「雑誌の図書館」で歴史をたどる朝 haru.×後藤哲也【後編】
月曜、朝のさかだち
第9回の『月曜、朝のさかだち』では、グラフィックデザインの実践と研究をされている後藤哲也さんをゲストにお迎えしています。記事の前編では、日本で初めての「雑誌の図書館」こと『大宅壮一文庫』にお邪魔したharu.さんと後藤さんが、グラフィックデザインとの出会いや、韓国のデザインについてお話いただきました。後編では、グラフィックデザインを通して見るアジアの音楽業界や2人がメディアを作る意味、そして後藤さんの今後のプランなどについてお話いただきました。
グラフィックデザインから見る音楽業界
haru._後藤さんの書籍『K-GRAPHIC INDEX 韓国グラフィックカルチャーの現在』ではインディペンデントなデザイナーやデザインスタジオを多く紹介していました。でも、韓国のデザイン業界もいろんな層がありもっと広告のデザインをしている人もいるとおっしゃっていましたが、それは韓国の巨匠デザイナーみたいな人たちですか?
後藤哲也(以下:後藤)_広告業界の人たちはあまり接点がなく、この本では紹介していませんね。巨匠デザイナーは世代がこの本の枠に収まらないので取材していませんが、アン・サンス*①さんは韓国人はほぼ全員知っていると言えますね。なぜかと言うと、Windowsに「アンサンス体」というフォントが入っているから。普通ハングルの書体って、漢字と一緒で正方形に収まるように作るんですけど、アン・サンスさんはそこからはみ出したフォントを作った革命的な人なんです。なので、アン・サンスさん自身のことは知らなくても、フォントの名前として誰もが知っているんですよ。
haru._むしろフォントで知っているんですね。
後藤_はい。韓国の人がよく言うのが、アン・サンスさんは今おじいちゃんなんですけど、1人バウハウス*②みたいな、韓国デザイン界のなかではかなり革命的な存在の人なんです。
haru._そうやって一発目で名前が出るくらい有名なんだなっていうのは思いましたね。それから私も意識するようになって、調べたりするようになりました。
後藤_田中一光*③さんみたいな感じなのかなって思います。韓国のデザインを知らない人でもこの人だったら知ってるだろうという感じで、有名な人の名前として出てくる感じですね。アン・サンスさんも先生をしていたので、学生として影響を受けた人はいっぱいいると思うんですけど、今めちゃくちゃアン・サンスさんをフォローしてるっていう感じではないと思います。
haru._後藤さんの本を読んでいても、ハングルにすごくこだわりを持った若いデザイナーさんはあまりいないっていうことなんですか?
後藤_アン・サンス世代や、その前後の人たちは、ハングルって独自の文字ですし、世界では一番新しい人工の文字なので、そこに誇りを持っている人が多かったんです。日本の植民地を経て独立した歴史もあり、そこに自分たちのアイデンティティを強く感じていたんだと思います。韓国としてのアイデンティティを、ハングルに象徴させるっていうのがあったと思うんですけど、今の世代はそういう感じではないというか。他のアジアの国もそうですよね。日本語を使わなかったら、日本のデザインじゃないっていう感じではないじゃないですか。同じような感覚なのかなと思います。
haru._K-POPのアルバムやアートワークを見ていても、ハングルは全然登場しないですね。
後藤_出すべき理由があれば出すけどっていう感じなのかな。でも面白いのが、K-POPのアルバムに入っているブックレットのクレジットって「Design by」までは英語で書いているのに、そのあとはハングルになってたりして、誰がデザインしてるのか分からないんですよね(笑)。
haru._それ思ったことあります!
