2025.10.14

40歳で気づいた、対話との新たな向き合い方 とけいじ千絵

PROJECT

ことなるわたしたち

山瀬まゆみ Mayumi Yamase

連載「ことなるわたしたち」のインタビューシリーズとして、ひとりの女性のリアルな声や暮らしをお届けする「ことなるわたしの物語」。いまを生きる女性たちの人生の選択肢を増やすきっかけを込めてお届けする連載の14人目は、1級フードアナリストとして企業コンサルティングや講座を行い、「審食美眼(=食に対する審美眼)を磨き、彩りある食生活を」を提案する『審食美眼塾』主宰・とけいじ千絵さん。

食育スペシャリストである千絵さんは現在小学6年生の息子を持つ一児の母でもある。大学院を卒業後、フリーランスとしてこれまで自分自身の道を切り開いてきた。長らく“伝える”ことを生業とする千絵さんだが、私生活においては「人とのコミュニケーションに苦手意識を持っている」という。

今回は、シーズン特集の第一弾「『伝える』がほどけていく」に紐付けて、誰しもが抱える自分の気持ちを外に出す難しさや、表向きの自分と内面の自分とのギャップとどう向き合っているのかをインタビューした。

寄り添うコミュニケーションができない性格

そもそも千絵さんは他人に簡単に興味を持つタイプでもなく、感情よりも理屈で物事を考えがちだったそう。たとえば、議論になるとつい勝ち負けにこだわり、論破してしまうことも少なくない。その結果、友人を傷つけてしまうことに後から気づくこともあった。

「大学卒業後はロースクール(法科大学院)に進学しました。論理で人を説得することに魅力を感じ、弁護士の仕事に興味を持っていたんです」

しかし、とある弁護士事務所でインターンしたことがきっかけで、弁護士のライフワークバランスに疑問を持ってしまい、結果的に、法律の道には進まなかった。そこで当時持っていたフードアナリストの資格を活かすことを考え、就職はせず、フリーランスの道を選び、なんとかその資格の繋がりで仕事を増やしていく。

「当時の仕事の内容は、書籍、講座、SNSでの発信など、自分のこれまでの学びをアウトプットするスタイルが中心だったので、伝え方のコミュニケーションが一方通行だったんです。つまり、仕事としては正解、正論ばかりを口にしている方がむしろ成り立つので、性格的にはとても向いていました。ただ、その頃から友人関係では仕事柄も相まって、傷つけるつもりはなく、ただ思ったことを直接的に言ってしまったことで、関係性がうまくいかなくなってしまうことも起こっていたんです」

アウトプットばかりの仕事のスタイルに、枯渇していった心

息子が生まれ、小学校の中学年くらいまでは、仕事と子育て、それ以外の時間はほぼないような生活を送っていたという千絵さん。フリーランスであるが故に、子育てと両立できる仕事内容を優先して受注するようになっていったという。

「息子も小さかったし、子育ての時間を踏まえると、仕事する時間が限られてきますよね。だから、コスパのいい仕事ばかりを優先して選んでしまっていたし、言い方は良くないですが、お金がもらえればどんな仕事でもやっていました。個人的な感情の面はあまり出さず、大衆的に、一般的にわかりやすい言葉を選んで伝えていき、ひたすら納品していく、という内容が当時の私にはちょうど良かったんです。でも、そういう仕事の選び方をしていたら、どんどん心が虚しくなっていったんです」

一方的なコミュニケーションを繰り返す中で、少しずつ千絵さんの心は、満たされない状態になっていった。

「なんというか、“貧しい気持ちになる”感覚に襲われたんです。もっと新しい刺激やインプットが欲しいと思い、思い切って母子留学に踏み切りました。そこで出会ったドイツ人のファミリーとの対話で、私はかなり影響を受けたんです」

母子留学をきっかけに、変わり始めた人付き合い

3年前、息子の教育移住を検討した時期があったという千絵さん。移住先の候補の一つとなったオーストラリアへ3ヶ月間、母子で留学することを決めた。その留学先で知り合ったドイツ人のファミリーとの出会いが、現在の働き方を変えた。

