リアルな女性の悩みに、作家・川上未映子が寄り添ったなら
ことなるわたしたち
「描いたフィクションをなぞるより、自分の人生をなぞる方が豊かである」そんな「今を生きる」感覚に近づいた作家の川上未映子さん。
ここでは山瀬まゆみとの対話のアフタートークとして、ORBIS IS編集部の女性たちから、川上さんに急遽、悩み相談を持ちかけてみました。20代、30代、40代の女性たちのリアルな悩みに、作家・川上未映子がどんな風に寄り添ってくれたのか。
プライベートでは、35歳で妊娠し、36歳になる間際で出産。母となった。仕事と出産、子育てとキャリアなど、年を重ねる中で直面する働く女性ならではの悩みと川上さんはどのように向き合ってきたのか。
川上さん自身の体験も交えながら、一緒になって前に進む方法を考えてくれました。
容姿と美の価値観について
■編集部員 30代女性の悩み
質問:わたしは自分の容姿や美しさに納得できたことが1度もないのですが、30代に入り、より一層戸惑う瞬間が増えてきました。 どうしても女性である自分が周りからどう見られているのかを気にしてしまいます。
川上_これは切実な悩みだと思います。そんなの気にするな、なんてとても言えないです。でも、たとえば、これまで挑戦してこなかった雰囲気のメイクに挑戦してみるとか、これまで意識してこなかった部分の手入れに集中してみるとか。そうすると「あ、素敵だな」って誰かを見たり感じたりするときに、いろんな角度ができると思うんです。「これが美人だ」って今捉えている価値観があるとするならば、もっと自分の中での「素敵な人」の幅を拡げていく方向かな? 一重の人、二重の人、ぽっちゃり型の人、痩せ型の人……いろんな女性を見て、かっこいいな、素敵だな、いいなって思える個性を増やしていくと、それを、ご自身にも感じられるようになるかもしれない。あと「女性としての美しさ」の評価軸のなかに、これからは人としての厚みや優しさの要素が、とても大きくなってきます。人に優しくない美人より、人を思いやれる飾らない人のほうが、今のわたしは本当に美しい、と心から感じますよ。
山瀬_つまり、美しさの定義を拡張させていくような作業ですね。
川上_そうそう。たとえば、見た目のことにしても、今も脱毛ってありますけど、全身に毛がなくてつるつるしているほうが美しいというのは、わりと狭いルールのようにも思うんです。限定的ですよね。わたしも昔は腕とか脚とか剃っていましたけど、手足はまあ、においの問題もないから、最近は、気が向いたときに、ちゃちゃっと剃るくらいかなあ。もちろん濃さとか量とか、個人差があるんだけれども。見た目に関しても、いま、自分が、しんどいなって思わされている基準というものを全否定する必要はないけれど、美しさのバラエティというか、いろいろな感覚を増やしていくと、ちょっと楽になれると思います。もちろん、美しさを追求することはとても良いこと。ありのままでいいよ、っていわれても、それも難しいよね。だけど、美とかポジティブな基準は、増やした方がいいと思う。それは何かと出会うってことでもあるし、何かを知るってことでもあるので。
キャリアと家庭の両立について
■編集部員 20代女性の悩み
質問:今の世の中、キャリアと家庭の両立について決められたモデルがないといういい面がある分、自分がどうしたらいいのか、どうすれば納得した人生の選択ができるのか迷ってしまうことがあります。
川上_まず、人生の選択って、正しいか正しくないかで測れないものなんじゃないかな。選んだのかどうかも、定かじゃないことのほうが圧倒的に多いですよ。そもそも身体も自分が自分であることも、選べない。みんな、なぜかこうなっている現状に対して、そのつど、ただ折り合いつけているだけだと思うんです。でも、それは俯瞰でみたときにそうなのであって、日常的にはじっさいにいろいろ決断しないといけないことはありますよね。そのときには、目の前にあるようにみえる選択肢について、しっかり考えて決めたとすれば「ああ、自分はあのとき、しっかり考えたんだよな、それでこうしようって思ったんだよな」っていう手応えというか、実感が残る。すべてがあとになってみないとわからないなかで、自分を支えてくれるのはその実感なんじゃないかなと思います。
山瀬_さっきもお話しいただいたAという選択と、Bという選択の話に通じますね。
川上_「なんでAを選んじゃったんだろう。Bにしといたら良かった」って思ってしまうことは確かにありますよね。でも、それって、本当なのかな? どうなんだろう。Bを選んだらどうなっていたかなんて、そんなのぜったいにわからないじゃない? もっと大変なことになったかもしれない。それは言語が可能にしている錯覚で、そんな問いは、そもそも人生に適用できないと思う。人生は一回きりで、他人とも、自分の過去の「たられば」とも、比較できないことなので。なので、何かを決めるときは、そのときのベストで考えて決めたって思えることがもう、すべてだと思います。
