2025.2.17

リトアニアの伝統藁細工「ソダス」を作る朝 haru.×北川史織【前編】

PROJECT

月曜、朝のさかだち

 haru.

『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第5回目のゲストは雑誌『暮しの手帖』*①編集長の北川史織さんをお迎えしています。この日の朝活では『暮しの手帖 第5世紀33号』に掲載されている、リトアニアに古くから伝わる伝統装飾品「ソダス」を作りました。吊るした場所に天からのよいエネルギーが放出され、邪気を祓い幸せをもたらすと言われるソダス。麦わらと糸を使い、今回は誌面にも掲載されている天使のソダスを作っていきます。

始めは麦わらが千切れてしまうのではないかと、優しく糸を結んでいたharu.さんですが、そうすると綺麗に麦わらが開いてくれず苦戦。力加減が難しく、何度も糸を千切ってしまうharu.さんでしたが、北川さんからのアドバイスを受けながら作り進めていきます。天使の足元、羽の広がり具合や長さを調整し、完成したソダス。haru.さんは「ワイルドな天使になった(笑)」と言いながら、事務所の窓際に吊るしていました。この天使のソダスの作り方は、『暮しの手帖 第5世紀33号』に掲載されているので、是非バックナンバーをチェックして、お家で作ってみてくださいね。

朝活を終えた二人は、『暮しの手帖』を作る際に大切にしているという「自分の手を動かす」ことについてや、『暮しの手帖』を国民的な雑誌へと押し上げた企画「商品テスト」の生まれた背景、北川さんが編集長に就任し、初めて出した号に掲げたキャッチコピー「丁寧な暮らしではなくても」に込めた思いについてお話しいただきました。

本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!

北川史織さんに聞きたいコト



Q.北川さんの愛用品を知りたいです。例えば、手帳はどんなものをどんな風に使ってらっしゃいますか

A.今年は、ある人から贈られた、ツバメノートのA4サイズの「月間・週間予定帳」を使っています。月間のほうには大まかな予定を、週間のほうには1日24時間の予定を細かく記せるのが便利。ブランクのページがあるので、ちょっとした覚え書きをしたり、観に行った展覧会の半券を貼り付けたりして活用しています。

ほかに文房具の愛用品は、神田・神保町の「金ペン堂」で15年前に求めたペリカンの万年筆です。私の書き癖などに合わせてお店の方が調整してくださり、一度、修理にも出しました。私は悪筆なほうですが、この万年筆で手紙を書くと、不思議とおおらかで味のある字に見える……気がして、依頼状やお礼状は必ずこれでしたためています。

Q.親子2世代で拝読しています! 中国人の友人も一緒に読んでいます。新しい環境でも暮らし続けてゆく北川さんのコツがあればお伺いしたいです。今年、途上国に2年働きに行く25歳です(笑)

A.慣れ親しんだ器でごはんをいただくことでしょうか。特に、飯碗と汁椀、それからお箸と箸置きも大事な気がします。自分でつくった簡素な食事を、そんな器でゆっくり味わうと、気持ちが落ち着きます。

Q.しおりさんはどんなお仕事に就きたいかどのように決めましたか? 今のお仕事にたどり着いた経緯や、お仕事を決める時に考えていたことをできる範囲で知りたいです。大学1年生で最近はこの先の就職のことばかり考えてしまいます。そのためしおりさんの体験をお聞きしたくて質問させていただきました。

A.私が就職したのは超就職氷河期で、要領が悪いこともあって、就職先が決まったのは相当遅い時期でした。文芸書の編集者が憧れでしたが、出版社はどこも落ちてしまい、フリーペーパー(タウン情報紙)を発行する会社にようやく入りました。そこで街の話題を取材するうちに、「あんがい、自分は取材の仕事が好きなのかもしれない」と気づいて、雑誌社に転職。3社目が「暮しの手帖社」です。

