2025.7.30

いくつになっても、人生は変えられる 石橋洋子

PROJECT

ことなるわたしたち

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

連載「ことなるわたしたち」のインタビューシリーズとして、ひとりの女性のリアルな声や暮らしをお届けする「ことなるわたしの物語」。いまを生きる女性たちの人生の選択肢を増やすきっかけを込めてお届けする連載の13人目は、インフルエンサーの石橋洋子さん。 結婚して30年。すでに成人となり、独立した息子がいる石橋さん。勤続約40年を迎えた年、看護師としてのキャリアに終止符を打ち、インフルエンサーとしての事業をスタートした。63歳となった彼女のInstagramのアカウントフォロワー数はなんと9.6万人。なぜ、皆が彼女に魅了されていくのか?石橋さんの半生を振り返る。

看護師を辞めた理由はひとつじゃない

58歳で石橋さんは長らく勤務していた病院を辞めた。きっかけは、Instagramのフォロワー数も伸び、反響もあったため、仕事の案件の依頼を受注し始めたことが一つ。もう一つは、求めていた看護観に矛盾が生じたため。

「勤続年数も長かったし、年齢的にも管理職になる年頃だったんで、私も課長になりました。配属された病棟は脳梗塞やくも膜下出血などの脳疾患の患者さんに対しての回復期医療を専門としたところ。看護課長になり、日本一とは言わないけど、大好きな理事長の熱意に応えるべく九州一の回復期病棟を作ってやろうって、意欲を燃やしていました。そのためには、職場環境を良くすることが最も大事なことだと思っていました。だって、嫌な思いをして仕事に来たら、いい看護はできないし、明日仕事に行きたくないな、って思いながら仕事をするのは苦しいだけじゃないですか。でもね、その当時はそんなことを考える看護師長なんていなかったから、院内ではかなり異色の存在だったかもしれません」

いわゆる中間管理職になった石橋さんは、職場環境を良くするため、上下関係の律を立てるのではなく、後輩でも、先輩でも他職種も関係ない、お互いが労らい合える関係性を目指していた。他職種を交えた定期的な交流会の企画幹事まで。患者の身になって考えていく看護ケアの日々が楽しくて仕方なかった。

「何かがおかしい。管理職になって日を追うごとに、病院に対しての違和感を覚えるようになりました。夜勤明けで疲れきった看護師を目の前に、当時の上司は『カウンターに埃が溜まっている』と言い、私がお花の花瓶の水を交換していたら『そんな仕事は部下にやらせればいい』と言ってくる。管理者って一体なんなんだろう?そんな上司に私はなりたくない。“お疲れ様でした、みんな頑張ったね”の一言が大事なんじゃないか。忙しいスタッフの代わりに私が水を交換することの何がいけないのか?そんなのだったら管理者にならならない方がいいって思い始めた頃でした」

ふとしたことがきっかけとなり、石橋さんは降格することになる。

「そこから、私の人生は変わったんです。降格の理由も身に覚えの無い内容で納得できず、信じていた母親に裏切られた気持ちでした。何を信じたらいいかも分からず、死も考えました。でも私が死んだら、納得のいかない病院の対応を認めることになる。辞めようかとも思いましたが、それも私が認めたことになるし、子どものように思っていた部下のことも心配だったし。生活の基盤を失うのも怖かった。判断に大きなショックを受けたものの、当時は辞めることや転職の決断までには至らず、続けることの選択しか出てこなかったんですよね。私の人生はジェットコースターみたいって思いました」

管理職から外れ、平の看護師になった石橋さんは異動先でもこれまでにない人間関係に悩まされる。

「世話好きの私は患者様に良かれと思って指導したことにクレームが届き、上司からは『なぜあなただけクレームが来るのか?』と言われるし。他の看護師は患者様に関わらないので、と言っても上司に理解はしてもらえませんでした。『もう患者様には何も言わない』と言った事もあります。それでも、患者様から身の上相談もよく受けていました。そんな私のケアを褒めてくれる患者様もいたのに、それは流され上司は認めてはくれない。その後、6年くらいは本当に悩みました、だけど顔には出さずいつも笑顔を絶やさなかったし、家族の前では弱音は見せませんでした。20年以上、同じ病院で勤務していたら、患者様やご家族とも仲良くなるんです。そして末期看護はそういう人たちを何人も見送る事になる。死に携わる度に、悲しさにこれ以上耐えられない気持ちにもなる。それでも天職だと思ってやってきました。でも、もう“私は必要とされてない”って感じる事が多くなっていったんです。それで、58歳で看護師を辞める決断に至りました」

看護師に捧げた30~40代

高校時代、石橋さんは世界に羽ばたきたい、そのためには美容師になろうと志した時期があったそう。母親に相談すると、“結婚しても、あんたは離婚をするに違いないから、看護婦になったら”と、勧められる。これも一つの親孝行と思い、石橋さんは看護師を目指し、国家試験に合格。晴れて看護師という職業を手に入れることになった。

「好きでなりたかった職業でもないけど、私は人が好きだし、おしゃべりが好きだし、人のお世話が何より好きだから、看護師は天職だったって思っていたんです。でも、始めたての頃は本当に大変で。1年目なんて、大変すぎて必死で仕事に行っていたと思います(笑)」

