2024.4.2

母になる。かわる環境と、かわらない気持ち。 山瀬まゆみ

PROJECT

ことなるわたしたち

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

これまで、6人の女性たちの様々な“生き方”について触れ合ってきた「ことなるわたしたち」。連載中にモデレーターを務める山瀬まゆみさんは大きな節目を迎えることになった。連載が始まってしばらくして妊娠をし、2024年2月に無事出産をした。育児のためしばらく休載をすることとなった「ことなるわたしたち」では、休載前に山瀬さん自身の妊娠・出産について語ってもらった。

__「ことなるわたしたち」連載が始まって2ヶ月で妊娠が発覚

「率直な感想を言うと、嬉しい反面、妊娠は初めてだったのでわからないことが多すぎて、不安も大きかったです。自分の体のことも心配だったし、妊娠した体でどう生活すべきなのか、想像もつかなかったので、色々と調べていました。これから仕事をどれくらい受けていいのか、仕事だけでなく普段の生活(昼夜の)仕方がどう変わっていくのかなど、漠然とした不安が押し寄せてきた感じはありましたね。出産予定日まで、個展や取材、連載コンテンツなどのすでに入っている仕事のスケジュールを見ながら、どこまでできるかを考えていました」

__自身で決めた緩やかな産休生活

「当時アトリエにしていた部屋より、もう少し広いところに移りたくて物件をずっと探していたんです。つわりも終わって、調子もよくなってきた頃にちょうどいい物件を見つけたので、すぐに契約をしました。

もちろん、不安はありました。安定期くらいからは仕事の量も減らしていったので、契約したところで1ヶ月くらいはアトリエに全くこない時期もあるだろうし、にもかかわらず、以前と比べて見つけた物件の賃料は上がってしまう。産後、自分がどうなるか分からない状況の中で、経済的な面も含めて想像のつかない先のことに不安は尽きませんでした。ただ、考えたからといってその気持ちは拭えない。そう思ってからは考え方を変えていく方向に気持ちを切り替えました。今は“お金を稼ぐ”だけではなくて、“環境を整える”時間に集中しようって。赤ちゃんが数ヶ月後に産まれることは変わらないし、これまで以上に仕事を増やせないことは変わらないし、だったら今できることをやるしかないと思ったんです。

当時はお腹も大きくなってきていたので体も目にみえるように変化していたし、開き直ったという気持ちも少しはあったかもしれません。子どもが生まれるまでは、一旦絵を描くことをやめて、この新しいアトリエを作っていく準備期間にしようと割り切りました。出産のギリギリまで、取材系の仕事依頼は受けてはいましたが、絵を描くことはしていなかったので、振り返ると10月くらいから産休しているような緩やかな生活になっていましたね」

__生まれた時の率直な感想は感動とスッキリした気持ちの半分半分

「予定日から5日ほど遅れた日に陣痛がやってきて、病院についてから、出産するまで15時間ほどかかりました。思ったよりも出産に時間がかかったのと、妊娠後期は眠れなかった日が続いていて、妊婦生活を長く感じていたこともあり、感動したのと同じくらい“やっと出た!スッキリした〜”という感情が溢れましたね。入院中は母乳をあげるために、助産師さんが色々と説明してくれたり、マッサージしにきてくれたりとよく部屋に出入りしていました。“ゆっくりしてくださいね〜”という割には、それが結構な頻度だったので、ありがたい反面、ゆっくりはできなかったというのが正直なところです(笑)」

__今の“気持ち”をとどめるために、写真を撮るような感覚で日記を書く

「出産に関わらず、日記はたまに書いていますが、特にこの出産経験は絶対に忘れたくないことだったので、先ほど話したような、時間軸や何が起こったのかなどの状況を結構細かく、感情も含めて書きとめています。先日たまたま姉が、母が私たちを産んだ頃につけていた日記を家に持ってきてくれたんです。それが本当に楽しくて。日記は誰かに読ませるものではなく、すごくパーソナルなもの。でも母の日記はもう時効ということもあり読ませてもらいました。母の自分だけに向けて書いている言葉は、率直だし、吐き出している感じがあって。読みながらその当時の母の気持ちに共感している自分に感動してしまって。私の出産も全く同じような経験をしているんですよ。40年経っても、出産の流れは変わらないんだなって。そういう感情や事実を残していくのはやっぱりいいなって。今も2〜3日に1回のペースで書いています。自分で読み返すためというよりは、気持ちを整理させるために日記をつけていることが多いです」

