことは誰も傷つけない世界平和な仕事
haru._ここからはNaoさんの本業のお話をしていきたいと思います。Naoさんが音楽活動を 志したきっかけとか、私も全然知らないなと思って、その辺りからお話していきたいです。
Nao_母がずっと、ピアノの先生兼声楽家をやっていて。父は普通のサラリーマンなんですけど、本がすごく好きで、トイレまで本が侵略して、床が抜けるんじゃないかってくらい本があったんです。なので、音楽と文学作品に自然と触れる環境が日常的にあって。3歳から高校生ぐらいまでバイオリンをやっていたんですけど、そこまでのめり込めなかったんです。それで中学生の頃に、陸上を始めて、すごく楽しくて頑張っていたんですけど、足を怪我しちゃってから運動ができなくなって、打ち込めるものがなくなってしまったんです。そんなときに、一度人生をかけて、終わらない勉強、終わらない遊びをしたいなってなったときに歌をやろうと決断しました。
haru._高校生でそう思ったんですか?
Nao_高校2年生ぐらいだったかな。そのときはどんな仕事をするかっていうより、どういうふうに人生を豊かにしたらいいんだろう、 一生かけても終わらない、突き詰めたくなる、やりたくなる、いつもフレッシュに感じられるものってなんだろうって考えたら、歌がいいんじゃないかなって思ったんです。
haru._なかなか高校生でそう思えないですよね。
Nao_私はその時に自分で状況をガラっと変えちゃったのもあって、友達とかも離れちゃったんです。これやろうって決めたら、打ち込んじゃうので、そこから音楽の勉強をし始めて、声楽をやったりして。それで音楽大学に行って、本格的に歌手を目指すようになりました。
haru._歌うのが楽しいっていう瞬間が、若い頃にあったんですか?私は、全然歌わないから、どうやってそういう体験に繋がるのかなと思って。
Nao_小さい頃、身体が弱くて、学校を休んで1人で家にいなきゃいけないことが多かったのもあって、1人で遊んだり、絵本や漫画を作ったりするのが好きだったんです。その延長で音楽を作ったり、物語を書いたりしていて。本格的に歌をやりたいなって思ったのは、思春期に、聞いていた曲の歌詞をみたときに、「この人はなんで私の気持ちを代弁してくれてるんだろう」って思ったんです。音楽って言葉にできないものを、言葉にする力があって、その素晴らしさを感じたんです。カラオケで友達が「今日はNaoの歌聞きたい」って言ってくれて、 友達が号泣するのを手伝う感じで歌っていたときに、そういうホスピタリティみたいなものも音楽にはあるって気づいたんです。歌で作品を残しておけば、いろんな人のヒーリングに繋がる、誰も傷つけない世界平和な仕事なんだなって思って、歌をやろうと決めました。
haru._Naoさんにとって、音楽をやるうえで言葉がとても重要なポイントだったんですね。
Nao_うん。大事なポイントだったかも。英語でも歌っているんですけど、日本語の歌詞は可能性がすごくあるなと思っていて。日本語って、あまり世界で流行ったりしないけど、やっぱり日本語の美しさってあるし、曖昧なところを表現してくれるというか。そういうのもあって、日本語の歌詞はすごく好きですね。
haru._私はずっとフルートをやっていたんですけど、音楽って楽器を通してやるものって思ってたんですよ。だから、自分の身1つでやることに対して、多分すごく苦手意識もあった。
Nao_私は介すものがいらないってなっちゃったタイプっていうか、体当たりしたいって思ったんです。歌ってすごく不思議で、声もそうなんですけど、 絶対に嘘をつけないんですよ。この人緊張してるとか、この人リラックスしてるとか、この人悲しんでいるとかって全部残っちゃうから。 それがいいなと思って、自分の人生を記録するものでもあるし、人が聞いて何かを感じるものでもあるんですよね。音ってやっぱりすごくダイレクトなものだから。
haru._それは私もPodcastをやり始めてから、すごくわかるようになりました。私はもう1つのPodcastを、miyaっていう友人兼仕事仲間と一緒にやっていて、今日はあまり元気ないなとか、なんかテンションがおかしいなとか、そういうお互いの小さな変化みたいなものも全部音に乗っちゃっているっていうのを、編集しながら気づいて、反省したりします。
Nao_それが、リスナーさんは楽しいんだと思う。「人間はみんなパーフェクトじゃないんだな」「 今日は疲れてるんだな」「今日は楽しいことでもあったのかな」みたいな、なんかそういう隙間がやっぱり声にはあるから。
楽しむことに振り切った先にたどり着いた現在
haru._さっきNaoさんが、音楽は人をヒーリングする力があるけど、自分のためでもあるっておっしゃっていたんですけど、音楽制作のスタイルっていうのは、自分と向き合って、まず言葉が出てくるのか、それともメロディーが先に出てくるのかとか、制作のプロセスのことも聞いていきたいです。
