2025.9.16

浴衣を着てお散歩をする朝 haru.×伊藤仁美【後編】

PROJECT

月曜、朝のさかだち

 haru.

『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第12回目のゲストは着物家の伊藤仁美さんをお迎えしています。記事の前編では、浴衣を着てお散歩をした朝活を振り返りながら、伊藤さんの考える美しい着付け、今の活動に繋がる伊藤さんのルーツ、「着物家」として活動を始めるきっかけについてお話を伺いました。

後編では、着物を通じて自分探しをしてきた過去、伝統を現代にアップデートするということ、着物文化とサステナビリティの繋がり、伊藤さんが大事にする人生哲学などについてお話しいただきました。

本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!

伊藤仁美さんに聞きたいコト



Q.和装をする際、ヘアメイクや小物使いなどで意識していることや気に入っているスタイルはありますか?

A.それは”引き算”することです。 和装だからといってきっちりとヘアメイクをいつもより濃くしたりせず、ナチュラルメイクにしています。特に自分が心地よいという感覚を常に大事にしています。 シンプルでいて、それぞれが際立っている状態が好きなので、できるだけ足し算しないようにしています。

Q.着物への興味や理解を膨らませるおすすめの書籍があれば教えてください。

A.私が着物の世界に引き込まれた本は、その当時東京都現代美術館で開催されていた山口小夜子さんの「未来を着る人」で、その本の中に佇む小夜子さんの美しさに引き込まれました。日本の美をビシビシと写真から感じました。文字からもいいですが、着物はビジュアルからたくさんインスピレーションを頂けるものだと感じています。

 

やりたいことをやり続けることで
良い波紋が広がる

haru._記事の前編では、着物家という職業についてや伊藤さんが着物家になられた経緯についてお話しを伺いました。30代で東京に出てこられたそうですが、30代で拠点を変えるというのは大きな決断だったと思います。どんなことが伊藤さんの背中を押したんですか?

伊藤仁美(以下:伊藤)_それまで計4人の先生について、10年ぐらい修行をしていたんです。祇園で働いている方のお着付けや結婚式場、芸妓さんや舞妓さんのお着付けまで、伝統的であり基本的なことはほぼ全てを勉強し実践してきたんですけど、それを軸にもっと現代に寄り添った発信をしたいと思ったのが拠点を移したきっかけでした。
記事の前編でもお話ししましたが、その当時もまだ自分探し中だったんです。そのときに京都の街を歩きながら「新しい発信をしたいな」と考えていたら、ふと東京の街が浮かんできたんですよ。東京の街を着物で歩いている自分の姿が浮かんできて、行きたいと思いすぐに決めちゃいました(笑)。

当時はまだ週の半分を着物、もう半分を洋服を着るという生活をしていたんですけど、洋服と着物を段ボールに詰めるときに、お洋服はいろんな形があるから隙間ができてうまく入れられなくて。でも着物や帯って一型なので、隙間なくテトリスのようにバチっと段ボールに納まったんです。それを見たときに、すごく気持ちよくて、着物のこの整ったもの だけを選んで生きていったら、自分の迷いやモヤモヤしたものがどう変わるのかすごく興味が出てきたんですよ。そして、持っていこうと思って詰めた洋服の段ボールはそのときに捨てて、着物だけを持って東京に出てきました。

haru._自分探しの旅を続けていたと思うんですけど、いつ自分が見つかったなと感じましたか?

伊藤_私はもともと人と話すのがすごく苦手で…。自分から言葉が出てこないくらいシャイだったんですけど、着物を着ていろんな場所へ行くことで、人から覚えてもらったり、「素敵なお着物ですね」と話しかけてもらったりして、コミュニケーションが苦手ということを克服できたんです。それがすごく大きかったですね。覚えてもらえたことで、さらにいろんな場所に呼んでいただいたり、「着付けを教えてほしい」と頼まれたり、お仕事をいただけるようになり、どんどん自分がやりたいことができるようになっていきました。旅の終着地に到着できたとはまだ言えないかもしれませんが、自分にしかできないことが少しずつ東京で見つかっていったなと思います。

haru._コミュニケーションが苦手というのは、今の伊藤さんからはあまり想像できないです。

伊藤_お食事に行っても、いかに一番端の席に座れるかということにかけていました(笑)。

haru._東京では現代的な発信をしたいと思ったとお話しされていましたが、やっぱり仕事の内容も京都と東京では違うんですか?