それでも、辞めようと思わなかったのは、自分が選んだ道として、納得していたことだったから。それと、看護学校時代、夏休みにアルバイトしていた先でお客さんに言われた言葉が、今でも心に残っているからだった。

「私、好奇心旺盛なタイプなんで、とにかくいろんなことに興味があるんです。看護学校時代の夏休みはクラブでアルバイトをしてみたんです。そこですごく衝撃を受けて。売上トップの女性が休憩中に、日経新聞を読んで、英語も流暢に喋るんです。私は水商売に対して勝手な先入観を持っていたから、本当に驚いて。バイト中、テーブルについた男性と話している際にとある質問をされて、“バイトなんでわかりません”って言ったことがあったんです。そしたら“ここにおる限り、お前はプロやろ。バイトも正社員もない、ここに座ってる以上は、お客さんが同じように接客を受けないといかんやろ”って。それがずっと残ってて。看護師になった1年目も、患者様が同じお金を払って入院しているわけで、患者様は看護師を選べないわけですから、とにかく一刻も早く一人前になるってがむしゃらになって働いていましたね」

夢中になって仕事をしてきた30代以降。その間、結婚をし、子どもに恵まれ、たとえ家族との時間が犠牲になっても、仕事は辞めずに続けてきた。次第に実績がキャリアとなり、石橋さんは管理職のポジションまでのぼるも、降格となった。

「正直、こんなことになるんだったら、もっと子どもとの時間をちゃんと作ってあげればよかったって思う気持ちもあるんです。人生何が起こるかわからないからこそ、自分の選んだ道がちゃんと納得できるような30代を今の人にも送って欲しいと思ってます。息子とのことは少し後悔はあるけれども、たとえもう一度あの時に戻ったとしても、同じ選択をするんじゃないかな」

息子が独立してからの方が、夫婦関係は良くなる

そんな激動な看護師生活を終え、今はインフルエンサー、ファッションディレクターとして活躍する石橋さん。変わらないのは良好な夫婦関係と、大好きなファッションとお買い物である。取材当日も、石橋さんはお気に入りのセレクトショップで買い物を済ませてからスタジオへ足を運んでいた。

「私は、見ての通り洋服が大好きで、貯金はせずに、働いたお金を全て洋服に注ぎ込んでますから。自宅はもう洋服で一部屋潰れている状態で。とにかく私のモノが多いんです。それは、今の職業になって始まったことではなく、本当に昔からで。主人には何度も“普通に暮らしたいけん、もう出てってくれ!”って言われていましたね。散らかすから(笑)。今の仕事が軌道に乗って、看護師時代よりも収入が増えたので、その申し訳なさから、一人で暮らす物件も探してみたこともあったんです。でも、彼は彼で私がいなくなったら生きていけないとも思うんですよね。彼は洗濯だけはするんですが、他は何もできないから」

重大な喧嘩にはならないまでも、夫との小競り合い程度の喧嘩は、この結婚の年数ともなればもちろんあるようだ。

「夫婦というか、もう、友達みたいな感じなんですよね。寝室も別々ですし。でも、旅行行くってなったら、女友達よりも夫と行った方が楽ですね。離婚も考えたことはないです。むしろ、自分が選んだ男と、なんで離婚するのか理解ができない方で。だって、“私が選んだ人やん”って思ってしまうんですよ。価値観が違うのは当たり前のことで、性格って幼少期の育て方で形成されると思っていて。それって、要はそれぞれが持っている“常識”っていうのが違うのも当然なわけで。夫婦間にかけ違いが起こったとしても、私はそもそもが、“人それぞれ”だと思っているので、自分が選んだ人生なんだから、間違いないって思い続けています」

人生は変えられるし、気持ち次第で必要な人が現れてくるもの

石橋さんの半生は、ずっとのぼり調子だったわけではない。浮き沈みがもちろんあって、その都度、深く考え込まず、ポジティブなマインドへと持っていくようにしていた。そして、今でも大事にしているのは“人との縁・感謝の気持ち・思いやり”だという。

「人生って面白いことに、いろんなところで繋がってくるものだと思うんです。必要がなくなった人との繋がりは自然となくなり、必要と思うつながりがどんどん現れてくる。そうするには、自分のマインドをちゃんとコントロールしなければならないって思っていて。たとえば、悲しいことがあったとしても、悲しいとずっと思っていたら、どんどん悲しくなって落ちていく。だから私は無理してでも、いいように考えていくんです。そしたらすごく楽になる。チャンスも実はいっぱい転がっていると思うんですよね。それを見つけられるか、気づけないでいるか。そしてその時、何を選択できるかによって、人生はいくらでも変えられるって、私はそう思っています」


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Profile

石橋洋子

1962年生まれ。153cmという小柄な体系を活かし、同世代に向けて等身大のファッションコーディネートをインスタグラムで投稿していくとたちまち人気に。現在はアパレルブランド「Lazo_N33°」のショップチャンネル・ディレクターを務める。著書に「アンダー153cm60歳カッコよく着こなす大人コーデ」(朝日新聞出版)。

Photo Cosumo Yamaguchi / Text&Edit Chie Arakawa / Produce Ryo Muramatsu

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