後藤_結構調べたんですけど、誰かわからなくて。僕の周りだけかもしれないですけど、今の大学生ってK-POPが好きな人が多いから、ハングルを読める人が多いんですよね。だからその人たちに聞くと「◯◯って読みますよ。インスタで調べましょうか?」って言ってくれてすぐに調べてくれるんです。その流れで学生がSMエンターテインメント*④を教えてくれて、僕がDMを送って取材したんですよ。
haru._学生さんグッジョブです(笑)。私もSMエンターテインメントに所属していたf(x)*⑤がすごく好きだったんですよ。アルバムとかのパッケージが豪華じゃないですか。
後藤_そうですよね。ミン・ヒジン*⑥さん時代のやつですよね。
haru._そうです!ぱっと見のビジュアルがすごく好きで、たぶん初めて女性グループでCDを買ったのがf(x)だったと思います。私たちも今仕事でアーティストの羊文学さんのアルバムを手がけたりしているんですけど、私たちはK-POPカルチャーが好きなので、たくさんアルバムを買ってもらえるように工夫して、初回盤と通常盤でジャケットは絶対変えたほうがいいと思いますって話したら、「そうなんですね」って感じだったんですよ。
後藤_業界の方でもそんな感じなんですね。
haru._最初は、「ジャケット同じでもいいんじゃない?」って感じでしたね。違いといえば、DVDがついてくるくらいだったんですけど、私たちはジャケットを変えたいって提案したりしていました。
後藤_日本って昔ほどじゃないにしても、CDが売れるんですかね。前に台湾のレーベルに取材に行ったことがあるんですけど、韓国も台湾も基本的にはCD売れないから、デフォルトで豪華にするらしくて。そうじゃないとCDで出す意味ないし、配信だけでいいみたいな感じでした。
haru._CDプレイヤーを持ってる若者はどれくらいいるんだろう。
後藤_大学の授業の課題としてCDを取り扱ったことがあるんですけど、「見たことないです」とか「見たことはあるけど、自分たちの生活にリアルなものじゃない」って言っていましたね。 日本も90年代とかは結構特殊パッケージとかありましたよね。本のコラムでも書いたんですけど、東アジアのカルチャーとして、普通の本よりも工夫を凝らした方がみんな喜ぶっていうのがあって、日本のCDも90年代は特殊パッケージが多かったです。
haru._どんなものがあったんですか?
後藤_渋谷系とかだと、形が大きかったり、中にヘッドフォンが入ってるとか、2枚組のCDで、2枚同時にかけて聴くやつとか変なのがいっぱいありましたね。台湾にもそういうカルチャーが今でもあるんです。台湾のレコード会社の人に聞いたのは、90年代の日本と香港にそういうカルチャーがあり、それがベンチマークとなって、台湾や韓国が現在力を入れているそうです。別にパクっているわけではないんですけど、ヒントとして得てる感じですね。日本はなぜかわからないですけど、そういうのがなくなりましたね。
haru._なくなりましたよね。私が知ってる限りでは全然ない。
後藤_たぶん、パッケージに凝るというよりも、握手券をつけて、枚数買わないといけないみたいな方向に行きましたね。でもK-POPはどんどん特殊パッケージが進んでいて、僕も学生に言われてNewJeans*⑦の1つ目のアルバムを買った方がいいと言われて買ったんですよ。結構びっくりしましたね。ダンボールみたいな箱にいろんなものが入っていて、しかも安い。3000円ぐらいじゃなかったかな。
haru._本当にすごくいろんなものが入っているのに破格なんですよね。
後藤_あっちは生産コストが安いからってよく言われますけど、別に激安ってわけではないと思うんですよね。協力してくれる会社が多いっていうのは事実だと思いますけど。
haru._バッグ型とかも出してましたね。
後藤_そうですね(笑)。こういうものを作りたいっていうアイデアを作っていくシステムも土壌も作っているんだろうなと思います。
現実性と非現実性の狭間で
haru._私が韓国に行って、韓国のクリエイターたちと知り合うと、自分がやってる仕事とは別軸の活動の話によくなるんです。私が学生時代にインディペンデントでマガジンをやってたことや、商業じゃない表現がしたいんだって話にすごく興味を持ってくれるんですけど、韓国のデザイナーって、そういうインディペンデントな活動に興味を持っている人が多いんですかね?
