2025.9.25

伝えたいことの本質は表に見えているものだけじゃない 長嶋りかこ×山瀬まゆみ

PROJECT

ことなるわたしたち

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

連載「ことなるわたしたち」のゲストは、引き続き、デザイナーの長嶋りかこさん。 前編では、本を出すこと、そして母になってからのこれまでのことをファシリテーターの山瀬まゆみと語り合った。 後編では、働く女性として、見えてきた社会のあり方や、変化していった仕事の内容について語り合う。 デザイナーである長嶋さんが「書くことで伝える」を選択したことで、デザインすることで伝えられること、書くことで伝えられること、いろんな「伝える」の解像度があがったのだと話す。

子どもを育てていく環境について

山瀬まゆみ(以下、山瀬)_私も子どもができて、最近、育てていく環境について興味が湧いてきたんです。長嶋さんは、社会に出るまで東京ではない場所で育ってきたわけじゃないですか。自分と同じように、緑のある自然なところで子どもを育てたいって思うことはありますか?

長嶋りかこ(以下、長嶋)_ もしかして地方もあるのかなって思うこともありました。それで、色々と場所を探していた時もあったんです。益子に行ったりとか、長野の方に行ったりとか。色々見て回りましたが、会社のスタッフのこと、私自身の仕事の内容などを考慮すると、東京から離れるのはやっぱり難しいと思いました。私自身は田舎で生まれ育って良かったなって思っているので、息子のこともよく実家にも連れて帰ることが多いんですよ。そうすると、“僕も田舎に住みたいな”って言ってくるんですよね。でも今の状況で、息子の学校、私の仕事、スタッフのことや協力体制のことを鑑みると、その現実を伝えざるを得ないというか。

長嶋_東京以外の選択肢を考えて、可能性がありそうなエリアは全部、実際に行って確かめてきたからこそ、息子にもちゃんと伝えられるというか。子どものために、“教育移住”っていう選択をとる親御さんも周りには多いけれど、行かなかったこの判断に後悔はないんです。だって、地方暮らしになるとやっぱりフィジカルなマンパワーが必要になってくる現実もあると思うんですよね。たとえば、冬は雪かきをする日常がある場所にシングルで挑むのはしんどいなとか。あとは既に移住している人たちの仕事の仕方は、男性が東京との間を行き来していて、女性がとどまり家族を守っていた。そうすると、私の場合はそのイメージができなくて、成り立たないと思ったんです。

山瀬_ そうですよね。でも逆に、東京だからこそいいところもあったりしますよね?

長嶋_東京で今居心地がいいのは、困った時に助けてって言える人等がいること。それはお金を介さない友達だけでなく、お金を介すいわゆるサポート業の人でもあったり。やっぱり、キッズサポートや家事代行は充実していると思います。子育てと仕事の両立を支えることが職業としてしっかりとある。東京にはそういう仕組みや、選択肢が多くありますよね。

子育てをしているからこそ見えてきた、社会の理想のあり方

山瀬_それで言うと、数年前に比べて、男性の育児休暇もだいぶ浸透してきたように思います。取得率を上げようと国も施策しているわけで。

長嶋_確かに男性が育休を取るようになってきましたが、それでも取得期間はせいぜい1ヶ月から3ヶ月くらいじゃないですか。制度としては女性と同じで1年間は休めるはずだと思うんです。でもそんなに育休を取得する男性はなかなか聞いたことがないし、組織側もその選択をしないですよね。実際に育児をしてみて分かったのは、1歳までが本当に手がかかるし、男女ともに育休は1年間は必要だなって。

長嶋_なので、私の会社のスタッフに対しては、男性でも、女性でも、子どもが産まれたら、1年間はあげたいって思うようになりました。いつか、その時が来ても会社側が狼狽しないように体制を整えたい。もちろん休まれるということは会社として負担がないわけではないので、それをフォローするための体制を作る必要があります。

長嶋_でも、多くの企業は一社員の男性の育休に対して3ヶ月で戻すじゃないですか。元夫がそうだったみたいに、もうこれ以上休めないよって男性が思ってしまう焦りの原因が、働く環境や社会の競争原理に内在してるし、会社も休まれると困るって体制のままなんだと思います。でも経営側の私からすれば、本当にそうだっけ? と思うんです。じゃあ自分の組織でそれをやってみよう、今はそういう風に考えています。

子どもを産んだことによって変化していく仕事

山瀬_その選択によって、これからの事業内容も少なからず変化していきますよね。そう考えてらっしゃるってことですか?