学生時代に思い描いた道とは異なるわけですが、仕事というのは、「やってみないと向き不向きがよくわからない」ところもあると考えています。学生時代にインターンなどを経験するのも一手ですし、もし就職して「ここは向いていない」と思ったとしても、がっかりせずに、次の道に進めばいいのではないかと思います。私が尊敬する編集者のなかにも、1社目から編集職ではなかった方が何人もいらっしゃいますよ。

Q.好きな作家や10代、20代、30代、40代の忘れられない本を教えてください

A.10代の頃から変わらず好きな作家は、小川洋子さん。34号の巻頭記事「わたしの手帖」で取材を受けていただき、感無量でした。

海外の作家なら、ポール・オースター。大学の卒業副論文のテーマにしました。
「10代から40代の忘れられない本」ですが、とくに年代は意識してこなかったので、申し訳ありませんが、パッと答えられません。40代だけお答えすると、ジョン・ウィリアムズの『ストーナー』は衝撃的でした。

Q.どんな時にいい企画が思い浮かびますか?

A.お風呂に浸かっているときです。 『暮しの手帖』は10本から13本くらいの、いろんな記事で編まれた雑誌です。企画案は編集部員の人たちから寄せられますが、それらから選んでみても、「何かあとひと味違った企画が欲しい」と思うことがよくありました。「あとひと味」がなんなのか、自分でうんうん唸って考えてみるのですが、湯船に浸かっているときによく思いつきました。
あとは、友人と話しているとき、新聞を読むとき、落語会や寄席の帰り道です。

 

手を動かすこと、作ることの喜び

haru._私たちは朝活として、リトアニアで親しまれている麦わらでできた飾り「ソダス」から、モチーフのひとつである天使を作りました。

北川史織(以下:北川)_楽しかったです!

haru._ご存知ない方はどんな感じのものだろうと想像していると思うんですけど、麦わらを束ねて、糸で強く縛ると、麦わらがサッと開くんです。羽と胴体でパーツを分けて作り、最後に組み合わせて天使を作りました。

北川_haru.さん、すごくお上手でしたよ。私が以前作ったときは、あんなふうにきれいな扇状には開きませんでした。

haru._強く縛りすぎて何度も糸を切ってしまうという……(笑)。

北川_それでも、最後の仕上がりはとても可愛かったです。

haru._今回は天使のソダスを作りましたが、モチーフっていうのは決まっているものなんですか?

北川_はい。このソダスの作り方を教えてくださった本多桃子*②先生が、リトアニアに長く通って現地の方に教えてもらったモチーフのひとつなんです。何百年も作り続けられてきたもののなかから、読者の方が作りやすいものを33号で紹介しているんです。

haru._なぜこの朝活になったかというと、『暮しの手帖』の2024年12月-2025年1月号(第5世紀33号)に、ソダスの作り方が掲載されていて、せっかくだったらその作り方を見ながら、編集長と一緒に作ってみたいと思い、この朝活にしました。『暮しの手帖』って手芸や料理など、手作りする項目のページがすごく多いと思うのですが、自分の手を動かす企画では編集長ご自身も一緒に作ったりされるんですか?

北川_大体は企画の担当者と、校閲のみをやる専門の人が2人いて、その3人で作って検証することが多いです。私は33号で「湯宿さか本 冬の味」という聞き書きしてまとめた料理記事を担当しましたが、全品自分でも作りました。自分が担当するときは必ず自分で作りますし、そうじゃなくても、編集長として記事のゲラを読んでいると、「これ作ってみたいな」とか「このままだとわかりづらいかも」と思ったときには試作しますし、かなり細かく確認しますね。野菜を切るときに「3~4センチの長さで切る」と書かれていたら、必ず定規をあてて切ります。

haru._そこはアレンジをしたりはしないんですね。

北川_最初に作るときはしないですね。私は『暮しの手帖』じゃなくても、料理本を見ながら作るときは結構厳密です。そうしないと、料理家さんの個性がなかなか分からなかったりするので、ある意味仕事の気分で料理はしています。もちろんお家で普通に料理するときや、3、4回目に作るとかだったら違いますけどね(笑)。でも1、2回目に作るときは、「このレシピが言わんとすることって何かな?」みたいなところを、読むことと手を動かすことで理解していきたいと思って、必ずそういうふうにしています。

