2024.9.5

目で見える情報だけが全てではない 安倍佐和子

PROJECT

ことなるわたしたち

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

連載「ことなるわたしたち」のモデレーターを務める山瀬まゆみさんの育児休暇にともないスタートした番外編「ことなるわたしの物語」。いまを生きるひとりの女性のリアルな暮らしを垣間見ることで、人生の選択肢を増やすきっかけを込めてお届けするシリーズの7人目に登場いただくのは、誰もが認める美容業界の重鎮、ジャーナリストの安倍佐和子さん。

キャリアは化粧品会社勤務から始まり、雑誌「Make- up Magazine」の副編集長を経て、美容専門誌「VOCE」創刊の立ち上げを築いた。40代前半に、“編集部”という組織からの卒業を決断し、フリーランスへ。その転機となったのは美容医療への違和感だった。

日本の美容を牽引してきた安倍さんのキャリアを振り返りながら、“美しさの本質”について一緒に考えてみました。

知識は、キャリアの選択肢を広げる。体本来の力を取り戻すホリスティック医療との出合い

約20年前、ピーリングやボトックス、レーザー治療といった“美容医療”が日本の美容業界に入り始めた頃。最先端の美容医療をクリニックの医師に取材をしていた安倍さんはかすかな違和感を覚え、代替医療を学び始めたという。それが統合医療への興味関心の始まりだった。統合医療(https://www.ejim.ncgg.go.jp/public/about/)とは、近代西洋医療と相補(補完)・代替療法や伝統医学等とを組み合わせて行う療法であり、多種多様なものが存在する。

「アンドルー・ワイルという健康医学研究者の方の著書を読んで、統合医療やホリスティックに興味を持ち始めました。その知識を持ちたいと思い、4年かけて週末スクールに通うようになり、イギリスにも出向いて研修を受け、やっとの思いで資格を取りました」

その学びがきっかけとなり、その後、植物療法の一つであるフィトテラピーの資格も取得。現在は量子力学にも関心を持つようにもなった。

「40代に差し掛かるころまで、私は美容においてサイエンスのことばかりに目を向け、突き詰めてきました。でも、美容医療が入ってきたことによって、中立な部分が失われそうな感覚を覚えたんです。私たちは目で見えていることで多くを判断してきましたけど、目の前に見えているものだけが全てではないとも思ったんです。統合医療は目に見えないものを可視化できるというか、内なる自分を知るという視点もあります。そういう意味ではすごく深いし、面白いんです。これからの時代は、目で見ない状態でも健やかかどうかがきっとわかるようになるんだろうな、と。

具体的な不調の原因を見つけ出して薬を処方するという方法に限らず、包括的に健康のバランスを見てチューニングもしていくので、たとえば、自分の細胞のここが傷ついていそう、という診断が出れば、今食べ過ぎているものなどの栄養素の見直しや、心身的にストレスを感じていることなど自分の感情の部分までフォーカスして、少しずつ調整していくんです。自然療法ゆえ、即効性は期待できませんが、長期的に続けていくことで病気を未然に防ぎ、健康体を維持し続けられるという考え方です」

美容医療だけが最先端の全てではない。40代に入り、サイエンスとは真逆の自然療法という分野に幅を広げた安倍さん。

「私は中庸でいたいという気持ちが強かったので、医療で部分的に即効性を持って治すことから真逆の視点を持った、心身療法や自然療法といった自然治癒力にも目が向くようになったんだと思います」

当時を振り返ると、転機のもう一つの理由に、創刊から携わってきた美容専門誌「VOCE」編集部の卒業を挙げた。

「辞めようと決めたのは、そこまで大きな決断というわけでもなく、流れに身を任せた感じがあります。ただ、編集部は一つの組織ですから、その中の一つの歯車になるというよりは、“書くこと”に対して自分の中で大事にフォーカスしていきたいと思った記憶はあります。その覚悟をする、そう思ったタイミングが40代でした」

美容とは、“美という宝物を収める容器”のようなもの

美容というジャンルは、医療と同じで、常に最先端のテクノロジーを学びながらアウトプットをしていかなければならない専門分野である。ホリスティックやフィトテラピーを学び、専門分野を増やしていくことで幅広い視点を持つ彼女は、“美容”の本質的な部分をどう捉えているのか?

「容姿の美しさというのは、単なる結果だと思っています。例えば、体と心、それぞれを自分なりに極めていき、その上で色々集まってきたものが、“美”という容器に収まっているだけ。愛情に囲まれている、もしくは幸せな時間が多いとか、自分の体を思い遣った食事をとっているなど、一つ一つの行動に出た結果が容器として集まって、その人の容姿として滲み出ていくものだと思っているんです。なので心身ともに苦しい状況にいたら、容姿にも現れてしまう。ですからなるべく、好きなことを見つけて、好きなことに囲まれる心地いい生活をしていきたいと私は思っています。もちろん、今この歳になっているからそうできることかもしれないですよね。30~40代は自分自身でも感じていましたが、本当に忙しいし、気持ちの余裕を持てない時期でもありました。この歳になって思うのは、全部をやり切らなくてもよかったのではないか、ということ。今の私は、余裕がなくなってしまいそうな時が出てきてしまったら、何か一つ、捨てることを意識します。余白を作らないと、新しい情報は入ってこないし、自分自身を俯瞰で見ることができませんので」