伊藤_違いましたね。特にメディアでの発信を東京に来てからさせてもらえるようになりました。例えば令和元年のタイミングで、New Balance*①さんと映像のコラボレーションをさせていただいたんです。その動画では、私の実家である京都の両足院*②というお寺で私が男性物の着物を纏い、最後にNew Balanceさんのスニーカーを履いて外に出るという新しい文化の融合をテーマにした映像でご一緒させていただきました。そういった機会も京都にいたらなかなかできなかったなと思いますし、新しいことにどんどん挑戦していきましたね。

haru._スニーカーで思い出したんですけど、伊藤さんの連載で、中学生の頃はスポーツ少女だったとお話しされていましたね。

伊藤_そうそう(笑)。中学では水泳をやっていて、高校では陸上をしていたので、肌も焼けていて、ショートカットで、今とは全然違う風貌でしたね(笑)。 私は校則が厳しい進学校に通っていたんですけど、部活に熱心だったのもあって、朝の登校時間がもったいないと思っていたんです。その時間も走れたらいいなと思い、生活指導部に行き「ジャージで走って通いたいです」と言いに行ったら、「そんなこと言った人は初めてです」と言われて、勉強を絶対に疎かにしないことを誓い許可がおりたんです。そこから毎日ジャージを着て走って通っていたんですけど、最初はみんな変なことをしている子がいるくらいに見ていたんですけど、私がなんの悪びれた様子もなく楽しんでやっていたらだんだんみんな真似し始めて、ちょっとしたムーブメントができたんです(笑)。

それって今に繋がっているなと思っていて。最初は少し変だと思われたり、誰もやっていないことだったりしても、自分が自信や哲学を持って楽しんでやっていたら、共感してくれる人が出てきて、それがムーブメントになることがある。東京で一人着物を着て歩いていると、「お祭りですか?」と言われることもあったんですけど、毎回食事に着物で来ていたりすると、だんだん周りも「着てみたい」「真似したい」と言ってくれる人が出てくるんです。なので今やっていることって、実は高校時代のその体験が原体験になっているのかもしれないなと思います。 やりたいことは、無理やり通してでも覚悟を持ってやり通す。誰に何を言われても怯むことなく、「自分がやりたいことだし、きっと何か良い波紋が起こる」と信じてやるということはすごく大事な気がしています。

haru._楽しんでいる姿が、無理のないように見えているということが、伝染していくうえですごく大事なポイントな気がしています。やりたいこととはいえ、食いしばってすごく辛そうにやっていることを、たぶんみんな真似したいとは思わないじゃないですか。

伊藤_そうですね。自分がご機嫌でいることってとても大事だと思います。決めたからといって無理してもしょうがないから、自分を許すことも大事だと思っているし、とにかくご機嫌でいるバロメーターを持っていることがとても大事だと思います。

自分の心地よさを知っていくことが
直感を養う方法

haru._伊藤さんは東京に来てからご結婚されて、今はお子さんもいらっしゃいますよね。妊娠中も着物を着られていましたが、すごく素敵でした。私の周りでも、妊娠中に好きな洋服が着られないということが話題になることがあったんですけど、伊藤さんは妊娠中も着物を着られていて、驚きました。

伊藤_着物って一枚の布でできているので、前身頃の合わせ方によって調整できるんです。お洋服みたいに、ボタンやチャックがあって形が決まっているわけではないので、サイズの融通がある程度効くんですよね。なので、マタニティードレスを買わなくても良い。それに、絞りの浴衣や着物ってものすごく伸びるんです。なので、お腹とかもぎゅっと包んであげることですごく安定して楽でしたね。

haru._帯は普段のものとは違うものを使っていたんですか?

伊藤_妊娠中は男性用の兵児帯*③をよく使っていました。あれはすごく伸び縮みするので、お腹を支えるのにすごくよかったです。それをある着物屋さんに言ったら、「昔はこれを抱っこ紐に使ったこともあるんだよ」とおっしゃっていて、おもしろいなと思いました。

haru._男性用と女性用をミックスさせるのって、すごくモダンな考え方だと思うんですけど、昔の方も自然にそうしていたんですか?

