2024.1.11

“オバサン”に込められるコンパッション 堀井美香

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ことなるわたしたち

自分とは、いろいろな面をもった「ことなるわたし」でできている。アーティスト山瀬まゆみが多方面で活躍する魅力的な女性を訪ね、その人がもつ多面的な「ことなるわたし」を掘り下げていくインタビューシリーズです。

contributor 山瀬まゆみ Mayumi Yamase

アーティスト山瀬まゆみがモデレーターを務める「ことなるわたしたち」。今回は、フリーアナウンサーの堀井美香さんと「コンパッション」をテーマに語り合います。コンパッションとは、相手の苦しみを深く感じ、軽くしてあげたいと思う前向きな感情や態度のこと。後編では、コラムニストのジェーン・スーさんと共にパーソナリティを務める人気ラジオ&ポッドキャスト『OVER THE SUN』を軸に、リスナーや互いを想う気持ちについて伺いました。

衣装:ライトドライウールキャミソールドレス/ショートタイプライターギャザーブラウス(ともに〈LE PHIL〉)

「一緒にいる人にはハッピーでいてほしい」

――堀井さんといえば、コラムニストのジェン・スーさんとやっているラジオ&ポッドキャスト『OVER THE SUN』ですよね。悩むリスナーへの向き合い方がとても素敵です。

堀井_ありがとうございます。私たちは年長者という自覚がありますし、大概のことへの免疫はついているんですけど、20代や30代のリスナーさんは真剣に悩み、もがいてる。そこに対しては、ちゃんと向き合いたいと思っています。でも、あの番組は、9割雑談なんですけどね(笑)。特にポッドキャストは、みなさんに情報を届けようという気はさらさらなくて、意味のないままでいいと思っています。むしろ、意味を持ち始めないように、こうしたいといった明確な意思のないものにしたいというのが、スーさんと私との共通認識なんです。

ただ、聞いてくださる方が増えて、9割雑談の残りの1割で意味のあることを話すのだとしたら、そこには責任が生じるだろうと。ある事件について触れた時には、私たちはたくさんの本を読み二人で言葉を重ねました。その人がどういう想いであの場所にたどり着いたかなど誰にもわからないのに、放送にのせていいのか最後まで悩みもしました。スーさんはどう思っていたかわかりませんが、私の中では、今も彼女や私たちを苦しめるものはなんなのかちゃんと考えたかったんだと思います。

――ジェーン・スーさんに感じるコンパッションは?

堀井_スーさんには、これまで女性の足枷となってきたものをはずしてあげたい、後に続く女性たちの場を整えたいという、信念ともいえる強い想いを感じます。たとえば、タイトルの“オーバー・ザ・サン”をもじって“オバサン”と私たちは自分たちのことを呼ぶんですね。“オバサン”という言葉を、私たち当事者が使うのはいい。でも、外側の人が冗談めかして使うとちゃんと怒る。彼女の信念にそぐわない言葉には、しっかり戦っていこうとする。それが、彼女のパーソナリティーとしての姿勢であり、リスナーへのコンパッションなんでしょうね。

――スーさんが女性を想う気持ちの表れですね。堀井さんの中には、どんなコンパッションがあるのでしょう。

堀井_私はもう、誰にもストレスを生ませたくないということに尽きますね。自分の周りでも足を引っ張るとか、嫌な思いをさせるということをゼロにしたい。TBS時代は、人よりも評価されたいという利己心が若干ありましたが、今はただただ、私と一緒にいる人たちがハッピーでいられるようにとしか思わなくなりました。それが結果的に、自分自身がいつも機嫌よくいられることにもなるのかなって。

「大人になってからの友達作りは努力」

――番組では、スーさんも堀井さんも、ご自身をさらけ出しているように感じます。

堀井_かなりさらけ出してますよね(笑)。でも、すごく傷ついた闇の部分、今でも思い出すと胸がぎゅっとなるような、自分が触れられて嫌なことはまだ出していないですし、そもそも出す必要があるのかなって。スーさんもそこは絶対に触れてこないですね。その一点だけで、あとは私自身に下駄をはかせず、そのまま話しています。リスナーさんは、私が雑で適当な人間だとおわかりだと思うんですけど(笑)、飾っても仕方がないということは、TBSに入った時点で察しました。小さい頃から「私なんて…」と卑屈になるところがあったんですけど、TBSに入ったら、旧財閥系の子孫とか小さい頃からスーパーエリートの同僚がいるんですよ。生まれ持ったものが桁違いなんです。どうあがいても勝てないなら、取り繕っても無駄だと早めに気づけました(笑)。

――スーさんと堀井さんの軽妙な掛け合いの中にも、触られて嫌なところには触れないという、相手への思いやりがあるんですね。そんなお二人の関係性にとても興味があります。

堀井_一時期は同志だと思っていたんですが、そこも超えて、テレポーテーションじゃないですけど、スーさんと私は入れ替わってるんじゃないかと思うこともあります。スーさんと同じタイミングで、同じことを私も考えてる。おそらく、一心同体の感覚に近いんでしょうね。この人は絶対に信頼できるという自他の関係のレベルをも超えて、これから起こる全てのことは二人で一緒に素直に受け入れられるという不思議な感覚です。