後藤_日本にもいると思いますけど、韓国の方がそこに興味を持っている人が多いイメージはありますね。僕らの世代だと、自分の本を出したり、アーティストの友達と出版することがありますけど、30代ぐらいの人がやってるデザインスタジオはグッズを作る人たちが多いです。自分たちのスタジオのポップアップショップをやったりとか。もちろん雑誌を作ったり、イベントをやったりもありますけど、ベクトルが少し違う感じがします。もう少しポップな感じになってるというか。去年MHTL*⑧という韓国のスタジオが日本に来ていたときに、うちの大学でワークショップをしてもらったんですけど、彼女たちもちょうどポップアップをやったばかりで、グッズを日本に持ってきてくれたんですけど、日本の若い子にすごく売れたみたいです。バンダナとかを作ってたんですけど、僕からしたら「バンダナいるのかな?」って感じでしたけど、すごく売れていましたね(笑)。
haru._グッズ化する力はすごいですよね。
後藤_デザインの元ネタになっているのがThe Rolling Stonesの曲らしくて、引用の仕方がカジュアルになっている印象です。70年代以前ぐらいのデザイナーはもっとシリアスな感じで、引用の仕方も賢い感じだったんですけど、今はもっと等身大になっている。それと、今の大学生やZ世代の思考はもう全然わからないって言っていて、それはどこも同じなんだなって思いました。
haru._前にアン・サンスさんが気になっていたときに、たまたま古本屋さんで手に取った『アジアの本・文字・デザイン―杉浦康平*⑨とアジアの仲間たちが語る』という本を買ったんです。そこでアン・サンスさんと巨匠たちが鼎談するっていう企画があって、デザインのソースが宇宙とか宗教とかって話していました。
後藤_若い人のスケールが小さいっていうのは、ずっと言われてるんだと思います。僕らも上の世代を見ると、杉浦康平さんとかって全宇宙史を一冊の本にまとめるとかをやっていて、そんなこと考えることなんてないですから。でも、印刷や造本、デザインがやっぱりすごいんですよ。
haru._その本に写真も載ってたんですけど、本当に立派な本というか、美術作品みたい。
後藤_この辺の人たちって、みんな宇宙とかアジアのなんとかとか、規模が大きいですよね。ちょっと話が脱線しますけど、アン・サンスさんとか中国の呂敬人*⑩さんとかって、杉浦康平さんのところにインターンとして集まってきているので、そういった交流のカルチャーがあったんでしょうね。だから杉浦康平とアジアの仲間たちっていうタイトルはまさにですよね。
haru._確かにそうですね。今はインスピレーションの話も、日常がベースになっていたり、すごく身の回りのものになってきていますね。
後藤_今のその感覚が間違ってるとは全然思わないですけどね。思考を大げさに飛ばすっていうのは、恥ずかしい人もいるだろうし、そもそもそんなこと考えていない人もいるんだろうなって思います。全宇宙史をやろうって思ったら、インターネットでNASAのサイト見たらいいってなってしまうので。
haru._確かに。でも私の感覚だと、その中間ができたらいいなっていうふうに思っています。あまりに個人史ベースだと遠くまで行けない気がするし、宇宙史ってなるとちょっと離れすぎてるし。とはいえ、自分たちがすべてではなくて、この長い時間軸のなかの1つの点であるみたいなことが、どのバランスだとうまく表現できるのかなっていうのはよく考えています。
後藤_僕らも大学で教えるときには、特にグラフィックデザインはものすごく近い答えを探しに行くものなので、身近なことを教えているんですけど、同僚に感性学という美学とも言われる領域の先生がいるので、思考実験的な意味合いでその分野を教えたりもしています。宇宙環境に行ったときに新しく生まれるアートの研究とかをしていて、現実的に考えてはいないことをあえて考えて、思考を飛ばしてみようみたいな授業をやったりしているんです。なので、まさにharu.さんの考えは大事だと思います。
haru._映画とかでも、身近な題材って観てて逆にしんどいこともあって。
後藤_飛ばしすぎてるけど、そこに現実性をどう感じさせられるかっていう作品の方がリアリティがあったりしますよね。
人と関わり、繋がるためのメディア
haru._アン・サンスさんは先生もやられていましたよね。
後藤_韓国の弘益大学のカリキュラムを作ったり、坡州市っていう北朝鮮に隣接した出版都市があるんですけど、そこにあるPaTIっていう学校でもやられていましたね。
haru._北京で教えてるのを見ました。
後藤_ゲストで行ってたんじゃないかな。
haru._そのときに、「デザイナーの仕事は与えられたものだけをかたちにするんじゃなくて、自分で情報を生産しないといけない。自分が主体となって写真を撮ったり、資料を集めたり書いたりして、そのうえでデザインをする」っていう授業をしていて、すごく今の私たちに必要なことだなって思ったりしました。私はマガジンをやり始めた頃、やり方もわからなくて、全部自分でやっていたっていうのもあるんですけど、その経験が今でも活きているなって思います。
後藤_当時はマニュアルのような、雑誌を始めるならこうみたいなものは特になかったんですよね?