haru._じゃあ、編集部のなかでも何人かが同じレシピや作り方を見て、それぞれが実践しているんですね。

北川_そうです。例えば、会社はガスコンロなんですけど、我が家はIHヒーターなんですよ。やっぱり、ガスコンロとIHヒーターでやるのとでは、ちょっと違ってくるんですよね。でも、今はIHヒーターのお家も結構多いから、そこの幅を持たせておきたいという意味もあって、あえて家で実践していることもあります。

haru._その幅を持たせる必要があるときは、誌面ではどのように記載するんですか?

北川_時間の幅を持たせたりします。煮るときはそんなに困らないんですが、焼くときにガスコンロだとちょうどいいけど、IHヒーターだと焼き色が付かないことがあるんです。私たちは厳密に時間や大きさなどをはかっていますけど、大体の人はそんなふうにはやりませんよね。親切すぎることで、逆に不親切になったり、堅苦しく思えて作ってもらえないということもあるので、ちょうどいい親切さでやるというのをみんなで目指しています。

haru._ちょうどいい親切さ。なるほど。

北川_余計なお世話にならない程度というか。それは読者の方を信じているからなんです。だから、手芸も説明を書けば書くほどいいというわけではなくて。編み物の初心者でも、ここまでは分かっているだろうというところってあるじゃないですか。書きすぎることで読みにくくなったり、作るハードルになっちゃうことがあると思うんです。「それならここは省いたほうがいいかもしれないよね」といったセンスが少し必要。そのセンスは私たち自身が普段から作ってないとちょっと分からないものかもしれない。作る人の立場にならないと分からないので、あまり頭でっかちにならずに、手を動かすことって大事なんですよね。そして、レシピってやっぱり読みやすさが大事。みなさんキッチンで本を開いて見ながら作るわけだから、あまりにも長い文章とか、一文で分かりにくいものを読んで理解できるかって言われたらそうじゃない。だから、実際に見ながら作ってみることで、文章を2文に分けた方がいい、とかが分かってくるんです。手を動かすことの意味って、私が入社した最初のころはあまりよく分からなかったんですね。「検証作業なのだろうな」と思っていたので、それだけではなく、より読者の気持ちになることができるんです。「本当にこの材料はいるのかな?」とか、「デパ地下でしか買えない」とか。それが反省点になって次に活かせたりもする。うちの場合は、編集部に入るイコール手を動かすことがセットで全員がやっています(笑)。

haru._確かに、誌面を読んでいても「これが正解です」と言われている感じが全然しないです。ソダスを作っているときも、糸を引っ張ることで麦わらの広がり具合を調整できるんだなとか、そういうことをやっているうちにだんだん掴めてくる。

北川_結局それが手を動かすことの、作ることの喜びだと思うんです。自分の加減でできるっていうのが一番いいじゃないですか。料理家の高山なおみ*③さんが、私が入社したばかりの頃に「レシピは料理の型紙だ」って教えてくださったんです。「あくまで型紙だから、自分の好みとかに合わせて自由に変えていってほしい」と。その料理を食べたことのない人に伝えなきゃいけないので、はじめはしっかりした型紙が必要。そのあとは作る人が何かを省いたり、足したりというように、自分の手加減でやってくれるのが一番ということが誌面に表れるといいなと思ってやっています。

haru._『暮しの手帖』は創刊当初から、編集部が実際に生活用品や家電を検証する「商品テスト」というものをやっていたんですよね。『暮しの手帖』を調べると必ず商品テストについて出てくるのですが、どういう意図で行われていたんですか?