産後の夫婦関係について
■編集部員 40代女性の悩み
質問:わたしは出産を経て、夫との関係性が変わりました。 産後、夫に対しての対応が塩(=そっけない、愛想のない対応)になりがちで、いつか昔のように夫に優しくなれると思いきや、12年経った今でも塩のままです。夫婦関係としてこのままでいいのか悩んでいます。
川上_わたしも、産後5年間ぐらい、なんだかんだ夫とずーっと喧嘩をしていましたよ。体調が悪いときに、人は辛い気持ちになるし、優しくできない。女性は産後、体調が悪いことが多いので、パートナーにたいして、憎さ100倍になりますよね。でも、だんだん体調が安定したり、物理的に子どもに手がかからなくなってくると、凪状態もふえていくんです。
山瀬_5年って結構長いですけど、それだけ喧嘩が続いても離婚は考えなかったんですか?
川上_もちろん考えましたよ! 考えない夫婦のほうがレアでしょう。でも、うちは大人がわたしと夫だけだったので、別れると子育ての手が足りないという端的な事実があったんです(笑) 。子はかすがい、じゃないけれど、子どもがいたから関係を持続できたの。それで、子どももだんだん大きくなって、精神的に余裕がでてくると、相手のありがたい部分、優しい部分が、再びみえてくるようになりました。あと、うちに大森克己さんが撮ってくださった家族写真を飾っていて、それが本当に素晴らしい一日を写してくださった素敵な一枚で、それを見るたびに、毎日を大切にしよう、喧嘩なんかしていたらあかんよなって思うことができたんです。大森さんの写真のおかげでここまでこられたというのは、本当にあるんですよ(笑)。
山瀬_今回の悩みは、産後、旦那さんに対して塩対応が続くことへの悩みですけど、この場合はどう思いますか?
川上_そうですね……塩っていうのは嫌悪ではないんですよね? それであれば、ある意味で持続可能なんじゃないかなと思うんだけど。でも、相談者の方は、塩じゃない感情をもう一度取り戻したいのですよね。たしかに12年は長いけど、12年のあいだにも色々あったと思うし、逆にいうと12年こられたわけですよね。この先もこのままだったらどうしようと、きっと悩まれていると思うんですけど、これは今考えてもしょうがないもの。別の誰かに出会ったり、何か出来事が起きたりして、いつか必ず、また夫婦の関係も変わりますよ。諸行は無常です。もし今、そこまで不快でないのなら、今一緒にいられるなら、様子見でもよいのでは?
Profile
川上未映子 Mieko Kawakami [Right]
大阪府生まれ。2008年『乳と卵』で芥川龍之介賞、09年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、10年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、13年、詩集『水瓶』で高見順賞、同年『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、16年『あこがれ』で渡辺淳一文学賞、19年『夏物語』で毎日出版文化賞を受賞。他の著書に『春のこわいもの』など。『夏物語』は40カ国以上で刊行が進み、『ヘヴン』の英訳は22年ブッカー国際賞の最終候補に選出された。23年2月『すべて真夜中の恋人たち』が「全米批評家協会賞」最終候補にノミネート。近著に『黄色い家』がある。
山瀬まゆみ Mayumi Yamase [Left]
1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ (肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。
Mieko Kawakami Costume: 赤トップス 50,600円 / 赤パンツ 75,900円(nadia) 靴 124,300円(Santonl/3rd culture) 問い合わせ先:3rd culture 渋谷区恵比寿2丁目28-5 03-5448-9138
Photo Mai Kise / Stylist Saori Iguchi (Mieko Kawakami)/ Hair&Make up Mieko Yoshioka / Text Chie Arakawa / Edit Ryo Muramatsu