自分のあるまま、ありのままで生きる理想のカタチ 佐々木早苗
ことなるわたしたち
2025年8月20日より、オルビスの体験特化型施設「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」(東京・表参道)とヘラルボニーのコラボレーション企画がスタートする。本企画で販売するグッズのデザインは、3名の作家のアートを起用したものだ。その作家のひとりが、佐々木早苗さん。岩手県花巻市にある「るんびにい美術館」のアートディレクターを務める板垣崇志さんを通して、ヘラルボニーに在籍する作家・佐々木早苗さんという人物を紹介する。
コラボレーションのきっかけ
ヘラルボニーは、岩手に本社を置くクリエイティブカンパニー。国内外の福祉施設に在籍するアーティストと共に、障害のイメージ変容と福祉を起点にした新たな文化の創出を目指し、企業とのコラボレーションなど多角的な事業を展開している。「異彩」と表現する障害のある作家1人1人の特性を尊重し、アートとして昇華することで作家の収益性と同時に、個人としての自立にも貢献している。その取り組みが、オルビスのスマートエイジング®という思想(その人が持つ可能性を引き出していくことに価値を見出し、多様な個性を自由に表現できるここちよい社会の実現を目指す)に通じると考え、コラボレーションが実現した。
今回の2社の取り組みでは、「Healing By Routine」をテーマに、「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」にて、佐々木さんを含めた3名の作家のアートを起用したオリジナルデザインのボトルの販売を期間限定で行う。
早苗さん自身のこと。板垣さんとの出会い
社会福祉法人光林会が運営する「るんびにい」美術館。ここは、美術館という名の福祉施設でもある。早苗さんが同館の母体法人が運営する入所施設にやって来たのは、るんびにい美術館ができて、板垣さんがアートディレクターとして関わるようになるもっと前のこと。現在63歳になる早苗さんだが、彼女が10歳くらいの頃だったそう。
「早苗さんが、30代半ばの頃、施設にさをり織りという織物の技法が導入されたのを機に、織物を始めたようです。その数年後に僕が初めてこの法人に関わり始めた頃も、早苗さんはその織物や刺し子などに取り組むグループにいて、絵は描いていなかったんですね。早苗さんと接点を持つようになったのは、彼女が絵を描き始めているので、見に行ってみてほしいと職員から声をかけられたのがきっかけです。私が初めて見た作品は、黒のボールペンで、A5サイズくらいの紙に5ミリぐらいの長さのストロークで、縦の線をびっしり隙間なく引いて、その上から今度、横の線をびっしり隙間なく引いて。そうすると、縦、縦、横、横の5ミリ角ぐらいの黒い四角が出来上がるんですけど、その四角の隣に1個ずつまた、びっしり隙間なく5ミリくらいの縦線と横線を描いていく。それを繰り返して、紙の隅から隅まで埋め尽くした作品でした。それが、たくさんの四角が並んでるシリーズの始まりだったんです」
「そもそも、早苗さんは、絵を描いたら飾る、見せるというイメージを全く持ってない人で。ある程度、その日に描きあげた分を終えたら、毎回、4つ折りに畳んで、お菓子の空き箱とかにしまっていたんです。なので、当時の作品にはきっちり、4つ折りとかにしたような、折り目がついていて。 それが最初の頃の早苗さんの作品を特徴づける痕跡ですね。このような痕跡があるのは、最初の3〜4点ほど。描き始めた最初の1年間くらいの作品に確認できる特徴です」

公募展への出品や入賞といった出来事もあり、早苗さんが絵を描いていることは多くの職員が認識するようになった。美術館が2007年にできた時、早苗さんが所属していた織りと手芸のグループを母体にして、絵を描いていた他の数人のメンバーも合流する形で、新たにアートとクラフトの創作グループが誕生。美術館のアトリエが、そのグループの活動場所になったことで、早苗さんは板垣さんと関わりを持ち始めた。どこからともなく紙とペンを調達し、黙々と一人で描き進めていくタイプの早苗さんの創作スタイルに、板垣さんは見守るだけのスタンスをとっていた。

「本当に我が道をいく、という方なので、誰かと自分から距離を詰めるというのもなく。自分のやりたい営みは自分で、成立させて、自分で維持していくみたいな感じだったので。私がすることは紙がなくならないようにとか、ペンがかすれたら補充するとか、創作環境の維持というサポートでした。早苗さんがなぜこういう表現をするのか。それは今も謎のままです。人というのはそれぞれに巨大な謎だっていう事実をすごく深く突きつけられるというか。早苗さんは私にとって、荘厳な存在ですかね」
抑圧されない生き方、自分ってなんだ?

