「パルクールで壁を超えていく朝」haru.×田中嵐洋【後編】
月曜、朝のさかだち
第6回目の『月曜、朝のさかだち』では、プロデューサー、クリエイティブディレクターの田中嵐洋さんをお迎えしています。記事の前編ではゴキゲンな朝活として行なったパルクールについてや、田中さんの「メッセンジャー」としての役割についてなどお話いただきました。後編では旅や仕事で世界中を駆け巡る田中さんにとって安らげる空間とはどんな場所なのか、未来の自分のためにしていることなどについて伺っていきます。
自分を取り戻す場所
田中嵐洋(以下:田中)_最近、世界中に友達ができてきてるんですけど、1カ国に1人友達が欲しいと思っています。
haru._今何カ国にいますか?
田中_何カ国なんだろう。行ったことある国には大体友達はいますけど、どんどん増やしていきたいんですよ。
haru._増やすことが楽しいんですか?その場所に行ったら誰か知っている人がいることが楽しいんですか?
田中_それもいいし、人の話を聞くことがやっぱり好きなんですよね。
haru._でも嵐洋さんみたいに、常にいろんなところにいると、自分の居場所がここだって思うことって難しいのかなって思うんですけど、嵐洋さんにとって「ここが自分のホーム」みたいな感覚ってありますか?
田中_ありますよ。よく「そんだけ動き回ってるなら、定住しないほうがいいんじゃないの?」って言われるんですよ。でも、僕は一か所自分の場所がないと多分生きていけない。それが今の自宅なんですけど、そこがないとたぶん落ち着かない。気持ちをリセットする時間が必要で、僕にとってはそれが家なんです。
haru._嵐洋さんにとっては家が自分を取り戻す場所なんですね。最近よく聴いてるPodcastで、「ルーティンは本当に健康なのか」みたいなテーマを話していて。私はルーティンをすごく大事にするタイプで、毎日何か同じようなことをしている時間が絶対に欲しいんです。それをすることで、世界に対して少し寛容になれるみたいな感覚があって。何が起きても、私は大丈夫だって思えるためにルーティンをしてるのかもって思ったんですけど、嵐洋さんもそういったことは何かありますか?
田中_世界に寛容になれるっていうのとは違うんですけど、さっきのリセットするっていう意味では、皿洗いをするのが一番好きですね。何でもないあの作業を淡々とこなすだけの時間が結構好きです。
haru._世界に意識が向いている人って、必ず何か単純作業みたいなものを生活に組み込む人が多いんじゃないかっていうのが私の持論です。自分のテリトリーから飛び出したときに、相手に集中するための、何も考えない時間みたいな。
田中_皿洗いですね。皿を洗わせたら右に出る者はいないくらいうまいです。
haru._でも嵐洋さんの生活だとお皿はそんなに出なさそうです。
田中_僕めちゃくちゃに使うんですよ。海外に行って、その土地の陶器を買うのがすごく好きで、アンティーク系や民芸的なものも集めています。
haru._集めるだけじゃなくて、食事のときに使うんですか?
田中_ちゃんと使う!
haru._へー!韓国って小皿文化があるじゃないですか。あれにはびっくりしました。最近、Netflixで『総菜の国〜韓国米食文化探求〜』という韓国のおかず文化についてのドキュメンタリーを見たんですけど、めっちゃおもしろかったです。おかずを食べるためには美味しいお米が必要だし、そのお米の種類もたくさんある。小皿で出されるおかずも1500種類くらいあるのを知って驚きました。
田中_1500種類が一気に出てくるわけじゃないでしょ?
haru._多いところだと、24種類のおかずを出すお店もあるみたいです。基本的には5種類くらい。
田中_全部食べちゃうけどね。
haru._食べきれないのがいいらしいですよ。「食べきれないほどおもてなしをしている」っていう意味があるみたいです。
田中_じゃあ俺も今度から聞きたくなくなるぐらい喋ろうかな(笑)。
「知らない世界がある」ことを知る
haru._嵐洋さんは子どもたちに向けてのワークショップもされているんでしたっけ?
