自分にとってここちよい環境をどう見出していくか 山瀬まゆみ
ことなるわたしたち
アーティスト山瀬まゆみがモデレーターを務めるインタビュー連載『ことなるわたしたち』。多方面で活躍する女性たちの生き方を掘り下げていく前編に対して、この後編では、山瀬自身がゲストから得たインスピレーションを一枚の絵に表現し、その意図を説明しながら、改めて対話から感じたことを語る。
初回のゲストは、映画監督の安藤桃子さん。以前から交流のあった二人ではあったものの、安藤さんが高知県に移住して以来、しばらく会っていなかったそうだ。移住をきっかけに映画監督の枠を超えた活動の場を持ち、私生活では結婚、出産、離婚と人生の節目となる局面を乗り越えていた安藤さん。
山瀬さんが久しぶりに対面して感じたこと、一枚の絵に込めた思いとともに対話を振り返る。
彼女の言葉に引き寄せられるように
安藤さんが発した言葉で、とくに印象に残っているフレーズがあった。
絶望と希望はペア。だけど、絶望が悪いとか、善し悪しで測らないように、自然か不自然かで決めるように意識しています。自分にとってどちらが自然に感じるか?なので、こっちに行きたい!という方向を見つけた時は、自分を1回「透明化」して、全体の地図を一歩引いて見るように心がけている。
「“透明化”の話の流れで、自分の本音を無視しないように、常に自分の感覚に問いかけているっていう彼女の言葉は印象的でしたね。自律している女性という感じがして、やっぱりかっこいいなって。これから何が起きてもブレないだろうし、何もかもぜんぶ吸収して、自分の出した答えに率直に向き合っていく。それが彼女の強さですよね」
安藤さんにとって、この「自分の感情に問いかける」という習慣が、ここちよく生きるために自覚的にも無自覚的にもしていることだとするならば、山瀬さんにとって「ここちよく生きるためにしていること」はなんだろう。問いかけてみた。
“そうであるべき”ということに囚われない
「彼女みたいに、日々自分の感覚と向き合うって、難易度が高いことだと思うんですよね。それでも私がここちよく生きるためにしていることといえば、“そうであるべきことに囚われないこと”。たとえば、ポジティブな気持ちをそのまま作品にしたっていいじゃないか、いつからかと思うようになれたんです。でも若い頃は、産みの苦しみじゃないけれど、ネガティブな感情も表現として昇華させようってどこか思ってて。それは今思うと、無理していたというか、自分らしくなかったなって思えるようになったんです」
山瀬さんはキャリアとともに自分を知り、肯定できる気持ちを持てるようになった。育まれたその“心の奥行き”が、「何事にも囚われないでいい」というゆとりを生み出した。
描く上で大切にしたいのは直感
実は今回、3枚の絵を同時に安藤さんへのインスピレーションを感じたままに描き始めたという。
「話をした後に、彼女の色を考えたときにすぐに深い青が浮かびました。あの日に彼女が羽織っていた青いカーディガンだったからというのもあったかもしれません。それと、彼女が持つあの独特のポジティブなオーラは“不均一なカタチが似合う”と直感的に思ったんです。久しぶりに会って感じたことは、彼女はポジティブもネガティブも、すべてを心に吸収してしまう、ものすごいパワーがあるなってこと」
その直感をどう紐解けばいいのかー 安藤さんの印象的な言葉を借りるならば、安藤さんのパワーは、陰と陽どちらも飲み込んで、それを全部ひっくるめて“それが愛だ”と抱きしめてしまうことなのかもしれない。
「だから彼女を絵で表現する上では、“不均一なカタチ”は必然でした。並べたドローイングにそれぞれ、あの日を思い出しながら感じたイメージを描き出し、いらないものは消して、いいものを残して。そして、この1枚が最終的に仕上がりました。描く上で私がいつも大切にしているもう一つのインスピレーションは、私の気持ちかな。表現している私を私自身が俯瞰して、“ここちがよいぞ”という状態を大切にしています」
心の余白時間に、自己ケアを積み重ねる
山瀬さんにとって“ここちがよい”という状態は、生きている上でとても大切な状態なのだと話す。小さい頃から運動が好きだったことを思い出し、ランニングを始めたのも、自分にとってここちよい状態を再度見つめ直す作業の中から自然と動き出した結果なのだそうだ。
別の言い方をすれば、自分の気持ちに蓋をしない生き方ができるようになってきた。
「気持ちが沈んだ時は好きな人と会って、好きな場所に行って息抜きをする。逆に、前向きな時はそのままの自分を楽しむようになったんです。浮き沈みする気持ちをなるべくフラットに保つことが私にとってとても大切なことなんです」
自分のここちよい環境を見出していく
「その行為って、ある種、自分の“個”を強くしていくための作業でもあるなって思うんです。それは歳を重ねてきたからこそ得られた、私がより良く生きるためのテクニックなのかもしれないです」
それが、自覚的にも無自覚的にも、ここちよくいるために山瀬さんが見つけた自己ケア。安藤さんとの対話で、改めて山瀬さんは、そんなことに気づけたようだ。
Profile
安藤桃子 Momoko Ando
1982年東京都生まれ。 高校からイギリスに留学し、ロンドン大学芸術学部を卒業。 その後、渡米し、ニューヨークで映画作りを学ぶ。2011年初の長編小説『0.5ミリ』を上梓、2014 年監督・脚本し映画化。同作で第39回報知映画賞作品賞、第69回毎日映画コンクール脚本賞、第18回上海国際映画祭最優秀監督賞などその他多数の賞を受賞。2014年、高知県へ移住。ミニシアター「キネマM」の代表や、ラジオ番組「ひらけチャクラ!」(FM高知)のパーソナリティも務めるほか、子どもたちが笑顔の未来を描く異業種チーム「わっしょい!」など映画監督の枠を超えて、活躍の場を広げている。
山瀬まゆみ Mayumi Yamase
1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ (肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。
Photo by Mai Kise / Text by Chie Arakawa / Edit by Ryo Muramatsu