我が道をいく早苗さんの姿勢、創作への向き合い方は、自分のあるまま、ありのままの姿で生きている。ただ、時代はそんな剥き出しとも言える生き方がしにくい環境も往々にしてあり、“生きづらさ”を持ちあわせて過ごす人も少なくはない。お互いが配慮し合い、時に、誰かの顔色を、様子を伺いながら生活をしていかざるを得ない社会があることは否めない。

「彼女の作品に受けるインパクトは、“それ以外に何があるのか?”という決然とした生き方のインパクトなんですよね。私はそれに圧倒され続けているという気がしています。早苗さんには、遠慮がありません。空気を読むこともない。人の都合や思惑に関心を払うこともないんです」
板垣さんはその言葉に付け加えるようにして、早苗さんのあるエピソードを話し出した。
「アトリエを見学に来てくださった、お母さんと小学生の息子さんがいらっしゃったんです。息子さんが早苗さんの絵のファンだったそうで。二人は早苗さんの横で様子を伺いながら、創作する姿を遠慮しながらみていたんです。早苗さんは二人を気にせず、描くことに没頭されているようでした。帰る頃に、お母さんが息子さんに 握手をしてもらいたいんでしょ?って促して。早苗さんに向かって手を出そうかどうしようかと躊躇している感じだったんですね。それに早苗さん気づいて、どうするのかなって思ったら、彼の手を下からだったかな、こう包み込むように握って、上下にふんふんって振ったんですよ。その心の行き交いがすごい素敵だったなって」

「早苗さんは誰かにおもねることもしないし、遠慮をすることもない。でも、人への労りとか、人から受けた純粋な気持ちに応えるという感情、思いやりというんですかね。それは確かにあるんですよね」
ありのままに生きること、それは他者に対する恐れや不安がない状態のことを表すのではないかと板垣さんは言う。
「恐れや不安は、自分の立場の利益が損なわれる心配をすることから生まれると思ってます。その恐れた状態で様子を伺っていることを表しているのが“空気を読む”ことだと思うんですけども。 自分がやっていることの価値を、その存在の正当性を、誰かに“証明してほしい”という他者に頼る気持ちから生まれるものだとも思うんです。でも早苗さんは一切そういう依存がないんだと思います。というのも、早苗さんにとって、絵を描くのはすごく夢中になることだけど、描いた後の作品にご自身は興味がないんです。そもそも、誰かに見せて証明するという概念がないんだと思います。早苗さんは生き方の全てにおいて、自分の価値を人に頼らないという姿勢で一貫してますね」


「早苗さんは嫌なものは嫌、というのが態度ではっきり出る方なんですね。たとえば、早苗さんとコラボレーションを検討している企業の方が訪れて、ギャラリーで早苗さんの作品を前に早苗さんと一緒に写真撮りたいって、声をかけたりします。早苗さんは、まあいいけど…という感じで、制作の手を止めてギャラリーへ向かいます。そこで結構、何枚もパシャパシャ写真を撮っていると段々とイライラしてきて、1枚2枚かと思って付き合ったら、一体いつまで撮るんだって、突然すごい剣幕で怒るんです。最近こそ、そこまで怒らなくなったな、って思いますが、そんなふうに気持ちをいつわらずあらわにする方なんです」

でも、夢中になっている時間を遮るとしても、男の子に優しく応える一面もある。制作に対しての集中力、成果物に対しての無関心、時間を遮られた時の怒り。全てが早苗さんのいろいろな面である。