田中_今はやってないんですけど、やりたいですね。
haru._私は何かを伝えていきたいと思ったときに、自分よりも若い人たちの顔が浮かんでくるんです。同世代や年上の人たちよりも、まだ柔軟な人たちに、私が体験したことや学んだことを話していきたいなって思っていて。嵐洋さんと一緒に五島列島でビーチクリーンしたときも、高校生と一緒にゴミ拾いをしながらお話したことがとても楽しかったんです。私はみんなよりちょっとだけ年上だったけど、何も知らないし、話していて発見がたくさんあった。
田中_最近はあまり若い世代と話すことが少なくなってきているんですけど、自分の考えが偏らないほうがいいなと思い、いろんな情報を入れています。逆に、20代前半の方の考えを聞くと、意外と考え方がすでに凝り固まっているんじゃないかなって思うこともあるんです。「僕たちはこうですから」っていう主張があるというか。五島列島に行ったときは、みんな高校生だったので、もっと柔軟でスポンジのようだったけど、大人になるにつれて情報を得て、自分たちの主張を持ち始めて柔軟性がなくなっているなっていうのを感じることがあります。
haru._それって、歳を重ねていくにつれて、いろんな考えがあることを知って柔らかくなるっていうことではないんですか?
田中_そう望みたいけど、そうじゃない人たちが多い気がする。
haru._私は20代前半の方とお話をすることがあまりないので、仕事をしていてもそう思ったことはあまりなかったです。嵐洋さんのその感覚は、仕事をしていて思うことですか?
田中_仕事をしていても思うし、人と喋っていても思う。
haru._でも、「こういうふうに思う」っていう主張があるのはすごくいいのかなとも思います。何も考えてないよりも、そこに対しての意見があるっていう状態の方が私はいいなって。
田中_なるほどね。前に会社の後輩に「古いDVDなんだけど、おもしろいから見てみて」って言ったら、「私、全然興味ないんで」って言われたことがあって。興味ないのもわかるけど、見たうえで興味ないかどうか判断すればいいのになって思うんです。「私たちはこうだから」っていうのが強い人たちもいて、そこを一回取っ払って柔軟になればいいのになって。でもこれは若い人だけじゃないかもしれないですね。
haru._そうですね。それはその人がそういうタイプの人だったっていうことかなと思います。嵐洋さんがせっかく新しい世界を教えてくれたり、伝えてくれたりしているわけだから、私はいつもありがたく受け止めています。
田中_本当ですか。
haru._はい。スキーは正直、自分では行かないですが、スキーのカルチャーには興味があります。「知らない世界がある」ということを知れるから、それがすごく楽しいです。今日のパルクールも、体験したことで、これから街を見るときに「あの人たちはあそこ登れるのかな」とか「私はしないけど、あそこからジャンプしたらかっこよさそう」みたいな見え方ができてくるじゃないですか。
田中_街を違う目線で見始めちゃいますよね。
haru._そうですね。発祥の地であるパリの建物とかを考えたときに、「飛んで行きやすいのかな」とか「屋根の形状が関係してるのかな」とか、考えがそういうところまで広がっていけるのは、知らないことを知ることの良さだなって思います。
未来の自分の楽しいアクティビティのために
haru._ゲストの皆さんに毎回聞いているんですけど、心とか身体が凝り固まってしまったときに、どうやってほぐしていますか?嵐洋さんはそれがきっと得意な人だと思っているんですけど。
田中_フィジカル的に言えばやっぱり運動をします。頭の中がモヤモヤしたときって、やっぱり身体を動かした方がスッキリするので。近くの森に行って走ったりしています。公園でもいいし、橋でもいいし、おもむろに懸垂し始めるとか。そういうことをするとやっぱり変わりますね。
haru._前にゲストで来てくれた阿部裕介さんと同じことを言ってる(笑)。運動した後のケアが大事だっていつも言っていますよね。それは身体を温めるとかですか?