haru._なかったですね。ちょうど10年前とかに一回ZINEブームがあって、ガールズZINEみたいな感じで本が出たりとかありましたね。私は林央子*⑫さんの『拡張するファッション』という本から入って、そこからZINEカルチャーを掘っていってという感じだったんです。だから自由に作っていいんだなって感じでした。今は少し下火になった気もするんですけど、ここ数年で周りもインディペンデントマガジンを発行したりと、そういう動きがまた出てきています。
後藤_今日の図書館での話に繋がりますけど、マガジンにすることで残るっていう側面と、自由に書いても大丈夫っていう側面がありますよね。ネットだと変な捉えられ方をして、読んでもないような人から何か言われたりするけど、ニッチなデザインやアートの雑誌になると、いい意味でも悪い意味でも反応がない。でも、どこかのタイミングで繋がっていたことに気づけることがあるのはいいなって思うし、特に若い世代には新鮮なんじゃないかなって気がします。
haru._しかもコロナがあったこともあって、オフライン上の繋がりに価値を改めて見出している気がしていて。自分が会いたい人に会って、それを形に残せることがすごく新鮮で、プレシャスな感じなんですよね。
後藤_僕も昔デザインの勉強をしていないなかでデザイナーをやっていたんですけど、会社の人以外の繋がりがないので、フリーペーパーを作っていたんです。関西のアートに関するもので、外国人の友だちと一緒にバイリンガルのものを。そのときにどんどん繋がりができていったことがあって、その話をOpen A*⑬の馬場正尊*⑭さんに話をしたら、馬場さんも『A』*⑮っていう雑誌をやっていて、そのときに話してくれておもしろかったのが、「建築家が都知事に会おうと思ったら、よっぽどの巨匠じゃないと会ってくれないけど、メディアをやっていたら会ってくれる」って話していて。実際に馬場さんは雑誌の取材で当時の石原都知事と会って、自分のプランを話したそうなんです。本当に、計算とか広告的な利点があるとかではなく、会いたい人に会えるっていうのはメディアにはありますよね。
haru._わかります。たぶん私は人と関わるために作ってる感覚がすごくありますね。
後藤_僕も同じです。自分で言いたいこととか特になくて、考えを述べる本とか一生出さないだろうなって思っています。こんなにおもしろい人がいるよっていうことや、韓国のデザインをしているのはこういう人たちだよっていうことを紹介したいんです。その人たちに会うことで僕も学べるし、それを紹介することもできる。そこから、その本を見た若い韓国の人が僕にコンタクトをしてくれるみたいなことがあって、それが目的でやっています。
haru._その連鎖がいいですよね。
後藤_やっぱりメディアを作る人たちは、そこが大きいのかなと思います。
日本と韓国、デザインの違い
haru._『K-GRAPHIC INDEX 韓国グラフィックカルチャーの現在』ではデザイナーの出身地やInstagramのアカウントIDまで載っていますよね。
後藤_韓国の人口の6割がソウルに集中しているんですけど、みんなソウル出身なのかを知りたかったんです。あとは、日本では修士を取っているグラフィックデザイナーってあんまりいないけど、学歴社会の韓国ではどうなのかなと思って調べたりしました。実際はそこまで多いわけではなくて、学士でグラフィックデザイナーになっている人も多かったです。
haru._独学の人は少ないんですか?
後藤_僕が会った人のなかにはいなかったです。
haru._私の知り合いの方で1人だけ独学でグラフィックデザイナーをしている方がいるんですけど、日本だと結構多いですよね。
後藤_僕もそうです。日本だと、もともと建築を勉強していたけど、グラフィックをやっている人とか、他の勉強をしていた人も多いですね。韓国にもいるとは思うんですけど、グラフィックデザインって社会を反映しているというか、基本的には学歴社会なので、美術館と仕事をするときに修士を持っているとか、学歴を求められるケースがあったりするという話を聞いたことがあります。それに、日本だと僕みたいにグラフィックデザインとは関係ない学士を持っていても教員になることができるけど、韓国の大学でグラフィックデザインの修士を持っていなくてグラフィックデザインを教えている人はたぶんいないと思います。教員になるには、海外留学をしているとか、結構シビアなんですよね。日本の方がもう少し自由な感じがします。
haru._むしろ日本で活動を始めた方がいいこともありそうですね。
後藤_韓国の人も日本に来た方が、言語的なバリアがなければすごく売れるんじゃないかな。日本は感覚的な表現をする人が多いけど、韓国のデザイナーはもう少し知的なアプローチをする人が多いので。日本が知的じゃないっていう意味ではないですが、日本のデザインって結構特殊なんです。ヨーロッパとかだと基本的にはコンセプトベースですが、日本は機械や素材などの手法を重視することが多い。コンセプトがあっても美しくなかったらよくないよねっていう考えがありますよね。でも韓国には西洋的なデザインの思考を持った人が多い。どっちがいいっていう話ではないですし、日本はこのまま突き進んだ方が面白い感じはあります(笑)。
haru._韓国の人から見たら、日本のデザインは新鮮に映るんですか?
