アートとベルリンを巡る朝 haru.×Nao Kawamura 【後編】
月曜、朝のさかだち
第4回目の『月曜、朝のさかだち』では、ゲストにシンガーソングライターのNao Kawamuraさんをお迎えし、ドイツ・ベルリンからお届けしています。記事の前編では、ベルリンの街で感じた日本との違いや、Naoさんのこれまでの人生についてお話していただきました。後編では、Naoさんの感じる“日本らしさ”についてや、自分のほぐし方について伺っていきます。
変化を恐れない、しなやかに揺れる強い軸
haru._音楽のスタイルがガラッと変わっても、「これは自分の音楽」だと思える軸って何かありますか?
Nao Kawamura(以下:Nao)_私もそれがなんだろうと考えていて。自分ではわからなかったりするんですよね。自分の軸みたいなものとかって変わっていくし。
haru._変わっていくことを恐れないみたいなところなのかな。
Nao_それはすごくあるかも。いろんなものになれるし、いろんなものを表現できるけど、アクティブにずっと動いていくところは私だなって思う。変わり続けているかも。
haru._そんな印象を受けます。Naoさんに初めて会った時の印象と、今とでは全然違うし。当時はわかりやすく見た目の話で言うと、金髪ロングのイメージが強くて、すごく不思議な雰囲気を持った方だなと思ったんです。綺麗なヘビみたいな印象を受けました。
Nao_嬉しい!私は爬虫類や両生類が大好きなので、褒め言葉ですね。
haru._だから、金髪もNaoさんのブランディングだったり、イメージにおいて大事なパーツなのかなって思っていたんですけど、さっきお話していたら、「髪の毛染めようかな」って言っていて、そんな簡単に染めるんだと思っていました(笑)。
Nao_そうそう(笑)。もちろんブランディングもすごく考えているんですけど、やっぱり同じところにステイしていられないって感じがちょっとあるかな。
haru._そんな雰囲気を身に纏っているからか、どこにも属さない、はまらない空気感があるんですよね。それは見た目もだし、作っている音楽からもすごく感じます。土地をあまり感じない。
Nao_初対面の時に「どこの人なの?」ってよく聞かれて、「日本人です」みたいなことがよくあります。それもありがたいかなとは思っているんですけどね。
繊細さを武器へと変える
haru._今、ベルリンのクルーとお仕事されていると思うんですけど、日本でやるときとの違いってありますか?
Nao_日本とは全然違いますね。コロナ前ぐらいから海外の方とお仕事させていただける機会があったんですけど、本当にやり方が日本とは全然違くて、いい意味でラフだしフレキシブル。だけど、日本人のマインドとしては「そこ詰めないの?」って思うことがあって、綿密さには欠けているって感じることもあります。
haru._じゃあ現場で決めていくことも多い?
Nao_多いですね。フレキシブルなことを求められるし、アドリブ力がかなり大事。それと自分の意思を端的にパーンと伝えることはとても大事です。長く喋っていると理解されないので、ここぞというタイミングで端的に伝えるアドリブ力というか。例えば、曲を作っているときに「ここでこういうの入れたいから、こうしよう」っていう提案も、今、その場で言わないと伝わらないし、やれない。そういうチャンスを見極めて、強く動くことができないと、難しいんじゃないかなって思うし、日本で仕事をしている人からすると戸惑っちゃうんじゃないかなって思います。ドイツにいると、意志の強さやサバイブ力が大事だなって思いますね。日本と常識が違うっていうのもありますが、みんなかなり自立した意見を持ってる。「日本人ははっきりと自分の意思を伝えることができない」って会う人会う人に言われますね。あと「“建前”がよく変わる」とも。
haru._本音を隠すみたいな。
Nao_そうそう。曖昧な文化って悪いことじゃないんですけど、1対1でコミュニケーションをするときには、意思は伝わった方がいい。私は割とストレートフォワードに物事を言うから、みんなには「Naoは日本人っぽくないね」って言われるんですけど、そういう強さみたいなものはもっと必要かなって思いました。
haru._日本のあわいの文化もすごく素敵だけど、こっちに来るとそれがガン無視されている感じがしますよね。そこにある空間とかがなかったことになって、「で、あんたは?」みたいに聞かれる。
Nao_それはものを作るときにも通じていて。今までも「打ち合わせ時に話していたここどうなった?」とか、「この細かいニュアンスの部分どうなった?」とかが、言語でもそうだけど、パンって言わないと伝わっていないことがあって結構難しいですね。
haru._Naoさんは日本にルーツがあるミュージシャンとしてどういうふうに世界にプレゼンテーションしていきたいって思いますか? ベルリンに来たときに何か意識される部分があるのかなって思ったんですけど。
Nao_海外に来るとやっぱり急にマイノリティになるというか、「常識ってこうじゃなかったっけ?」って思うことがたくさんあるんです。今回アブダビ空港を経由して来たんですけど、みんな物珍しそうに私のことを見てくるんですよ。ベルリンでもそうなんですけど、かなり目立つのかな。たぶん、アジア人なのに金髪っていうのもあって。ありがたいことなんですけど、それと同時に部外者であることを感じさせられるというか。
haru._ちょっとした宇宙人的な気持ちになりますよね。
Nao_ベルリンの友達が日本に来たら同じことを感じると思うんですけど、それを体験することの重要さを今回すごく感じました。外から自分を見る経験をして、私が大事にしなきゃいけないなって思ったのは、繊細さを大事にする文化です。私のチームは日本のことが大好きな人が多いから、日本文化にも愛を持って接してくれるし、あわいの文化にも理解がある人たちばかりなんですけど、そういった人たちのなかでも私が持っている繊細さは強い武器なんじゃないかなって思ったんです。みんなが気づかないことに気づいたり、表現方法として比喩やオノマトペもたくさんある。
haru._「月が綺麗ですね」が「I love you」の意味になるとかもありますもんね。
Nao_そうそう。言葉の違いとか文化の違いについてこの4日間で友達とたくさん話しているんですけど、すごく面白いですね。漢字、ひらがな、カタカナもそうだし、外国語にはない繊細さみたいなものがたくさんある。
当たり前だと思っていたことがそうではないと気づくとき
haru._Naoさんが大事にしている繊細な部分とか、言葉のニュアンスみたいなものが、Naoさんのオリジナリティであり、すごく重要な部分だと思うんですけど、それを伝えるのってすごく大変そう。
Nao_大変ですよ。「これを表現したいんだけど、なんて言えばいいんだろう」って思っても、通訳の子から「いや、この言葉はないですね」って言われたりする。海外の人に、禅の文化や、アニミズムについて説明するのはすごく難しいけど、海外の人と一緒にいることによって自分の中にそれらが根付いているんだなっていうことを確認できたりもするんです。
haru._アニミズムについて少し教えてもらってもいいですか?
