2025.2.27

子育ても仕事も、完璧を求めない 桑原亮子

PROJECT

ことなるわたしたち

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

モデレーターを務める山瀬まゆみさんとゲストとの対話をお届けする連載「ことなるわたしたち」のインタビューシリーズである、「ことなるわたしの物語」。いまを生きるひとりの女性のリアルな暮らしを垣間見ることで、人生の選択肢を増やすきっかけを込めてお届けする番外編の10人目となる女性は、料理家の桑原亮子さんです。
2年前から東京にアトリエを構え、大阪と東京、二拠点の暮らしを始めた桑原さん。彼女は3児の母でもあり、家族は大阪に住んでいるため、月の半分は東京をベースに一人で過ごしている。
好きなことに打ち込める今の時間を大事にしたいという桑原さんの、子育てと仕事に対しての向き合い方を伺った。

22歳で結婚し、2児の母となるも、26歳で離婚

離婚してから3年、桑原さんは当時の職場の同僚と29歳で再婚し、翌年に3人目となる次男を出産した。現在、長男はすでに成人をして社会人となり、長女は短大に進学、次男は今年の4月で中学生になる。3人の子どもを育てながら、料理家としての仕事を両立させている桑原さん。子育ての成長過程の中で大変だった時期をあげるとするならば、と尋ねると、意外にも「子どもが思春期になり、大きくなって自我が芽生えていってから」と語った。
桑原さんがシングルマザーであった当時は、翻訳の会社に勤めながら3年間を過ごした。子どもが小さいこともあって、広島の実家の両親にもサポートしてもらいながらなんとかやりくりをしていたという。

「子どもはまだ小さかったんで、子育てはもちろん大変でしたけど、それは物理的な時間のなさであるとか、体力的な大変さであり、それ以上でもそれ以下でもなかったのではないか、と思い返します。広島に住む親もまだ若かったし、今では考えられませんが、よく大阪にもきてもらいました。子連れの再婚の壁もそこまで感じませんでしたね。当時の会社の同僚と再婚を決めた時、子ども達は8歳と6歳の頃でした。まだ小さかったし、単純に喜んでましたね。お父さんができるって。今の夫は、元々子どもが好きだったようで、子育てにも積極的にしてくれていて。今でも家事炊事などの家のことも私よりもやっていると思います。ただ、長男が思春期の時は、少しだけ家族の空気が重くなった時期はありましたね。反抗期になって、急に家でも喋らなくなって。ずっとムスっとしている感じ。あの頃は家の空気が重かったかな」

子どもはいずれ、親の手から離れていく。親子ではなく、人として向き合うように

新たな家族となって数年経っても、大きな隔たりを感じなかったという桑原さん。しかし長男が高校に進学、反抗期の真っ只中となり、時には家出をしてしまった。少しずつ親離れしていく子どもとに対して、どう向き合っていったのだろう?

「うちは長男、長女はどちらも穏やかなタイプなんです。でも、長男が高校生の頃、私と大喧嘩したら家を出てしまって。一日中帰ってこなかったんで、本当に心配しましたね。そういうタイプの子でもないと思っていたもので、びっくりしました。翌朝には自分から帰ってきて。きっと本人も感情のコントロールができない時期だったんじゃないかと思います」

桑原さん曰く、上の二人の子どもは勉強があまり好きじゃないタイプ。そして、なかなか将来に対しての考え方に関しても消極的で、進学、就職に関しても自分で何かを見つけることが苦手なのではないか、と感じていた。かたや、桑原さんの夫も、桑原さん自身も、やりたいことを見つけては夢中になって突き進むタイプ。親と子ども、生きるエネルギーに対してのギャップが出てきたのは、子ども達がそれぞれ10代後半になってからだった。

「夫は、良くも悪くも苦労してきた10代だったんです。シングルマザーの家庭で育ち、経済力的に塾にも行けなかったということもあったのにも関わらず、彼は独学で勉強して、バイトしながら奨学金で大学と大学院まで行って。だからこそ、ハングリー精神が育ったというか、そういう環境の中でも、彼はやりたいことに溢れている人生を歩んできた。苦労した経験も、楽しかった経験と思える人。なので、ダラダラしている子どもたちにはよく腹を立ててましたよ(笑)。夫にとっては理解ができなかったんでしょうね。自分と比べたら、こんなに恵まれてる生活をしている二人が、どこかやる気のないような生活を送っていることに対して」

親子の年齢という世代のギャップを感じて

何不自由なく育ててきたつもりの長男が、ある時テストを家に持ち帰ってくると、その用紙を見た夫が目を擦っていたという。

「人って信じられないことが目の前に起きると本当にそういう、目を擦る仕草をするんですね。彼からしたら信じられなかったみたいです。長男のとってきた学校のテストでの点数に本当に驚いていました。夫からしたら、学校の勉強は授業をしっかりと聞いて復習していけば、満点に近い点数が取れるものである、という感覚しかなかったみたいで。長男は高校を卒業したら、就職の道を選びました。コックになるって言い出したにもかかわらず、率先して何を調べるわけでもない。そんな長男に対して、夫はまた怒ってましたね(笑)」

「長女は長女で高校3年の時に、勉強は好きじゃないけど大学に進学したいって言い出しまして。夫は、“俺は勉強が嫌いな人にお金を投資するってことがどうしてもできないんだ”って言って、長女が進学のために受験を希望するのであれば、進学する大学への条件を出しました。長女もそれに納得して、塾に通い出し、勉強をし始めたものの、そこまで頑張れなかったように思えます。もともと勉強がそんなに好きな子ではなかったんでね。結果としては、条件に合った学校には行けなくて。短大へ進学することに。でもその間、長女に向けて、一体どうなりたいのか、という自問自答繰り返させるような家族談義の日々を過ごして。あの時は家族でひたすら話し合いましたね」

よくあるジェネレーションギャップの一つとも感じとれた二人のエピソード。親と子どもたちのある種、埋めきれない人格との溝が出てきた時、桑原さんはどんな風に感じているのだろう?