Nao_はじめにコンセプトとか、今回こういうのやりたいなとか、こういう気持ちを歌いたいなみたいなのを、トラックメーカーと一緒に制作していくことが多いんですけど、今回に関しては、実は結構やり方を変えていて。 コロナ禍でアルバム『Elemental Pop』を頑張って、時間をかけて作って出したんですけど、燃え尽き症候群になっちゃって。なんで音楽をやっているんだろうって思ったりして、やる気も全然起きなくなってしまったんです。今思うと、その時は次のコンセプトもなかったし、やり方をいろいろとチェンジしないといけないなって思っていました。もっと楽にやるのが音楽なんじゃないのかと思い始めたのと、もっとシンプルにそぎ落としたいなと思って、去年から制作のやり方を変えて、何も考えずに、ただ作ってみるというやり方にし始めました。こういうのが聞きたいって思いついたらその場で作ってみる。トラックメーカーもいろんな人とやったり、自分の可能性をもっと広げて、とにかく楽しむという方向に振り切って、「楽しくやれないものはやらない」「無理しない」という方向に変わって、遊んでいくうちに、いい方向に転換していって今ベルリンにいるっていう感じ。
haru._今回は制作でベルリンにいらしているって言っていましたもんね。
Nao_はい。昨年の11月に出会ったディレクターの子がベルリンに住んでいて、 その子と出会い始めたぐらいから新しい曲を作り始めたんですよ。とにかく楽しいことをしようっていうマインドだったので、いろんな友達をつくって、いろんなところに行って、朝から晩まで遊ぶみたいな生活をずっとしていたんです。そしたら、なぜか仕事になっていったっていうか。だから、今の私はそういうモードなんだなっていう感じがしますね。
haru._Naoさんは、ちゃんと自分と向き合うんですね。今は何もしたくないけど、とにかく人生を1回楽しんでみよう!みたいな。私だったら、やり方を変えることが難しいと思っちゃって、 そこにいながらも、すごくもがいちゃったりする気がします。
Nao_でもアルバム制作が終わってすぐは、すごく落ち込んで、もう何もしてなかったんですよ。私、結構極端なのかな。ずっと夕方に起きる生活を1ヶ月ぐらいしていました。
haru._でも、『ELEMENTAL POP』を聞かせていただいたんですけど、アルバム1枚通して、光をさしてくれるようなアルバムだなと思いました。コロナ禍で誰も未来が見えなかったじゃないですか。そういう時に、これはきっと、いろんな人の道しるべになったり、前を見るパワーになったアルバムなんだろうなってすごく思いました。
Nao_嬉しいです。
haru._でもやっぱり、ヒールするのって、体力もいることだと思うんですよね。
Nao_おかしいですよね。どうしてなんだろう。癒そうと思うと癒されないっていうか。 作品を残したこと自体には満足しているんですけどね。でも、作品を作ったら、次に進むっていうのが、ミュージシャンやアーティストだと思うので、そのプロセスに1回区切りがついたって感じだったと思います。
haru._曲を作っている間って、自分も癒されたりするんですか?
Nao_すごく癒されるんですけど、 その分、やっぱり良くも悪くもエネルギーを使ってるのかなとは思います。その最大エフェクトみたいなのは絶対にきますね。それはもう、音楽を作るうえでは一生そういう感じなのかなって諦めてます。そういう最大エフェクトが来るっていうこと自体は、それぐらい頑張った証拠。 そのうえで、何か新しいものを生み出したいと思った時の作業工程とか、環境を変えるのは、すごくいいことだと思います。それでしか変わっていけないから。自分は変われないけど、自分の機嫌を取る方法を探すというか。そういう感じで、今は楽しむことに焦点を当てて生きています。
haru.さんとNaoさんの対談は後編に続きます。後編では、お二人が感じる日本らしさ、繊細さの強み、そして自分のほぐし方などについてお話いただきました。そちらも楽しみにしていてくださいね。それでは今週も、いってらっしゃい。
Profile
Nao Kawamura
繊細且つ力強い声を持ち、洗礼された独自の世界観が魅力のシンガー、アーティスト。 セルフプロデュース、ソングライティングを手掛け、2022年5月にはセカンドアルバム「Elemental pop」をリリース。 過去にFUJI ROCK FESTIVALやSUMMER SONICなどの大型フェスへの参加、オランダのシンガーWouter hamelとのfeaturingなど、国内外問わず活動中。
photography: miya(HUG) / text: kotetsu nakazato