田中_温めることも、ストレッチも、食生活までも含んでいます。例えば、今日haru.ちゃんはパルクールですごく身体を動かしたから、身体へのダメージが大きいと思うんです。そのせいでたぶんこれからの一週間、身体が動かなくなって、動きが変になると思います。だから、明日も楽しむためにストレッチをした方がいい。来週パルクールをするのだとしたら、そこに向けて普段からストレッチをしておけばもっと楽しめるわけです。そういうことのために、僕は普段からケアしています。
haru._未来の自分の楽しいアクティビティのためですね。
田中_まさにそうです。
haru._なるほど、今日ストレッチやってみます。明日の自分のために。でも私は未来を考えるのが本当に苦手なんですよ。だからそういう考え方にしてみようかな。
田中_僕も未来に何が起こるか分からないし、それがおもしろいんだけど、何が起こってもいいように準備をしておくっていうのが大事だと思うんです。そう考えるとパルクールってすごくいいですよね。明日地震が来て大災害になるかもしれないし、一週間後に火山が噴火して大変なことになるかもしれない。そんなときに、自分がどれくらい身体を使って逃げられるかって考えると、普段から身体を動かしておくとか、パルクールみたいな動きをしておくかってすごく大事ですよね。
haru._パルクールは本当に必要だなって思いました。歳を重ねて、身体がうまく動かせなくなっていって、転んだことをきっかけに具合が悪くなったり、怪我が重症化したりするじゃないですか。そうならないように、今から始めるのは大事ですね。未来の自分を、世界を受け止めるために、日々自分を整えるということ。
田中_まさにそうです。一週間後、一年後に何が起きてもいいように、焦らないよう平常心でいようと思っています。
haru._そう考えるとフィジカルなことだけじゃなくて、メンタル的なこともあるんですね。
田中_両方ありますね。間違いなく繋がっているので。ヨガの動きを一部応用した自分なりのストレッチを毎日したりして、身体の筋肉の緊張をほぐしたりもしています。
haru._私も生活に取り入れますね。この番組で毎回ゲストから何かしらギフトを受け取るんですけど、今回は日々にストレッチを取り入れるということかな。それに、嵐洋さんは「知らないものにも興味を持つ」っていうことをいつも思い出させてくれます。ありがとうございます。
“音”が持つ力の魅力
田中_『SKI CLUB』最新号の表紙に使っている写真は、今71歳のおじいちゃんが1980年頃に撮った写真なんですけど、僕は彼の写真をフランスのシャモニーで見つけたから、てっきりフランス人だと思っていたんです。でもインタビューをしていたらアメリカ人だったことが分かって。彼が20代の頃にベトナム戦争が勃発して、徴兵制度で戦地に行かされそうになったときに彼は、「戦争なんてアホくさいし、人を殺すなんて絶対おかしい」と思い、自分の好きなスキーで逃げてやろうってスイスに渡ってバム生活を送っていたんです。スキーバムって、スキーだけをやる人のことをいうんですけど、そのためにオフシーズンの夏にお金を貯めて、そのお金を1シーズンのスキーのためだけに使うバム生活をやり始めた人だったんですよ。そういう話を聞いただけでも、時代背景があったんだなと思って、僕はおもしろかったですね。だから、人との出会いって、歴史やカルチャーを知るきっかけだなって思いました。
haru._確かに、個人から聞く話はもう歴史ですもんね。
田中_そうなんですよ。なんでこの話をしたかっていうと、最近いい出会いはしていますか?っていう話なんですけど。
haru._嵐洋さんはしていますもんね。今日もパルクールのジムで私が着替えてる間に、ジムの代表と話し込んでいましたよ。
田中_僕はね、歩けば出会いますよ(笑)。でも、旅はいいですよ。旅をしないと何にも出会えないと僕は思っています。
haru._嵐洋さんは会うたびに新しい興味に向かってまっすぐな方ですけど、最近気になっていることはありますか?
田中_最近は“音”が気になっています。僕が日々山に行ったりしたときに感じる、自分の中に入ってくるものを再現するうえで、音を録音して出すことがその場の臨場感を伝えられていいなと思ったんです。たまたまCosmo Sheldrakeっていうアーティストを見つけたんですけど、彼の楽曲はフィールドレコーディングした音をベースにミックスしていくものが多くて。それが僕の身体にハマって、おもしろいなと思い、海外に行くときに録音してみようと思ったんです。そして、この前トレイルランニングで160km走るレースがアメリカであって、ゴール場所に長回しで録音機材を置いておいたんです。その音声を宿に戻って聞いたら、感動して泣いちゃったんですよ。ゴールした人たちの会話が録れていたんですけど、「出場が難しい大会に出れて完走できて、僕の夢は叶ったんだ」っていうのを泣きながら話していて、それを仲間が讃えている瞬間がたまたま録れていて。音だけで感動しちゃうっていう、これはすごい世界だなと思って今ハマっています。
haru._音だからこそ大事なものがちゃんと録れていることってありますよね。映像だと情報が多いじゃないですか。だけど音声って嘘をつけないから、聞いているものが本当みたいな感覚があります。
田中_初めは鳥とか自然の音を録ろうと思っていたんですけど、人の声や歩く音とかもおもしろいなと思っています。機材を持ってどこかへ行くのが楽しみです。
haru._旅先でいっぱい録ってきてほしいです。日常の音も場所によって全然違うじゃないですか。それがすごくおもしろいですよね。今度聞かせてください。
田中_わかりました。
Profile
田中嵐洋
1982年生まれ。Steller’s Jay クリエイティブディレクター。幼少期から登山とスキーを楽しみ、現在は趣味と仕事を両立させる。アウトドアブランドのブランディングを行い、映像からカタログまでアウトドアコンテンツを制作している。2019シーズンに公開した雪山映像「The Kingdom of Snow」がカナダで開催されたバンフマウンテンフィルムフェスティバルのファイナリストに残る。フリーマガジン「SKI CLUB」のクリエイティブ・ディレクターも務める。
photography: miya(HUG) / text: kotetsu nakazato