「ちょうど同じ歳の夫婦で、彼らの対話の進め方に知性を感じて、対話の運び方というものに価値観をひっくり返されたんです。彼らは、人との対話の中でお互いの共通点を探して、会話を作っていき、落とし所を見つけていくんです。私はそういう対話の仕方を全くしたことがなくて。言い切って、論破することではなく、相手の言うことを一旦認める、それこそが対話なんだって気づいたんです」

帰国して、人との関わり方を対話ベースにするように意識した千絵さん。ビジネスにおいても、これまで一方的だったものから、なるべく共感や共有できる、話し合いのようなスタンスに切り替えていくようになった。

「もっと、人と密に仕事をしていきたい。プロジェクトベースの仕事ではなく、継続的に関わっていけるような仕事をしていきたい。そう思い直して、仕事内容も少しずつ調整していったんです。それは、キャリアチェンジという感じではなくて、もう1本の道を作るというか。メインとしているオンラインの仕事を継続しながら、もう一つは半径500m以内の人たちを幸せにするぐらいの目標でやっていくというイメージで、新たな取り組みを考え始めました」

得意としないコミュニケーションは自分がやらなくてもいい

それでも、我慢できない時には、はっきり物事を言い切ってしまう気質はある。特にSNSなどへの反応に対しては顕著にその性格が出てしまいがち。千絵さんは、寄り添うコミュニケーションが得意な友人をチームとして招き入れ、得意ではないジャンルのものは、なるべくそのスタッフに担当してもらうことに。そんなふうにして、コミュニケーションを向上させていった。ただ、良好な関係性を築いていく代償に、自分の本心を捻じ曲げていくような感覚にも襲われていた。

「キレ味が悪くなっていった、というか。人の気持ちを考えて反応をするって、要は人に対して気を遣っていくということでもあると思うので。自分の本心が外に出せなくなっていくというか。どんどん本当の自分の感情を見失ってしまっているように感じてしまったんです。そんな時、私は文章を書くことが昔から好きだったので、自分の感情や感性を文字として表現していきたいと思うようになりました。それで非公開で『note』に、自分のためだけのブログを書くようになったんです」

ただ、今の感情を残すためだけの場所

書く内容は、様々。20分くらいで終わることもあれば、1時間以上かけて文章に没入していくこともある。ただただ、いまの感情を表現できる言葉をみつけて、文章にしていく。書き終わった後は、“気持ちいい”だけが残る。

「私にとって書くことは、“気づき”とか、“気持ちの整理”という役割では一切ないです。夏の暑さがつらいとか、そんなたわいのない生活の愚痴をテーマにして、ただただ、自分の気持ちにぴったりとハマった言葉を見つける作業という感じ。だから、その言葉の表現を探している時はドーパミンが出まくるといいますか(笑)。書き終わった後はスッキリするだけ。読み返すこともほとんどありません。誰か知らない人がこれを読んだら、変に思われるかもしれないけど、誰に向けているものでもないので。そういう誰のためでもない時間というのが、私にとってすごく大切なんです。40歳を過ぎて、いろんなことが理解できるようになったし、視野が広くなってきたような気がします。共感できるポイントを見つけながら人と関わり合うようになってから、人との距離感というのもなんとなく見えてきたような気がしています。抱えきれないものは人に任せたり、活字にぶつけて受け皿を作っていく。論破から始まった“伝える”姿勢は、いまは対話を大切にする方向へと、穏やかに変わりつつあります」


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Profile

とけいじ千絵

フードアナリスト/食育スペシャリスト。『審食美眼塾』主宰。食育を中心に企業へのコンサルティングや商品開発、講師、執筆など幅広く活躍。小さい子どもの幼児期の子どもや孫のいる人を対象にした食育講座は予約が取れないほどの人気講座。著書に書籍『0~5歳 子どもの味覚の育て方』(日東書院出版/2016年)、『子どもの頭がよくなる食事』(日経BP社/2018年)。

Photo Cosumo Yamaguchi / Text&Edit Chie Arakawa / Produce Ryo Muramatsu

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