2025.3.21

介護生活を、苦しいことだけにしたくない 岩花理沙

PROJECT

ことなるわたしたち

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

モデレーターを務める山瀬まゆみさんとゲストとの対話をお届けする連載「ことなるわたしたち」。そのインタビューシリーズとして、ひとりの女性のリアルな声や暮らしをお届けする「ことなるわたしの物語」。いまを生きる女性たちの人生の選択肢を増やすきっかけを込めてお届けする連載の11人目は、デザインやディレクションを生業にしている岩花理沙さん。

3年前、母親がくも膜下出血で倒れ、意識不明の重体に。そこから介護生活を決意したという岩花さん。当時住んでいた東京の家を引き払い、地元である兵庫に戻り、家族揃って生活のベースを変えていくことを決意する。

今回は、岩花さんの介護への向き合い方について話を聞きました。 岩花さんの母親が倒れたのは、2人目の産後の里帰りの最中だった。母親が生後1ヶ月の岩花さんの次女を抱えながら、昼食を振る舞っていたところ、突然意識を失い、倒れた。

「母のくも膜下出血は重度の頭痛がくるなど徐々に症状が出るタイプのものではなく、意識消失の方の症状だったので、倒れる寸前まで元気にいて、突然意識を失い倒れてしまったんです。しゃがみ込むように倒れたら良かったんでしょうけど、後頭部から後ろに倒れて、後頭部を思い切り打ってしまったみたいで。そこで二次災害が起きて、ひどい後遺症になってしまいました。あの時、赤ちゃんを抱っこしていなかったら後ろから倒れることもなかったのかもしれない、次女を庇ってしまったが故に、と直後はすごい後悔が渦巻くような感情が続いていました。父も同じような感じで。母は父が座っている椅子の後ろを通る時に倒れたので、“少しでも自分の方に倒れていたら…直接頭は打たなかったのかもしれない”と。家族それぞれが自分を責めてしまうような状況だったんです」

「母が入院した時は、コロナ禍ということもあって面会もできず、精神的な負担へと拍車がかかりました。後悔の念とやりきれなさで、私自身かなり参ってしまっていたんです。次女に母乳もあげないといけない時期だったのに、水も喉を通らないくらいになってしまっていて。そんな私の精神面を主人が支えてくれていました。悪化していく私に対して主人が冷静に言ってきたんです。“理沙がご飯を口にしなかったらお母さんの意識は戻るんか?”と。その言葉で我に返ったというか、救われたんですよね」

母と娘の繋がりはもう元通りにならない。でも悲しみだけでは終わらせたくない

母親は意識不明の重体から植物状態が続き、意識が戻ったのは3~4ヶ月後。8ヶ月後、父親から退院が決まったと知らせを受けると同時に、実家の自宅介護に切り替えること伝えられた。母親は要介護5の診断を受けていた。

「お母さん、意識戻ったらしいって、それを聞いた時はすごく喜びました。ただ、意識が戻ることを、私は前の母親に戻っているのだと思い違いをしてしまっていて。退院して実家に戻ってきた母は、私たちをみても、誰のことかわかっていなかったし、何もかも覚えていないし。お人形さんみたいな感じで帰ってきたんです。最初、私は元に戻ることと、意識が戻ることが、こんなにギャップがあったのかっていうのに、すごい驚いてしまったんです。リハビリもあって、少しは喋れるようにはなっていた母から “うちの娘が多分それぐらいの歳やったわ”と、言われて。母は私のことはまるで理解しておらず、看護師さんだと思っていたんですね。その時、娘だよって言えなかったし、覚えてないの?って怖くて聞けなかった。でも、やっぱりわかってないんだって思ったら、涙が止まらなくなって。母に気づかれないように、涙を拭いながら、足を拭いてあげたりとかして誤魔化したりして。帰ってきた当初は、精神的に結構くらってしまうことがたくさんありました」

トイレの介護ひとつとっても、思い通りにできない。そんな自分の不甲斐なさや、どうしても元に戻って欲しいと願ってしまう自分の弱さ。時に、元に戻ってくれない母親に対して憤りまで感じてしまうこともあった。そんなどうしようもない気持ちとしばらく葛藤していた。

気持ちの切り替えができない、その時も、夫の言葉は大きく影響したという。悩んでも仕方のないことで、悩んでも時間がもったいないと。

「願って叶うんやったら願うけど、そうじゃないなら…みたいな感じで、自分の中でもすごい腑には落ちたんです。今までみたいな会話はできなくても、ただ身体の機能が回復していくお母さんの姿を喜ぼう、と割り切るようにしたというか。そこに自分の感情はあまり乗せないように、ある意味ちょっと蓋をした部分ももしかしたらあるかもしれないんですけど。

私、やっぱり母と娘って、特殊な繋がりをどうしても感じてしまうんです。“なんでうちのお母さんだけが”、みたいなこともあるし。それに付随して、“なんで私がこんな風になってしまわないといけないんだろう”という気持ちから、母に対して“なんで、元気でいてくれへんねん”っていう、ちょっと怒りにも似たような感情が、最初の方はあったから。それをずっと引きずっていたら、悲しみだけで終わってたのかもしれないです。母に頼るとか、そういう元のお母さんに戻るとか、そっちの方で考えてしまい続けると、すごい、苦しいままだったかもしれないなと思うんです」