後藤_日本のデザイン協会のトークイベントがオンラインであって、それを韓国の人が見ると結構衝撃を受けているみたいです。自分は感覚的にデザインをしていると思っていたけど、日本のデザイナーの話を聞いていると、レベルが違うって(笑)。感覚的なデザインだから、全然言語化されないっていうのに驚いていました。これは日本が劣っているわけではなく、特殊事情な気がします。
haru._確かに西洋にいると、自分の作品を説明できないことってありえないですからね。本の中でも紹介されていたサニースタジオ*⑯が手がけたソウルの市長選挙に出馬された方の選挙ポスターに衝撃を受けました。すごくシンプルなデザインで、緑の背景の中央に立候補した女性がいて、たぶん名前が入っているのかな。シンプルだけどかっこよくて。こういうふうに具体的に社会と密接したアクションとして、自分の活動が活かせることが韓国にはあるんだと思いました。日本にいると、自分のやっていることも社会とすごく密接だと思える瞬間があまりないので、新鮮に映りました。
後藤_日本だと大手代理店がやることが多いですけど、日本以外のアジアの国だと結構個人で受けることがあるんですよね。台湾の大統領選も個人のデザイナーがやっていますし。若い人に支持のあるデザイナーと一緒に作ることで、フレッシュなイメージも出せるし、自分たちの公約に含めたメッセージをどう伝えるかというところをしっかり考えられる。
haru._フェミニズムも韓国のグラフィックデザイナーの間で結構盛んなのかなって思ったんですけど、どうですか?
後藤_韓国ではme too運動がアメリカとあまり時差なく反映されて、有名な映画監督がそこでキャンセルされたりしていました。日本だと、性加害などで話題になっている人の話をしてもみんな曖昧な反応だったりしますけど、韓国だとキム・ギドク監督*⑯の話をすると大体みんな嫌な顔をしますね。韓国のフェミニズムは、韓国がアメリカ志向だという側面もあるので、キャンセル度合いがかなり強く出るっていうのはあります。業界のジェンダーバランスや、女性が続けていくための環境づくりを政府から降りてくることはないので、自分たちで教えあったり、本を出したりっていう活動をやっていますね。
haru._フェミニストデザイナー・ソーシャルクラブっていうのがあるんですよね。そこで情報を共有したりしていて、すごくいいなと思いました。私たちも少人数ですけど、よくオフィスに集まって情報共有をしたり、ブラックリストのようなものを共有したりして、連帯しないとねって近しい業界の人たちと話しています。
韓国の次は、中国と台湾
haru._今後の活動について聞きたいのですが、今もう何かやられていることがあったら教えてください。
後藤_本を二冊計画していて、1つが漢字文化圏のグラフィックデザインに関する本で、主に中国、台湾のデザインの状況を紹介する本を夏発売に向けて書き始めています。最近特に中国や台湾のデザイナーの活躍をよく目にするんですけど、どういう背景で生まれているのかが全然わからないので、作品集ではなく、デザイナーの背景込みの紹介本を今考えています。
haru._後藤さんはどこでディグってるんですか?