北川_商品テストって家電を検証するというイメージがあると思うんですけど、一番最初は靴下でした。今だと、日本製と聞くと質のいいというイメージがあると思うんですけど、当時は粗悪なものが多かったんです。日用品から家電まで、悪いものイコール日本製。外国製のものの方が明らかに優れている時代でした。なので、商品テストを始めた当初は、消費者に対して“もの選び”の参考にしてほしいという部分も大きかったですけど、作ってる側に対して「もっといいものを作りなさい」というメッセージが大きな目的だったそうです。

最初の頃はガスストーブのテストをしていました。当時は大体の家が木造だったので、ストーブが倒れて炎が回ってしまうと大変なことになる。命に関わるのに、日本製のものはストップ機能もついていないし、そもそもストーブとしての性能も良くなくて、それを記事にしたら、アラジン製のストーブがとても売れたそうで。『暮しの手帖』は広告を付けずに、自分たちでストーブを買い集め、自分たちでテストをしているので、会社名も商品名も実名で掲載できたのです。それで、5年後、10年後に明らかに国産が良くなっていった。最後には国産が文句のつけどころがないぐらい良くなっていて、そこを目指していたんですよね。消費者に対しての記事でもあったけど、それは二番目の理由。そもそも、自分の好きなデザインの品を安心して買えるという世の中を作りたいと、初代編集長の花森安治*④は思ったんでしょうね。それを実現させたのが「商品テスト」です。

haru._作り手に向けてだったんですね。

北川_そうなんです。当時の松下電器(現:Panasonic)などメーカーの人が、どうしてうちの製品がダメだったのかということを聞きに来たりもしたそうです。

haru._それだけ影響力が凄まじかったということですよね。

北川_当時は雑誌がすごく売れる時代だったのもあるし、商品テストが大変人気が出て、それで部数が上がったこともあります。一番良かったときは100万部近く出ていたので、どの家庭にも一冊は暮しの手帖があるみたいな時代だったんですよね。商品テストの人気のおかげで部数が上がり、部数が上がったからさらに影響力を持ち、どんどん拡大していったんです。自分たちでテストすることを大事にしているので、車のテストなんかはやっていないんですよ。やっぱり、ダミーの人間といえども、車に乗せて衝突事故のテストをすることは小さな出版社ができることではないので。あくまで、自分たちの手に届く、正確な計測ができるテストだけをやっていました。

haru._今はもう商品テストはされていないと思うんですけど、脈々と編集部員が自分の手で試すという精神は受け継がれているんですね。

北川_それがうちの編集部の特色だと思っています。頑張って作らずして紙媒体は残らない時代なので、どこの編集部さんももちろん真剣に取り組んでいらっしゃるはずです。だけど、『暮しの手帖』は自分たちの手を動かすという独特なものが残っているから、読者の方からの問い合わせに対してパッと答えられる人が必ず編集部にいるんです。それは読者の方としては嬉しいことだろうなと思うし、そこで信頼を得ているわけだから、その信頼を崩すわけにはいかない。これは間違いなくこれからも続く精神じゃないかなと思っています。

一人ひとりが目指す暮らしの理想があっていい

haru._北川さんがゲストに来てくれることになり、北川さんが編集長として担当された『暮しの手帖』のバックナンバーを全部読みたいと思って、図書館に行ってきたんです。北川さんが編集長になり初めて作られた号が2020年の2、3月号だと思うんですけど、表紙に「丁寧な暮らしではなくても」というキャッチコピーが書かれていて、私は衝撃を受けました。暮らしというのは丁寧でなくてはいけないという思い込みと、メディアによる「#丁寧な暮らし」みたいなものが囃し立てられていた気がするんです。その度にそこにリアリティを感じられなくて。当時は大学生だったのでお金もないし、雑誌の中で行われていることが自分の生活に置き換えられなかったというか。でも、『暮しの手帖』側から「丁寧じゃなくてもいいんじゃないか」ということを言ってくれたことに本当に衝撃を受けたんです。あの言葉が表紙のキャッチコピーになった経緯を教えてほしいです。