長嶋_そうかもしれないですね。自分が子どもを産んで、ガラっと環境が変わったので、スタッフの人生をすごく考えるようになりました。みんなの人生が、それぞれより良くなるようにって。たとえば、社員に子どもができたら、時短契約をする制度を作って仕事の量を減らすことになるとして、そのスタッフができなくなった仕事を他のスタッフがやるならば、増えた労働に対して育休フォローとしての対価を払うとか。またはそのための人材を追加するとか。産んだ方も、産まない方も、お互い抱え込んだり嫌な気持ちにならないようにする仕組みが必要だと思うんです。安心できて先を保証できるためには会社としての体力も必要そうだし、国のフォローも必要なことだと思います。じゃないといつまでたっても妊娠や出産に対しての懸念は払拭されないと思うんですよね。

山瀬_長嶋さんの環境が変わったことによって、デザイナーであること以上に組織マネジメントに意欲的になったと言えますか?

長嶋_そんなことはないです。私は100%デザイナーであり、プレイヤーとしてのモチベーションの方が全然高いんです。デザイナーとしての仕事内容は、産む前と産んだ後では少しずつ変わってきていて、まだローンチは先ですが、子どもの教育環境の向上のための財団の仕事や、離乳食のブランドの仕事など、産む前だったら声がかからなかったような案件も受注するようになりました。あとはこれも完成はまだ先ですが、美術館のサイン計画など、作ったものが長く残るような類の仕事も増えてきました。そのせいもあってか、年齢もあってか、自分のデザインが残っていくことや思想を伝えることについての視点がちょっと私自身に入ってきた気がしています。

山瀬_それでいうと、書籍を出したのも残るものですよね。文字を書く、それを伝えるグラフィックは関係が深いようで、違うもののような気もします。その文字とデザインを両方された時の距離感ってどれくらい離れているものなんでしょうか?

長嶋_自分から出てきた言葉を書き殴っている時は、自分の心のための作業って感じでした。でも、書いたそれを自分以外の外にだしていくことで、第三者がそれを読むとわかっている時に推敲していく作業は、デザインと似ていました。伝わるためにはどう描くのか、という視点が入るので。そしてこれはレイアウトと関係しますが、文字とその意味を持つ色や形って、リンクするとより相乗効果を発揮するんですよね。この本に限らず、言葉が持っている意味と反響したり、共鳴するような色や形はどんなものだろうってよく考えます。本にしたのは本当に初めてのことだったので、それ自体は色々と大変でしたけど。

山瀬_今回の文章で、結構びっくりするような赤裸々な内容もあったと思うんですが、伝え方であえて一線を越えないとか、あえて表現しない、書かないことなどは事前に決めていたんですか? 

長嶋_最初は目一杯書いたんです。けどそこから本1冊分くらい削っていきました。それで思ったんですよね。世の中にある全ての表に出たものの中で、本当のことってなんだろうって。この出版物の内容、これがすべてになってしまう、そんな怖さもあって。書いてないことがたくさんある。削っていったことの中に、実は本質がある可能性もあるんです。実はグラフィックの仕事も、そういうことで溢れている。多くの人に伝えるために、最大公約数の言葉や色や形を生み出す、そのために採用しなかった言葉や色や形たちっていうのはたくさんあって。でも、じゃあ、床に落としていったものが“この世にないもの”なのかと言ったらそうじゃなくて、それもこの世を構成する要素でもある。その葛藤はいつもあって。

多分、芸術や文学の分野は特に、きっとこうやって落ちていくものに、光を当てたり拾ったりしてくことでもあるなって。そしてそれによって救われる人もたくさんいたりする。デザインは行為自体が割と、わかりやすく一言にしていったり整理していく作業が多いので、そこにジレンマは抱えていたりしますね。どこまでいっても、たくさんこぼれ落ちているものがある。これを仕上げていく中で届けられなかったことがたくさんあるって。なんだろう、難しいけど、自分が伝えたいことの本質って表に見えているものだけじゃないと思うんですよね。


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Profile

長嶋りかこ Rikako Nagashima

1980年生まれ。2014年にデザイン事務所〈village®〉を設立。ビジュアルアイデンティティデザイン、サイン計画、ブックデザインなど、視覚言語を基軸としながら活動し、対象のコンセプトや思想の仲介となって視覚情報へと翻訳する。これまでの主な仕事に「札幌国際芸術祭“都市と自然〟」 (2014)、「 東北ユースオーケストラ」(2016-)、「アニッシュカプーアの崩壊概論」(2017)、ポーラ美術館の新VI計画 (2020)、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館「エ レメントの軌跡」(2021)、「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 12122020」(2021)、ウェンデ. リン・ファン・オルデンボルフ「したたかにたゆたう」(2024)などのデザインを担当する。2018年に出産をし、育児とデザインの仕事の両立の困難さから見えてくる社会のへの眼差しを綴った初の著書『色と形のずっと手前で』を村畑出版より出版(2024)。書籍は〈village®〉のオンラインショップ、書店にて販売している。

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。抽象的なペインティングとソフトスカルプチャーを主に、相対するリアリティ (肉体)と目に見えないファンタジーや想像をコンセプトに制作する。これまでに、東京、ロンドン、シンガポールでの展示、またコム・デ・ギャルソンのアート制作、NIKEとコラボレーション靴を発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。

Photo Satomi Yamauchi / Text Chie Arakawa / Edit Ryo Muramatsu

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