ご機嫌でいられるための引き出し 野村友里×山瀬まゆみ
ことなるわたしたち
「仕事」をひとつのテーマとして始まった料理人・野村友里さんと、アーティスト・山瀬まゆみとの対談は、答えを出さない生き方の面白さへと話題が転がっていく。連載「ことなるわたしたち」。社会の中で生きる意味や日々の変化について、野村さんが主宰する店〈eatrip soil〉で聞いた。
――前編はこちら
働くモチベーションは、誰かが喜んでくれること
野村友里(以下、野村) : 父の畑を手伝いに来てくれる私の友人たちは、泥だらけになりながら、気持ち良さそうに働いてくれるんですね。年齢もさまざま。朝靄の中で働き始めて、自分達で収穫したジャガイモと筋肉痛をお土産に帰っていく。みんな無償で働いてくれていて「これで、シフトが組めるな」って思ってしまうくらい(笑)。でも、あの空気感は、もしも義務や仕事になってしまうと、途端に違うものに変質してしまう。働いている内容は変わらないのに、「交通費出る?」って気になるはず(笑)。その境界線はなんだろうと、よく考えます。80歳を過ぎた父と一緒に畑仕事をするようになってよくわかったのは、歳を取って働くことのモチベーションは、とにかく誰かが喜んでくれることなんですよ。
山瀬まゆみ(以下、山瀬) _「ああ、今日は楽しかった」で終われたら、体がどれほど疲れていても、すごく良い1日ですよね。
野村_うん。人生の中でいろんな要求があってタイミングもそれぞれだから一概には言えないけれど、半分農業、半分何か違うことをしながら、行ったり来たりできるといいんでしょうね。畑をやっていると「今日はここで全部ジャガイモを植えないと手遅れで芽が出ない」みたいに、自分のスケジュールになんて合わせてもらえない。振り回されるって言うか、思い通りにならないことを身体で知っていると、気づきが多くて、幸せになりやすい気がします。
山瀬_ 思い通りにならないからこそ、気づきがある。
野村_人間関係も同じなんだと思います。子育てだって、親との関係だって思い通りになんて絶対ならない。でも、一度離れて眺めたら、その尊さがよくわかるでしょう? 海外に留学したら、日本だったり地元だったりの良さがよくわかる。物理的な距離だけでなく、時間的な距離もありますよね。「もう大嫌い」って別れた後に、しばらく経って思い返すと「やっぱりいいヤツだったかも」って思い直したりする。真ん中に入りすぎてその渦中にいると、大事なものまで見えなくなってしまうのかもしれない。だから、半農半アーティストみたいな生き方をする友人が増えているのかも。根源的なものに触れていると、多分、ご機嫌でいられるための自分の引き出しが増えるんじゃないかしら。
山瀬_なるほど。日常から少し離れた居場所があると、どちらも客観的に見えるから。
野村_そうやって根源的なものに触れて、同じような景色を共有できる人たちも、それまでの道筋はみんなバラバラなんですよね。ハングリーな環境から出てきた人もいれば、恵まれた環境の人もいる。でも、生きてきた道筋が違うから話せることがたくさんあって、共通する「景色」をより広く伝えるためには何が必要なのか?って考えた時に、足りないものを互いに補っていくんだと思う。すべてが言葉にできるわけではないし、したいわけでもなくて、でも理解し合うことはできる。そうやって多くの言葉にならないようなものを交換するためにアートが必要になったりするのかな。だから同じものを見たり聞いたりして感動するのかなって思います。
ちょっと難しい抽象的な話かもしれないけれど、でもこういう議論こそが、大事な気もする(笑)。
山瀬_ だから友里さんは、場を作ろうとしている。
野村_基本的には、井戸端会議のため(笑)。友人の精神科医から聞いた話だけど、近頃は一般的な答えを知りたくて、ChatGPTに悩み相談をする人が多いらしい。絶対に怒らないし、冷静に優しく答えてくれるからって。確かなものが欲しいのかな。でも、答えはひとつじゃないよなって思うんですよね。本当は答えなんてないし、間違いだってない。もっと気軽に喋る「場」があれば、その答えのなさを感じられるのだと思う。
確かな答えなんて、ないのかもしれない
山瀬_私も答えが出ない方が心地いいんですよね。含みがある方が楽しいし、驚きがあるから。料理でもレシピ通りにきちんと測るのが苦手です(笑)。自分の心地よさに従う方が楽で、それは日々変わるものでもありますよね。
野村_私も答えをあまり信じたくない。一気に答えに辿り着いてしまったら、失敗も寄り道もできないから。親が子どもに対して「危ないから、やめなさい」って言う時には、親は答えを知っているんですよね。でも、子どもは危ないことをしたいんですよ。もっと違うことが起こるかもしれないと思っているから。それで自分なりに可能性を探るようになって、親の言うことを聞かなくなるのが反抗期なんだと思う。そのマインドは、今もずっと持っている気がする(笑)。正解があるとしても、可能性を信じたいから、答えを疑うと言うか。
山瀬_ 仕事は、答えを出さなきゃいけないと思っているから、労働っていう感じがするのかも。
野村_ビジネスは個性を伸ばしてくれないから。コントロールして、効率を求めるようになって、するとはみ出せなくなってしまう。だから、ここ(eatrip soil)には、本当に気になったものだけを置くようにして、できるだけ自由にいられる空間を作るようにしています。食材店はたくさんあるから、はみ出していなかったら、どこにも引っかからない。
山瀬_「循環の一部になりたい」という友里さんの言葉は、このお店にも表現されていますか?
野村_お店の漢方相談で使っている机は、私の祖父のものを引き継いでいるんですね。使っているとどんどん愛着が湧いてきて、大事にしたいなと思うようになる。そんな風にお爺ちゃんお婆ちゃんたちと、今がきちんと繋がっていれば、大切なものは変わらずに、そのまま残っていくはずだから。それが畑であり田んぼであり、もっと言えば、土地の風景そのもの。「良い食材」と私が思うものは、その風景や環境を守ってくれていると思うんですね。昔ながらの作り方だったり、その土地の良さが詰まった食材が愛されていれば、子どもたちが大きくなってもその風景を見せてあげられる可能性がある。
山瀬_どんな年代にも「食」は共通するテーマだから、普遍的な価値観に行き着くのかもしれないですね。
野村_「美味しいってなんだろう?」とか、「より良い食材って?」と、考えていたら、どうしても壮大な話になってしまう(笑)。「世界一美味しい人参」について考えたら、それは単に化学的に成分を分析して解明できるものではないだろうなと思うんです。自家採種のできない、品種改良されたF1種ではなく、生き抜こうとしている在来種だろうと。その土地に行かなければ食べられないもの。育てている人の考え方、生き方まで関わってきてしまう。すると全部繋がって、やっぱり私はその流れの一部になりたいと思うんです。
※F1種
異なる固定種を両親に持つ一代目の雑種のことで、「雑種第一代」や「一代雑種」とも呼ばれる。日本の農業においてはF1種が全体の90%以上を占めている。
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Profile
野村友里 Yuri Nomura
東京都生まれ。おもてなし教室を開いていた母の影響で料理の道へ。ドキュンメンタリー映画『eatrip』では、監督を務めた。2019年に表参道GYRE内にグロサリーショップ『eatrip soil』を、2024年には祐天寺に『babajiji house』をオープン。食物と植物をテーマとした展覧会『衣・食植・住』展では伝統的な暮らしから今を考えるなど、さまざまな活動を行なっている。著書に『とびきりおいしい おうちごはん』(小学館)など、多数。
山瀬まゆみ Mayumi Yamase
1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ (肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。