「早苗さんにとってのその全ては、絶対的なものなんです。自分が感じることに100パーセント基づいていて。自分の感覚を基準に、創作も含め、生き方があるんです。 それ以外の道を選んでいたらもっと楽だったのかもとか、もっと良かったのかもっていうような、オルタナティブな 自分のあり方を想像して後悔するみたいなのが多分ないんだと思うんです。早苗さんの絶対っていうのは、何かと比べてこっちのほうが圧倒的に強いっていう程度の絶対ではなくて。1ミリも一瞬も他の何かと比べないっていう、永遠に比べないっていう本当の絶対性が早苗さんの中にはある。だから、多くの人がなにか他の人との関係で悩んでたり、他者の思惑に抑圧されている自分から自由になりたいと願うときに、早苗さんの生き方が、理想形のように感じられてハッとするのではないかな、と思うんですよね。抑圧されない自分のあり方とはなんだ?って考えた時、そのあり方を完全な形で早苗さんは実現していることに気づくんです」
飽きた、という気持ちは何か意味があるはずだ

早苗さんは「るんびにい」の座る位置がいつも決まっている。到着したら、座って、ひたすら集中して絵を描き続ける。それが彼女のルーティンだ。

「この形を描くことが楽しいと感じたら、何年かは続けるんです。ずっと丸や四角を描き続けたり。でも、何年かすると飽きるんですね。だんだん、休んでる時間の方が多くなってね、寝てたりとか。数年間やり続けたものでも、飽きるとスッとやめるんです。私はそこに何かすごい大事な意味があると思うんです。飽きるってなんだろうって言った時に、何かやっぱこう、合わなくなってくることだと思うんですね」

「自分のそれまでを満たしていた、しっくりくるっていうエネルギーの流れがなんか違ってくる。自分にとって、必要なエネルギーはこれじゃないってなった時に、馴染まなくなる。楽しみ、喜びが、薄らいでいく。だから次に新しい形、エネルギーを入れるのはこれだって見つけて、またしばらくそこからエネルギーを取るっていう。そういう流れを早苗さんは知っているのかな。それはどこか諦めとも違うんです。飽きたことを受け入れて、違う方向に目を向けて、新しいエネルギーが入ってくる。そこでは受け入れる力というものが必要で。きっと、そこには言い訳みたいなものもないのだと思うんですよ」

続ければ続けていくほどに、そこに費やした労力、時間を気にして、執着をして、やめることに不安を抱いてしまう。そんな気持ちを多分、早苗さんは感じていない。
「それまでが3年だろうが10年だろうが30年だろうが、早苗さんにとっては関係ないんだと思います。今がどうか、それだけが意味があって、一瞬であっても、過去というものにあんまり価値を置かないんじゃないかな」
過去と今を比べない。早苗さんは時間に対しても“今”の価値が常に絶対的なのだ。

「私はここにきて、そういうことを感じているんです。とんでもない生き方を平然とやってる人が、目の前にいるから。彼らを目の当たりにすると、その生き方の事実は確かにあるんだって思うんです」
コラボレーション企画の詳細はこちら(期間:2025/8/20~10/19)
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Profile
板垣崇志 Takashi Itagaki
1971年、岩手県花巻市で農家の長男として生まれる。脳の認知機能の研究から銅版画に転向した大学時代を経て、1998年に地元の障害福祉施設ルンビニー苑の門をくぐることに。以後、同苑を始めとする福祉施設や支援学校などで知的な障害・精神の障害と共に生きる方々の造形表現の支援に取り組み続ける。同苑運営法人の美術館設立計画に携わり、2007年開館と同時に「るんびにい美術館」アートディレクターに就任。2016年、知的な障害のある人が講師を務める出前授業の普及を目指す、であい授業プロジェクトをスタート。それらの実践をさらに拡張するため、2020年「しゃかいのくすり研究所」を設立。

Profile
佐々木早苗 Sanae Sasaki | るんびにい美術館(岩手県)
絵画のみならず織り物、切り紙、刺繍など、いずれも緻密で色彩と構成の妙に富む様々な表現を生み出し続けている。自分の作品への賞賛には興味がなく、制作のリズムを乱されることを嫌う。そのため周囲の人々は、制作中の彼女に話しかける際はタイミングをはかる。一つの仕事に数か月から数年集中して取り組んだあと、不意にやめて別の仕事に移るのが常。佐々木早苗の表現は様々な様式をたどりながら、今なお変化し続けている。