「今を生きる」とは。心がスッと軽くなるおまじない 山瀬まゆみ

ことなるわたしたち

アーティスト山瀬まゆみをホスト役に、様々な女性の生き様を掘り下げていく連載『ことなるわたしたち』。前編(01/02)では作家・川上未映子さんを迎え、“女性と年齢”をテーマにキャリア、結婚や出産について赤裸々に語り合った。
後編では、対話を通して感じたインスピレーションを山瀬が1枚の絵で表現し、強く残ったエピソードを語っていく。川上未映子という女性から得た印象とは?

着飾らない言葉に吸い込こまれていく
初対面とは思えないような、和やかな空気の対話となったこの日。
「想像以上に気さくな方で、先輩に相談する後輩のような会話がすごく面白かったです。インタビューが終わった後は、生き方のアドバイスをいただいたような、タメになる本を読んだような、そんな感覚が残りましたね。特に、前編のタイトルにもなった“今を生きる”という川上さんの考え方はすごく参考になったし、腑に落ちた感じがしました」
“大切しないといけないのは「今」なのかなって思うんです。だって、人生を振り返ってみてAという選択とBという選択はやっぱり比べられないですから。たとえ別の道を選んだとしても、人生は1本。文章の中ではできるけど、その選択に妥当性があったのかどうかは誰も証明できないんですよ。人生の選択は比較ができないものなんですよね。”
「確かに、未来を予測しながら生きていくことなんて誰もできない。でも人生の選択を迫られた時というのは、大体の人は未来を想像しながら選びます。こっちを選んだら将来の私は……って」
未来の自分がよくなるように正しい選択をしたい。だからこそ分岐点を前に複雑な気持ちが芽生え、先へ進むことへの不安を抱くこともある。
「だけど、川上さんのこの言葉で、もっとシンプルに考えればいいんだって思えたんです。今の自分を見失っては生きることは苦しくなるだけ、そんな気の持ちようを教わった気がしました」

自分を俯瞰してみる
川上さんの出産・育児記として発刊された書籍『きみは赤ちゃん』の話になった時、川上さんは“あの時の私、ちょっと大袈裟でしたよね”と笑っていた。
「そうやって、当時を振り返りながら、自分のことを俯瞰できているのってすごいなって思いました。妊娠をするタイミングに関しても“賞を獲ってキャリアの先も見えてきて今かなと思った”とおっしゃっていて。考え方が潔いというか。迷いがない。普通だったら、賞を獲ったらもっと欲深くなってもおかしくないと思うんです。さらに上を目指すというか、もっと欲しくなるじゃないですか。でも、川上さんは立ち止まって、シンプルに“今”の自分を俯瞰してみて、選択して進んでいた。そんな感じがして、気持ちのいい女性だなと思いました」
考え方を複雑にしない、今を生きる川上さんに対して、シンパシーを感じていく山瀬さん。それは、作品への向き合い方にも通ずるものがあったという。

成果物の過程に苦しみはいらない
対話を終えた後の雑談で、筆は速い方かと尋ねると、“私、めっちゃ速いんですよ”と、プールサイドで15分で書き上げたコラムのエピソードを披露してくれた川上さん。
「そこはすごく共感したというか。ちょっと変な話かもしれませんが、書こうと思って書いている人なんだろうなって思ったんです。もちろん悪い意味ではなくて、書く自分を自身で管理できる方。私も個展があるから絵を描くというタイプで、夜の時間はオフと決めていたり、作業する時間も1日の中で決まっています。それがアーティストとしてダメなんじゃないかな、って思うこともありました。四六時中、作品のことを考えていなければならない。迷って、苦しんで生まれた先に、いいものができると考える人いますよね。でも、私はあまりそういうタイプじゃない。川上さんの話を聞いた時、同じ作る者として、なんか嬉しかったんですね」
この話は、“働く姿勢”やもっと大きな括りで“生き方”という言葉にもどこか置き換えられる。時間をかけることだけがモノの良さを測るすべてではない。潔く、シンプルに、颯爽と人生を切り開く川上さんの生き様が山瀬さんの心に残った。

優しく、潔く、逞しい
「直感で描くタイプと言いましたが、実は今回の絵は、10枚くらいは描いてはやめてを繰り返したんです(笑)。最終的には、シンプルな赤一色の絵を選びました。強くてシンプルな川上さんを捉えられているといいと思うんですが」

今回の対話のテーマとなった女性と年齢。最後に山瀬さんに歳を重ねることについて聞いてみると、「今回の対話で川上さんは、“今の選択に対して何を恐れることがあろうかって思うんですよ。40歳を過ぎると”と仰っていて。まさにその通りなのであれば、私の4年後(現在36歳)が楽しみになりました」
“老い”は、人を臆病にしていくものだと思っていた。でも、この瞬間の自分こそ、生きている中で一番若いというのも紛れもない事実。先を恐れず、今を生きることに集中してみれば、意外と心がスッと軽くなるのかもしれない。

Profile
川上未映子 Mieko Kawakami [Right]
大阪府生まれ。2008年『乳と卵』で芥川龍之介賞、09年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、10年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、13年、詩集『水瓶』で高見順賞、同年『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、16年『あこがれ』で渡辺淳一文学賞、19年『夏物語』で毎日出版文化賞を受賞。他の著書に『春のこわいもの』など。『夏物語』は40カ国以上で刊行が進み、『ヘヴン』の英訳は22年ブッカー国際賞の最終候補に選出された。23年2月『すべて真夜中の恋人たち』が「全米批評家協会賞」最終候補にノミネート。近著に『黄色い家』がある。
山瀬まゆみ Mayumi Yamase [Left]
1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ (肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。
Mieko Kawakami Costume: 赤トップス 50,600円 / 赤パンツ 75,900円(nadia) 靴 124,300円(Santonl/3rd culture) 問い合わせ先:3rd culture 渋谷区恵比寿2丁目28-5 03-5448-9138
Photo Mai Kise / Stylist Saori Iguchi (Mieko Kawakami)/ Hair&Make up Mieko Yoshioka / Text Chie Arakawa / Edit Ryo Muramatsu