後藤_中国は本当に数が多すぎて、どの人がおもしろいのか判断するのが本当にむずかしくて(笑)。でも、僕らはビジュアルがおもしろい人を選ぼうと思っているわけではないので、自主的な活動をしている人を、今知ってる人たちからのネットワークで探しています。中国のデザイナーと台湾のデザイナー、日本にいる中国人のデザイナーなど、いろんな意見を混ぜて作っています。前回の『K-GRAPHICS』は僕の経験上から選んでいるんですけど、今回はかなり客観的データベースっていう感じです。
haru._やっぱり人づてっていうのが多いんですね。
後藤_今連絡をしているのが僕よりも10歳以上若い人たちばかりで、めちゃくちゃ献身的に教えてくれるんです。それは自分たちの国のデザインの状況をちゃんと紹介したいっていう思いがあるんだろうなって思います。自分が掲載されなくても別にいいっていうフラットな人が、どこの国でも若い世代は多いです。 もう一冊は、『K-GRAPHICS』の第二弾が出せたらいいなと思って動いています。前回の本を読んでくれた方から色々と情報をいただいて、違う切り口でまた本を作りたいなと思っています。
haru._今度はデザイナーさんの紹介ではないかたちになるんですか?
後藤_デザイナーの紹介はもちろんするんですけど、ジェネレーションで分けるのではなく、テーマごとに分けて、その分野で活動しているのはどんな人なのかを見せていきたいです。
haru._日本だと作品とデザイナーの名前が載っていることとかは雑誌とかでよく見かけるんですけど、何か事象があって、そこにどんな人がいるのかを知れる日本のデザイナーバージョンみたいなのは全然見たことないなって思います。
後藤_雑誌レベルでは地方のデザイナー特集とかはありますけど、なかなか本でまとまっていることが少ないですよね。
小さな世界で生きる自分のほぐし方
haru._ゲストの皆さんに自分のほぐし方や、朝の気持ちの切り替え方を聞いているんですけど、後藤さんは何かありますか?
後藤_2つあって、1つは日常的にやっていることで、手帳に今週一週間のスケジュールを書き出して全体像を把握し、今後やりたいこととかを書いていくのが楽しい時間になっています。一度リセットして物事を考える時間が好きなんですよね。もう1つは、普通に生活しているとやっぱり自分の生きている世界が狭まっていくので、それを広げる活動を意識的にしています。基本的には本を作るのと一緒で、新しい人とか、今まであまりちゃんと喋ったことがない人と話して、新しい世界の見方を自分のなかに入れていくことがかなり重要だと思っていて。それをしないと、小さい世界で生きている自分がどんどん強くなっていくので、それをほぐすというのは、本づくりもその一環だなと思います。
haru._それは職業関係なく話すんですか?
後藤_そうですね。本にするとなるとデザイン関係の人が多いですけど、日常のなかでも変に会話しないといけない状況なら、いろんなことを聞いてみたりしています。大阪だとタクシーに乗ると運転手さんに変な話や失礼な話をされることが多くて、それを防止するうえでもこちらから運転手さんにインタビューをしたりしています(笑)。その方がこちらの気分も害されずおもしろい話が聞けるので。これは特殊な事例ですけど、普通の日常会話が苦手なので、あえていろいろと質問をした方がおもしろいなと思っています。
haru._その方がちょっと得した気分にもなりますもんね。手帳は手書きなんですね。
後藤_Googleでもスケジュールは記録してるんですけど、一応全部書き出します。書かないとって思っちゃう世代だからなのかもしれないです。
後藤哲也さんに聞きたいコト
視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!Q. 若い頃に読んでた雑誌が知りたいです
A.すぐに浮かぶのは「Relax」とか「Studio Voice」などになりますが、ほかにもさまざまなジャンルの雑誌を読んでいました。大学の近くに深夜までやってるTSUTAYA一号店があり、夜な夜なそこに通って雑誌を片っ端から立ち読みしていました(笑)。
Q. 後藤さんの一番好きな雑誌の表紙とかCDジャケットが気になります!
A.その時々で変わりますが、XTCの「GO 2」のジャケットは学生時代からずっと好きです。
Q. デザインをするうえで言われて嬉しい言葉はなんですか?
A.ロンドンでのデザインの原体験のように、「いいね!」と言われると単純に嬉しいですね。
Profile
後藤哲也
グラフィックデザイナー。近畿大学文芸学部文化デザイン学科 准教授、大阪芸術大学デザイン学科客員教授。Out Of Office代表。グラフィックデザインの研究と実践に取り組み、研究では主にアジア地域のグラフィックデザインをリサーチ。実践では主に文化生産にまつわるデザインと展覧会制作を行っている。主な書籍に『K-graphic index : 韓国グラフィックカルチャーの現在』(グラフィック社)、『YELLOW PAGES』(誠文堂新光社)などがある。