大事にしている時間とそうじゃない時間を自分の中で見極める

捨てるものを選ぶ、もしくは、捨てたくないものを選ぶ。その判断基準の一つに、安倍さんは10年以上前から、毎月、新月の日に「ウィッシュノート」を活用しているという。いるもの、いらないもの、優先順位の整理をして、定期的に自分の一番居心地のいいと思えるニュートラルポジションを探っているのだ。

「私は自分の中のリズムが崩れているから、余裕がなくなってしまうんだと思っています。量子力学的に考えると、リズムが崩れるということは、そこにノイズがあるから。リズムを心地よく整えるためには、1日に1回でもいい、週に1回でもいい、もしくは月に1回でもいいから、ルーティンを自分に課してみるというのも一つの手です。私はノートをつけることで、大事にしていること、大事にしていないことの整理がつくようになりました。続けていて辛いと思うことだったらすぐに辞めてしまってもいいと思っているんです。辞めてみたら、実は大切なことだったと後から気づくこともある。そうしたらまたやり直せばいい。でも、経験上、辞めてみて後悔したことって、ほとんどなくて(笑)。知らず知らずのうちに好きなこと、心地いいものを選び取っているような気がします」

50代からは本来あるべき人間の姿

そうやって、なるべく心地がいいと思える時間を選択しながらキャリアを積み重ねてきた安倍さん。順風満帆とも言える彼女のキャリアの中で、フィジカル的なハードルはなかったのだろうか? 

「女性にとって50代は、身体的なターニングポイントでもありますよね。私の場合は、この時期を本来の人間そのものに戻る時期なのだと捉えています。元々人間として生まれ、たまたま10代から『女性』という変容期を持ち、50代に入ってその時期を終える。そんな意識でいるので、本来あるべき人間に戻れてよかったなと、捉えています。 もちろん、女性でなくなることに危機感を覚えてしまうタイプの方だとしんどいのかもしれません。実際のところ、体には多少なりとも変化はあるわけで、それに一喜一憂するのは辛いですよね。私がニュートラルな状態に戻れた、という感覚に至ったのも、中庸という意識の持ち方をしていたからなのでは?と思っています。これまで、サイエンスや皮膚科学などに触れるたび、ホリスティックな部分とも重ね合わせて、中庸である意識を持つようにしていました。なので、この体の変化に対しても、自然に争わず、ありのままの自分に身を置く、あるいは、そういうものに触れるような学びというのを足して、バランスを保っていた気がします」

否定も肯定もしない、どちらも補う中庸という考え

50代のフィジカル的なハードルも乗り越え、60代を過ごす安倍さん。実は5年前からコピーライト講座を受講するようになった。これまでも職業として多くの記事や書籍などの執筆をしてきたにもかかわらず、改めて学び直しを始めた理由とは?

「私にとって美容とは、医療の進化とともに学び続けなければいけないことです。そして、言葉も、一生学び続けてもいいものだと思っています。この講座には本当に、いろんな職業の方がいらっしゃっていて、普段、自分が使わないような言葉を使う方々とのコミュニケーションは新鮮です。課題も自分の領域ではない内容なので、頭の使い方も変わってきますし、語彙力の少なさを痛感することもあります」

講座に通い始めてから、原稿の書き方や仕事の幅も変わってきたという。これまでのスタイルを変えていく、これも中庸であるための安倍さんの一つの行動なのかもしれない。

「むしろ、10代、20代の若い時は何かを変えることを受け入れるのは、簡単ではないですよね。若い頃の方がいろんなことに悩んで、考えなきゃいけないことがいっぱいありましたから。でも、ある程度、歳を重ねたら、他人と比較をするのではなく、視覚的には見えない自分の内側にフォーカスしてみるのもいいと思ってます。シンプルに自分が心地いいと思えるような漠然としたことに目を向けてみるのも良いかもしれません。たとえば私は、日焼けは美容的に良くないとわかってはいたものの、40歳でサーフィンを始めました。心が解放される心地よさの方が勝っちゃったんですよ(笑)。 波という宇宙のリズムの中に身を置くことが、こんなに気持ちいいものだったなんて知らなかった。目で見えるものが全てではないし、目で見えないものも捉えてバランスを取る。それが私の生き方なのかもしれません」


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Profile

安倍 佐和子

1961年千葉県生まれ。化粧品会社、出版社勤務を経て独立。美容誌はもちろん、ファッション誌や一般女性誌など幅広いメディアで記事を寄稿し、広告や企業のブランディングなど、編集者だけでなく、ジャーナリストとしても幅広く活躍。認定ホメオパスやフィトテラピーアドバイザーの資格を持つ。著書に『人と比べない美人力の磨き方』(講談社)。

Photo Cosumo Yamaguchi / Text&Edit Chie Arakawa / Produce Ryo Muramatsu

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