北川_今おっしゃっていただいたのは2020年の早春号4号なんですけど、実はもともとは別のキャッチコピーを立てていたんです。「丁寧な暮らしではなくても」というのは巻頭記事のタイトルからとったんですけど、最初は「普通の暮らしが愛おしい」というキャッチコピーだったんです。そしたら、その巻頭記事を一緒に編んでいたとても信頼しているライターさんが、初校が出て「これが北川編集長による第一号か」となっていたときに、突然電話をくだり「あのキャッチコピーはイマイチな気がする」とおっしゃって。タイトルは私がつけていたし、もう刷っているし、取次にも持っていっていたので、若干険悪なムードになったんですよ(笑)。でも、電話を切った後に、彼女が言わんとすることが分かるなと思ったんです。「普通の暮らしが愛おしい」っていうキャッチコピーって、いかにも言いそうなことで、誰もその言葉で足を止める人はいないなと。そう思ったときに、同じことを別の言葉で言えるということが大事かもしれないと思ったんです。それに、今まで読んでた方ではない方にもやっぱり読んでもらいたい。今まで読んでいた人たちにも愛されたいし、あわよくば今まで読んでこなかった人たちにも手に取ってもらいたいという思いがありました。巻頭記事をもう一度読み直して考えたときに、あの言葉がふと出てきたんです。そんなに時間はかからなかったですね。

でも、そのときにも少し過激なキャッチコピーかもしれないなと思ったんです。さっきおっしゃられたように、当時はまだ「#丁寧な暮らし」が席巻している頃で、しかも私たちの雑誌が丁寧な暮らしというものを軸にしていると思っている方が多いだろうというのは分かっていたので。もしかしたら賛否両論あるかなと思ったんですけど、haru.さんがおっしゃってくれたように、「じゃなくてもいいんだよ」ということを伝えたかったんです。決して「丁寧な暮らしがダメだ」と言っているわけではないし、「雑な暮らしをしようよ」と言っているわけでもない。暮らしってそれぞれの目指すものや理想があっていいはずですよね。「丁寧な暮らし」というものが商品化されて、「丁寧な暮らしをするためにこれを買わなきゃいけない」みたいな感じの世の中になっていることに対しても私は正直気持ち悪いなと思っていたんです。それぞれの丁寧があっていいし、今はできなくても、「明日ちょっとできるかも」とか「一年後はできるかも」というのでも全然いいじゃないですか。「丁寧な暮らしはスタイルじゃないよ」ということを言いたかったんです。なので、ちょうどいいキャッチコピーが浮かんだなと思い、この言葉を使いました。

haru._実際に読者の方達からはどんな反応がきましたか?

北川_思ったよりも共感や、「よく言ってくれた!」というような、理解してくれるような方の意見が多かったです。でも、中には「丁寧な暮らしを求めてこの雑誌を長く買ってきたから、それを否定されたようでガッカリした」と、はっきりお手紙やメールに書いて送ってくださった方もいました。でも、それでもいいかなと思ったんです。だって、読んだ方が全てを受け止めて、全てを理解してくれたり、共感してくれることの方が逆におかしいじゃないですか。「腹がたつ」とか「嫌だ」と思ったら言ってくれることって、すごく人間的なやりとりのように思うんです。

私たちの雑誌もお金と引き換えのものだから商業誌ですよね。だけど、出版ってそれだけじゃないと思っていて。読む人が考えたり、咀嚼してくれたらいいなと望んでいるんです。なのでこのキャッチコピーを作り、それに対して反響があったことは、より勇気づけられたし、こういうふうにやっていこうと思えたきっかけでもあります。

haru._それ以降のバックナンバーを読むときも、「今回のキャッチコピーはなんだろう」と楽しみになりました。

北川_ありがとうございます。はじめの号を出すまでに、アートディレクターの宮古美智代*⑤さんと半年ぐらい前から準備を進めていたんです。当初はあんなに大きなキャッチコピーを毎号立てようという打ち合わせはしていなかったんですけど、彼女がこのキャッチコピーを受け取ったときに、表紙に大きくデザインしたんです。それはアートディレクターとしての判断だったんですけど、本当に成功だったなと思います。それに、覚悟と言ったら少し大袈裟なんですけど、この判断のおかげで、私もキャッチコピーが立てられるような記事を毎号設けていきたいと思ったんです。もちろん、自分の担当記事じゃない、他の編集部員の担当記事からキャッチコピーを立てることもあります。そんなときでも、いかに人の心を掴むキャッチコピーを立てられるかということを考える習慣もついたので、いいきっかけだったなと思っています。