__自然と受け入れられた産後の生活。7月の個展に向けて

「産前に知り合いの経験談を聞いていたというのもあって、産後の生活がどれほど一変するんだろうか? となんとなく想像はしていたのですが、体が思ったよりもすぐに動けるようになったということもあって、いい意味で人生の延長線上に子どもが加わった生活になったというか。自然と今の生活はなんの不安もなく受け入れられている感じがあります。もっと、以前の生活と比べて、自分が持てる時間に対して焦りを感じてしまうのではないかという不安もあったんですが、それはなかったですね。もちろん時間という意味では産前産後も平等なので、仕事に対してかけられる時間はすごく減っているというのが事実ですが、仕事の時間と子育ての時間を比較して考えている感じはありません。そこは全く別物という感覚です。パートナーが父親になって、私は母親になって、見えている生活の景色が全く違うものになったというか。景色は一変したのに、思ったよりも自分は自然にその景色に順応しているというか。今は、そういう感じですかね。

私はフリーランスなので、産休、育休はここまでとるということははっきり決めていません。ただ、昨年、妊娠がわかる前に2024年に向けて個展の話の依頼を受けていたので、7月に向けて、少しずつ絵の準備を進めていこうかと思っています。昨年の10月からこれまで、絵を描いていなかったので、半年ぶりの再開となりますが、久しぶりということもあってモチベーションはすごく上がっています。個展は大阪で出します。ぜひ遊びにきてください!」

現在、山瀬さんのお子さんは生後1ヶ月半になる。母子ともに順調で、パートナーと3人の新たな生活が始まった。そして、彼女の新たな生活と共に、「ことなるわたしたち」は7月にバージョンアップして再開する予定だ。

Profile

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ (肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。

Photo Mai Kise / Text Chie Arakawa / Edit Chie Arakawa・Ryo Muramatsu

PROJECT back number

vol.1
2024.04.24

あきらめずに挑んで、すべてを好きになっていく  浅野美奈弥

vol.2
2024.04.10

自分で選択した道は信じて貫く 大村佐和子

vol.4
2024.03.06

自分の中での選択肢を増やしていく 山瀬まゆみ

vol.5
2024.02.21

枠にハマらない。ちょっとずつ抵抗しながら生きる haru.

vol.6
2024.02.08

作ることを通じてつながりを生み出していく haru.

vol.7
2024.01.25

大人の友だちって? 母親になることって? 山瀬まゆみ

vol.8
2024.01.11

“オバサン”に込められるコンパッション 堀井美香

vol.9
2023.12.27

誰かと比べない人生がはじまった 堀井美香

vol.10
2023.12.22

続けること。歳を重ねていくこと 山瀬まゆみ×haru.

vol.11
2023.12.13

選択するたびに新しい自分が形成されていく 山瀬まゆみ

vol.12
2023.11.22

仕事も結婚も子どもも、あきらめない生き方もある 黒沢祐子

vol.13
2023.11.08

逆境の中でつかんだ新しい自分 黒沢祐子

vol.14
2023.11.01

楽しませるためのクリエイティブってなんだろう? 山瀬まゆみ

vol.15
2023.10.19

自分ひとりでは表現は生まれない アオイヤマダ

vol.16
2023.10.05

“みんな”ではなく身近な人のために アオイヤマダ

vol.17
2023.08.10

「今を生きる」とは。心がスッと軽くなるおまじない 山瀬まゆみ

vol.18
2023.08.03

リアルな女性の悩みに、作家・川上未映子が寄り添ったなら

vol.19
2023.07.25

勇気をもって、「今」を生きていく 川上未映子

vol.20
2023.05.23

自分にとってここちよい環境をどう見出していくか  山瀬まゆみ

vol.21
2023.05.09

人生の分岐点で「透明」になる。未知なる自分に出会うため 安藤桃子