脳の障害は、母親の記憶をほとんど失わせてしまっていた。それでも、家に帰ってきて、家の匂いや、家族の声、自分がずっと住んでいた家の空気を感じるほどに、母親は回復をしていっている。それは医師にも驚かれるほどのスピードだった。

「自宅療養は最初はちょっと難しいんじゃないかと病院からは言われてたんですけど、帰ってきてからの回復はもうすごくて。慣れ親しんだ場所や、家、そして家族ってこんなにも強いのかと、パワーを感じているんです」

母親が倒れたことで気づく、夫や父親の新たな一面

この頃、すでに岩花さんは東京から地元に戻り、実家のそばに家を借りて介護を手伝うようになっていた。

「主人としては、兵庫に戻るということに抵抗はなかったみたいです。もともとは関西を拠点に始めていたビジネスだったということもありましたが、どちらかというと、母親のことがあってタイミングを合わせてくれたという節もあり、ありがたかったですね。主人はそもそも仕事人間で、家庭のことはほとんどやってくれないタイプなんで(笑)。もし、母親のことがなければ、もっと家事育児に対しての夫婦喧嘩をしていたのかもしれないし、主人との関係性も違ったものになっていたかもしれないと思います。なので、この3年間は、いろんな経験につながっているんです。父親の見方も変わったんですよ」

岩花さんの父親も仕事人間で、家のことは全て岩花さんの母親に任せきりの生活だったそう。そのため、母親が入院中は、岩花さんは父親の生活のサポートをしようとしばらく実家に暮らしていた時期もあったという。

「母親が倒れて父親の状態も良くなかったし、しばらく実家に戻って父親の身の回りの世話をしていたんです。私が東京に戻ったら、きっと出来合いのもの一色になるんだろうとか、そうなると父親を一人にさせられないなって勝手に思い込んでしまっていて。でも、全くいい意味で父親には裏切られたというか。一人になったら自分で料理もできるようになるし、すごいマメに掃除とか洗濯までしていて。今でも家を綺麗に保っているんです。“おっさんになっても、成長すんねんな!”って笑い話にしているけど、本当にすごいなって思っていて」

家族が“全ては介護のために”にならない生活を

「父は70歳になるんですが、介護費もかかるので仕事を続ける決意をして、今でも仕事をしながら介護をしています。姉と私にはなるべく介護を押し付けるようなことはしたくないと言っていて。行政がサポートしてくれるサービスは使い倒そうって、介護助成金のことを調べては、色々と申請をしてやりくりしていました。父は、家族じゃないとできないことをして、家族じゃなくてもできることは他人に任せるって決めたんです。追い詰められてしまうと、誰も幸せになれない。追い詰められないようにどうするか、それはサービスを受けることだって。裏を返せば、全部自分でやると意固地にならず、お金を出して解決できることであればプロに任せる。そういう介護への向き合い方をするって。でも、現実としての父の生活は介護と仕事が中心ではあるんです」

両親の生活の中に、余白を作って欲しいから

兵庫の実家のそばに戻り、職場とスーパーと家との往復が全てになってしまっている父親の姿や、母親の温泉に行きたいという希望を叶えられる宿が見つけられない状況を目の当たりにしていくと、岩花さんは次第に、父親にも、母親にも行く場所がひとつ増えるような、非日常的な場所を与えたいと感じるようになった。そこで奇跡的にも、タイミングよく見つけた家が、今住んでいる江戸時代から続く日本家屋だった。

「ここを見つけた時に、これだって思いました。ここは私たちの居住スペースでもありますが、商業目的での利用可の場所なので、このロケーションを生かして、リビングをワークショップなどの貸し出しスペースにしたり、敷地内に納屋があるので、以前から気になっていたよもぎ蒸しのサロンを人数限定で始めたりしています」

日常が日常ではなくなる時が突然訪れても

「父親は“一生旅行なんてできないと思っていたから旅に来た気分だ!”と喜んでいます。母親が倒れて3年の月日が経ち、周りにいる家族の新たな側面が見えてきたんです。母が入院中に、父と昔話をよくしていました。父親の半生を聞いていたら、知らなかったことが多すぎて、自分の父親ってこんなかっこいい人だったんだって気づけたこともあって。それぞれができる介護と生活の役割を持って、助け合って生きていっているのが今なんです。介護はもちろん物理的に大変なことはあるんですが、起こってしまったことを苦しい想いだけにはしたくない」

「母のことがきっかけで、感じたことのない感情を味わったし、想像もしていなかった生活も始められた。意識の矛先を変えてみれば、悪いことばかりじゃないんだって思っています」


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Profile

岩花理沙

1988年生まれ。大学卒業後、アパレル会社のグラフィックデザイナーとしてフリーランスとして勤務することがきっかけとなり、ウェブサイトのデザイン、書籍の装丁などのグラフィックデザイナーとして働く。現在は居住している家を活かして、スタジオスペースやよもぎ蒸しサロンを運営。29歳で現在の夫と結婚し、2児の母。

Photo Cosumo Yamaguchi / Text&Edit Chie Arakawa / Produce Ryo Muramatsu

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