Nao_神様がいろんなものに宿っているという思想です。
haru._万物の神や、八百万の神とかですね。
Nao_日本人って無宗教とかってよく言うけど、実はそういう思想が根付いてるなと思うんです。
haru._お地蔵さんを無下にできないとかもあるし、目に見えないものに対して、感覚的に根付いている考え方ってたくさんありますよね。お盆とかもそうですけど、死者に対しての感覚も全然違うのかなって思います。
Nao_そういった経験を経て、自分の一番の強みは、自分たちが当たり前だと思っていたことが、全然当たり前じゃないということに気づけることなんじゃないかなと思うんです。そういったいろんなものを感じている途中です。
haru._ベルリンで制作したものはいつ頃発表する予定なんですか?
Nao_たぶん来年とかには見れるかな。私もどんなものができるのかすごく楽しみだけど、同時にすごく怖い気持ちもあって。でもうちのチームのみんなが本当にいい人で、昨日ロケハンでみんなに会ったんですけど、類友だなと感じたので出来上がりに関しては全然心配していないですね。
haru._作る過程で分かり合えていたら、その結果がどうなっても同じ旅をしたっていうことで、「こうなったんだ」って思える気がする。
Nao_そうですね。ある程度のところまでまとまっていれば、そのなかでどうハプニングを楽しめるかなっていう感じです。
進むだけでなく、止まることを決断する
haru._コロナ禍での制作が終わったタイミングでしんどくなってしまったというお話も前編でありましたが、そういうときにNaoさんはどうやって自分をほぐし、そこから立ち上がるんですか?
Nao_あのときは、1ヶ月くらい仕事もしないし、起きないし、カーテンも開けない生活をしていたんです。そのときに、マネージャーが「何もやらなくていい。今は何も出ないから、気が済むまで休みな」って言ってくれたんです。それがすごく嬉しくて。周りの友達も私を急かすことは誰もしなくて、心許せる人に話を聞いてもらって、その人たちのいいと思った言葉を自然に取り入れていったら、いきなり何かやりたくなるときが来るんです。「やりたくなるときは来るから、焦らなくていい」って思うことが大切でした。ほぐし方って考えると気張っちゃうけど、自分の心に正直に、自分らしくいるために何かを止めてみるのもすごくいいのかなって思います。何かするべきという考えに捉われずに、自分の心が今言いたいことをキャッチすることが、ほぐれていくことに近づくのかな。
haru._毎回この質問の明確な答えが出るわけではないんですけど、みんな自分の役割を知らない間に担おうとしちゃっているところがあると思っていて。私は音楽からすごくパワーをもらったり、希望をもらったりするから、音楽を作る人たちの1つの使命としてそういったものを与えていくことを請け負っている部分があるんじゃないかと思うんです。制作を続けることや、音楽を通して人を癒すことは、もちろんNaoさんの一部でもあるけど、休むこともそのプロセスだと思います。常にヒーラーでいなきゃいけないと思ってしまうのは、職業柄もあると思うんですけど。
Nao_他の人よりも意見を求められることが多いなと感じることもあります。「今、何がしたいの?」って全方向から聞かれる。そのときに意見がないと、アーティストとしては弱くなっちゃう部分でもあると思っていて。でも、そのときに出す意思や決断は、どちらかの方向に動かすとかじゃなくても、止めるとか、流すでもいいと思うんです。それにも意思が必要なので。そのときの自分の意思に自分で気づいていければ、自然とほぐれていくのかなって思います。「今、何もしたくないな」「今、やりたい」みたいな、自分の方向を自分で感じて、それを支えてくれる人たちの言葉を聞くことが一番いいのかなって思います。それが今の私です。
Profile
Nao Kawamura
繊細且つ力強い声を持ち、洗礼された独自の世界観が魅力のシンガー、アーティスト。 セルフプロデュース、ソングライティングを手掛け、2022年5月にはセカンドアルバム「Elemental pop」をリリース。 過去にFUJI ROCK FESTIVALやSUMMER SONICなどの大型フェスへの参加、オランダのシンガーWouter hamelとのfeaturingなど、国内外問わず活動中。
photography: miya(HUG) / text: kotetsu nakazato