haru._編集長が変わるということが、こういうところに現れていくんだなっていうのをすごく感じました。編集後記に、北川さんご自身は「お仕事も忙しく、丁寧な暮らしからはかけ離れている」というふうに書かれていましたね。北川さんが生活をするなかで、これだけはやろうと気にかけていることはありますか?

北川_あまり当時から進歩していなくて恥ずかしいんですけど、「食べること」ですね。なるべく自分の手で作ったものを食べて1日を終えるということを大事にしています。朝も簡単なものを作るようにはしているんですけど、昼はどうしても外食をすることも多いんです。なので、昼は選ぶ楽しみを持ち、夜は作る楽しみを持ちたいなと思っています。作る楽しみと選ぶ楽しみって、同じ食べる行為でも役割が違うんですよね。やっぱり自分で作ったものって、質素でも美味しいんです。

haru._わかります。

北川_自分の体調に合わせられるじゃないですか。「今日は塩分控えめにしたいな」と思ったら自分で調整できる。外食だとそういうことってなかなかできないですよね。その日の体調次第で、同じ野菜を食べるにしても、蒸すのか、炒めるのか、焼くのかで全然違いますでしょ。それができるっていうのが、家庭料理の贅沢だと私は思うので。忙しくても、忙しいなりの料理なので、別に無理はしていないんです。夜の21時すぎに帰ってきて、そこからビーフシチューは作らない。そんなときに、何が作れるかという自分の手札をいくつか持っていると心強いなと思います。こういう雑誌を作っているのに、こんなこと言うのもあれなんですけど、料理ってそんなにたくさんできなくていいと私は思っているんです。でも、本当に疲れ切っていて、だけど家でご飯を作って食べたい。かつ、作って食べて片付けまで簡単にできるレシピをいくつ持っているかっていうのも大事なんですよね。同時に、友達が来たときに、ちょっと振る舞ってあげられるレシピがあるのもいいじゃないですか。

料理って、10分以内にできるものが必ずいいのかって言われたらそんなこともないし、手をかけたらそれだけいいのかって言ったら、それでは日常が回っていかない人もいる。私は幸いこういう雑誌を作っているので、いろんなグラデーションのレシピを持っていて、日によって作るものを選んでいます。それが心身の安定に繋がっているなと思うんです。みんな一日のなかでいろんなことがあるじゃないですか。仕事でうまくいかなかったり、人とのコミュニケーションの掛け違いですごくガッカリしてしまったり、逆に自分が誰かを傷つけてしまったと思ったり……。家に帰ってきて、今日一日満足だったと思える日ばかりじゃない。私にも落ち込んで家に帰ってくる日があるんですけど、せめて一日の終わりを自分が作った満足いくもので満たされて、お風呂に入って寝れば、少しは回復したり、朝目覚めて、今日も一日頑張ろうと思えたりする。結構単純ですけど、それを大事にしています。

haru._でも、『暮しの手帖』の編集長にこう言ってもらえることで、勇気づけられる人がいると思います。

北川_やっていて心地が良くないことはやらなくていいんですよ。私の場合は料理を大事にしていますけど、料理が苦痛な人に絶対やれとは言わないです。もちろん、身体を労わっていくためには自炊って結構大事な要素なので言い方が難しいですけど、そこは人それぞれだと思います。なので、雑誌の中でもこれをやったら絶対に幸せになれるとか、健康な暮らしが送れるということはあまり言いたくないなと思っています。無理のない範囲でやってくれたら嬉しいし、何かを参考にしてくれたら嬉しいなという気持ちで作っています。編集部員にも子どもを育てながら働いている方も多いですし、専業主婦の方もみんなそうだけど、とても大変でやることなんていくらでもあるじゃないですか。名前のない家事もたくさんあるなかで、料理だけをやっていれば暮らしが順調に回るかって言ったらそんなことはない。料理って、暮らしの中の大事な部分ではあるから、暮らしの象徴にされがちなんですけど、そればっかりじゃないと思っています。

haru._私は料理を全然しないのでありがたいです。でも、昨日思い切って蒸篭を買ってみました。工程が少なく、自分で蒸した野菜が食べれたらいいかもしれないなと思って。