――そんな素敵な関係にまでなれる友達に出会うには、どうしたらいいのでしょう。やはり巡り合わせなのでしょうか。

堀井_大人になってからの友達作りは、努力です。学生時代なら、学校があるので必然的にずっと一緒にいられる時間がありますが、この年になると時間もかかります。スーさんとはすぐに気が合うと思いましたし、1年目から放送ではワイワイやってましたけど、車中で喋らずにいられる、中年夫婦みたいな関係になるまでに、8年かかってますから。

一緒に旅行して、愚痴もこぼせる友達がほかにもいるんですけど、その人とそうなるまでに10年くらいかかっています。その人が落語が好きだとわかって、意を決して「一緒に行きません?」と誘っても、落語が終わった後にご飯に誘いたいけど、きっと忙しいだろうなとか、断られたらどうしようとか、あれこれ考えちゃって。もはや、デートのお誘いです(笑)。そういう段階でどちらかがくじけると、関係を築けないじゃないですか。だから、やっぱりお互いの努力が必要なんですよね。

――TBS時代の同期は、また違った関係性ですか?

堀井_アナウンサー同期の小川知子さんは、管理職としてTBSに残っていて、子どももいるし、本当に忙しいんです。だから、TBSに行ったら彼女がいるのはわかっていても、邪魔をしないようにお茶に誘ったりはしないんですけど、1年の終わりか始めに1回、「今年も大変だったね」「頑張ろう」と言い合う慰め会で会い続けようねって話しています。

「自分ではない誰かのために頑張りたい」

――50代になり、これからの人生について、どんなふうに考えていますか。

堀井_身近な先輩で、それまで本当にお元気だったのに、50代で亡くなる方がいて、時間は有限なんだとしみじみ思っているところです。残りの人生を考えると、何から先にやろうか、自分の中での優先順位が決まってくるんですよね。そうすると、どんな現場も愛おしくて。この仕事で名声を得たいとか、上を目指そうとはまったく思わなくなりました。これからは、上ではなく、横へのつながりを広げていけたらいいですね。

前編では「これからは、朗読会を全国で」という話をしましたが、究極、健康でありさえすれば、どこでも働けるとも思っていて。これは、私が大好きなフリーのディレクターさんの話なんですが、彼女がシャワーを出しっぱなしにしてしまい、マンションの下の階にまで水漏れさせてしまったんですね。そこに高価な絵があったとかで、弁償しなければいけないからと、ディレクターとしての仕事を終えてから、Amazonの倉庫で働いていたんです。夜中から朝まで働いて、品川でビールをひっかけて帰る生活と聞くと、大変そうじゃないですか。でも、時間帯によって注文が変わるんだとか、3キロ痩せたとか、最高に面白いんだよって話してくれて。知り合いのママも、ドラッグストアで働き始めたら品出しがすごく楽しいって。どんな形かわからないですが働くことは続けていたいなと思っています。

自分の要である朗読に関して言えば、76歳になる記者の先輩がいまだにバリバリ取材をして忙しくなさっているんです。本として形になるかどうかもわからないのに現場の声を聞きたい、真実を知りたいという一心で一人で向き合っている。その姿がとてもかっこいいんです。その方を見て、これだなって。私の朗読もたとえ聞く人がいなくなっても、自分の探究心のために続けていこう。今は、そんな心境です。

Profile

堀井美香 Mika Horii [Right]

1972年、秋田県出身。法政大学法学部を卒業後、1995年にTBS入社。アナウンサーとしてTBSに27年間勤めた後、2022年3月に退社し、フリーアナウンサーとして活動する。現在は、バラエティ番組をはじめ、さまざまなCMでもナレーションを担当するほか、「yomibasho PROJECT」として自身が主催する朗読会は、チケットが即完売するほど注目を集める。ジェーン・スーさんとパーソナリティを務める『OVER THE SUN』は、毎週金曜日17時よりエピソード配信中。著書に『音読教室 現役アナウンサーが教える教科書を読んで言葉を楽しむテクニック』(カンゼン)、『一旦、退社。50歳からの独立日記』(大和書房)がある。

山瀬まゆみ Mayumi Yamase [Left]

1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ (肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。

Photo Satomi Yamaushi / Text Sakiko Koizumi / Edit Chie Arakawa, Ryo Muramatsu

PROJECT back number

vol.1
2024.02.21

枠にハマらない。ちょとずつ抵抗しながら生きる haru.

vol.2
2024.02.08

作ることを通じてつながりを生み出していく haru.

vol.3
2024.01.25

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vol.5
2023.12.27

誰かと比べない人生がはじまった 堀井美香

vol.6
2023.12.22

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vol.7
2023.12.13

選択するたびに新しい自分が形成されていく 山瀬まゆみ

vol.8
2023.11.22

仕事も結婚も子どもも、あきらめない生き方もある 黒沢祐子

vol.9
2023.11.08

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vol.10
2023.11.01

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vol.11
2023.10.19

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2023.10.05

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vol.13
2023.08.10

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vol.14
2023.08.03

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vol.15
2023.07.25

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2023.05.23

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vol.17
2023.05.09

人生の分岐点で「透明」になる。未知なる自分に出会うため 安藤桃子