子育てと仕事、どちらも完璧なバランスは求めていない

「私は子ども自身にこうなってほしいという願望がそこまでない親といいますか。そこを奮い立たせてやる気を出させるほど頑張る親じゃないんです(笑)。夫は、それでも、面倒見よく、一緒に探していくタイプ。そこは夫婦としては少し違うところかもしれません。私はやる気がなかったら勉強もやらなくていいと思っているし、最低限のサポートは親としてもちろんやりますが、自分の責任は自分で取りなさいよ、という考え方なんで。私にとっては、好きじゃないことを頑張るってことのほうが難しいことだから。なので、小さい頃から何かを強制してやらせるようなことはあまりしなかったんですね。そしたら、子どもたちが大きくなってからが大変になりました。大きくなって、一人の人間同士として向き合うようになると、自分の子どもながらに理解できないことが多い(笑)」

「育ってきて、自我が出てくる子ども達に、本当に私とは別人格の“人”だと実感しているし、もちろんこっちの思い通りになんてならない。家族って血が繋がっている他人だよね、と夫ともよく話していて。大きくなるにつれ、それは本当に感じていることです。それに、子どもって必ず親離れするものじゃないですか。なので、私は子育てにそこまで自分の時間を費やしてのめり込めない気質というか。子どもが育った後も自分の人生が続いていくのだから、子育てがあるからやりたいことを諦めるということはしたくないなって強く思ってるんです。そこの完璧な両立を目指すから、きっと悩むのであって、私はそこの完璧を目指してはいないんです」

全部を完璧にやるのは難しいと割り切って、どこを捨てるかとか、どこをきっちりやるとか、線引きをするのが桑原さんのスタイルだ。ひょんなことから桑原さんがリスクを負ってでもしたいと思った料理家としての仕事はスタートした。そして大阪で2軒アトリエを作り、東京でもアトリエを作った。もともと好きだった家の内装や家具、食器に至るまで、自分の好きなように自分の場所を彩り、たった10年で3軒ものキッチンスタジオを完成させた。いずれもフルリノベーションをして、自分の納得できる場所を。

二拠点にすることはリスクもあった。その代わりやりたいことの幅が広がった

「アトリエを作る、そんな経験をしたからか、私は何かを始めたいと思った時に、リスクなしで始められることはなかなかないと思うようになりました。今の暮らしは、金銭的にもゆとりがある暮らしだとは私自身では思っていないんです。リスクを持ってしてもやりたいことがあるから、それなりにお金が必要だ、と思っているだけで、私にとってお金っていうのはそういうものでしかない。職業柄、ノーコストでやりたいことやるということは、私にとっては難しい事なので。 ただ、好きな事に対して100%で突き進められることが仕事となっているというのは非常に幸せなことだと思っています」

好きが総じて、やりがいを持った人生を全うできる人はそう多くないだろう。しかし、一つの“思い”を貫くと、リスクはあるが、想像以上に世界が広がっていくこともある。自分自身が課せるリスクだからこそ、乗り越えようと努力できるものでもある。二拠点になり、家族の時間が物理的には減ってしまったのではないかと問うと、桑原さんはそんな意識も持っていなかった。

「私たち家族は、離れて暮らす時間が増えても仲の良い方だと思います。長男は去年の4月から一人暮らしを始め、私は東京に半分身を置いている状況ですが、大阪で暮らす3人は、夕食後に毎夜ボードゲームをしています。私も帰った時は家族で夕食を終えて、気付けば3時間くらいボードゲームに夢中になっている日もある。先日は、家族5人で休みを合わせて広島の実家にも帰りました。私が東京に住むことになって、家族で東京に遊びに来るという機会が子ども達にとっていい刺激になってるみたいで、それはそれでまた、新たな環境を育んでいるのではないかと感じています。私は東京にベースを持つことで、仕事の幅が確実に広がりました。そうやって、一緒に過ごす時間が減ったとしても、新たな家族としての育みがあれば、それでいいのではないかと思っています」


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Profile

桑原亮子

1982年生まれ。翻訳会社の会社員を経て、料理家に転身。自身が運営する料理教室「SPICEUP」は、ハーブやスパイスを取り入れた料理を得意とし、‟HERB SPICE SEASONS”をコンセプトに季節や旬を楽しめるレシピのレッスンを行う。大阪と東京を拠点に、二拠点での生活を送る。近著に「予約の取れない料理教室SPICEUPの作りたくなる日々のごはん」/主婦と生活社。

Photo Cosumo Yamaguchi / Text&Edit Chie Arakawa / Produce Ryo Muramatsu

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