北川_いいと思います!ウー・ウェン*⑥先生が、ラップで包んだ冷凍ご飯を、野菜を蒸すときに一緒に入れるとレンジで温めるより美味しいと教えてくれたので、私もよくやっています。タレは市販のものをアレンジしたり、お塩だけでもいいので。そういうので食べるだけでも全然いいと思います。

haru._一手間だけかけてみようと思っています。

対談記事は後編に続きます。後編では、haru.さんと北川さんのお二人とも好きだと話す読者からの声を届ける企画や、暮らしを考えることは反戦に繋がるという『暮しの手帖』の意思、ウェブではなく手に取れる雑誌というかたちの意義についてお話しいただきました。そちらも是非楽しみにしていてくださいね。

それでは今週も、行ってらっしゃい。

*①『暮しの手帖』
1948年に誕生した家庭向け総合生活雑誌。発行は「暮しの手帖社」。同社の創業者である大橋鎭子が、初代編集長で創業者でもある花森安治と共に創刊した。毎日の生活を少しでも豊かで美しくするために、手作りの家具や直線裁ちの服などの提案や、商品テストを行ったり、企業との共同研究・開発商品を手掛けるなど、生活者の立場に立った編集方針を続けている。

*②本多桃子
駐日リトアニア大使館に12年勤める間、リトアニアの伝統麦藁装飾ソダスに魅せられ、その伝統や作り方を現地で学ぶ。2021年より、鎌倉を拠点にソダスの与えるくつろぎや癒しをテーマに研究を続け、各地でソダスのレクチャーを行っている。

*③高山なおみ
1958年静岡県生まれ。レストランのシェフを経て料理家に。文筆家としても活躍し、『暮しの手帖』で「気ぬけごはん」を連載中。著書に、『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』、『日々ごはん』、『フランス日記』、『高山ふとんシネマ』、『押し入れの虫干し』、『明日もいち日、ぶじ日記』、『気ぬけごはん』、『高山なおみのはなべろ読書記』、『きえもの日記』など。

*④花森安治
6人兄弟の長男として神戸に生まれ、旧制松江高校、東京帝国大学で学ぶ。戦後、『日本読書新聞』で出会った大橋鎭子と ともに衣裳研究所(後の暮しの手帖社)を設立。昭和23年から 53年1月に亡くなるまで30年間、『暮しの手帖』編集長として、 毎号、記事の企画・取材・執筆、表紙画や、カットまで、雑誌づくりののほとんどすべてを手掛ける。 独創的な誌面や企画で多くの読者をつかみ、戦後日本の暮らしに影響を与えた。

*⑤宮古美智代
1976年生まれ。雑誌『Coyote』『MONKEY』『暮しの手帖』のアートディレクターを務めるほか、単行本などのアートディレクションやデザインを手がける。

*⑥ウー・ウェン
北京生まれの北京育ち。北京師範大学英文科を卒業し、国営企業を経て1990年に来日した。日本人のアートディレクターと結婚、一男一女の母である。1996年に雑誌に掲載した「北京の小麦粉料理」が評判となり、翌年に中華料理研究家となる。

Profile

北川史織

『暮しの手帖』編集長。フリーペーパーや住まいづくりの雑誌の編集部を経て、2010年に暮しの手帖社に入社。以後、数多くの本誌記事や別冊を担当し、2020年より現職。好きな分野は、料理、住まい、人物ルポルタージュ。

photography: miya(HUG) / text: kotetsu nakazato

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