伊藤_されていたと思います。私自身は、名前に含まれる固定概念を見ないということを意識しています。名前がついているものって、使い方に固定概念が生まれてしまって、それ以外で使うことが難しくなってしまうんですよね。なので、できるだけお着物のお道具にはオリジナルの名前を付けるようにしています。
例えば、帯枕*④という後ろの帯の形を作るお道具があるんですけど、通常は向きが決まっているんですが、その日の気分で逆向きに使ったりすることで、帯の高さを変えることができるんです。あとは、腰紐と名前がついていると腰にしか使えないと思ってしまいますが、ただの紐と名付けることで何に使ってもいい紐だと思えるんですよね。そういうふうに、固定概念を取っ払い、いかに自分のものにできるかということをとても意識しています。

haru._すごく自由に捉えているんですね。記事の前編で『纏う会』*⑤を主宰されているとお話しされていましたが、そこでは生徒さんに着付けを教えているんですか?

伊藤_そうですね。初心者の方もすごく多いですし、いろんな教室に行った後に更にアップデートしたい、自分らしく着たい、自分らしさを追求したいという方も結構多いです。

haru._そのときも、鏡を見ないで着付けをするとおっしゃっていましたが、それも自分の感覚を研ぎ澄ますためなんですか?

伊藤_まさにそうです。鏡を見ながら着てしまうとどうしても綺麗に着なきゃいけないと思ってしまうんですよね。左右対称にきっちりと着れないと、綺麗に着れないことに苛立ちを覚えてしまったりする。ただ『纏う会』に来ていただいた方には、「ヨガをしに来た」と思ってくださいと言っています。なので、私も「首に生地をぴったり付けてください」とか「気持ちのいいところまで締めてください」というような表現をずっとしているんです。それは、生地と身体がどう触れ合っているのかというところに意識をしてもらいたいから。そうすることで、自分の内側と対話する時間が生まれるんです。それって瞑想みたいな時間なんですよね。 綺麗に着ることが目標ではなく、気持ちよく着物を纏うことで、自分の内側にある美しさに気づいてもらえる、そんな時間にしたいと思っています。

それって、記事の前編でもお話ししましたが、自分にとっての心地良さがどこにあるのかということに気づいていただきたいんです。そうすることで、毎日選択の連続の世界で生きている私たちが、何かを選ばなきゃいけないときに、瞬時に直感を働かせて、自分の心地良さを軸に選択する力がつくんじゃないかと思っています。

haru._その直感力を鍛えるために、伊藤さんも普段から着物を着るときにそこを意識しているんですか?

伊藤_はい。帯を後ろに手を回して結ぶときに、身体の後ろの感覚をものすごく使うんですよ。現代の日常で生きていて、後ろの感覚を使うことってあまりないと思うんですけど、どこまでが自分の身体で、どういう感覚があるのかを自分自身で感じながら着ていくので、自然と日々直感力を鍛えることに繋がっているんじゃないかなと思います。

着物文化とサステナビリティの繋がり

haru._伊藤さんは2023年にライフスタイルブランド『ensowabi』*⑥を立ち上げられていますが、こちらはどのようなブランドなのでしょうか?

伊藤_私自身が長年着物を着ているなかで、一番肌に近い場所にある肌着にこだわりを込めたいと思い立ち上げた肌着ブランドです。

haru._朝活で伊藤さんが私に着付けをしてくださったんですけど、そのときにも『ensowabi』の肌着を着させていただきました。本当に軽くて、肌触りがすごくいいですね。この肌着、和紙からできているんですよね?

伊藤_そうなんです。生地に和紙が入っているんです。やはり和紙って古来から日本の生活の中に身近にあったもので、障子や襖にも使われていて、夏は涼しく、冬は暖かい。それが自然の調和のなかに成り立っているというところが、この和紙の繊維の魅力なんですよね。天然のものだけど、調湿作用や速乾性に優れているので、汗冷えもしないですし、浴衣を着ると汗でベタベタする時があるんですけど、それが少なく、摩擦も起きにくい。そうした自然の作用が働いてるるんです。そんな自然の豊かさを肌着に宿したいと思い作ったものです。

haru._これは通年着られるんですか?

伊藤_オールシーズンで使えます。そして、和紙が入っているので、最初は麻に似た質感があるんです。それがあることで、生地の止まりが良くなり、胸元の着崩れを防いでくれるんですよ。なので、心地よく美しく着れるという、こだわり抜いた肌着になっています。

haru._伊藤さんがこのブランドをわざわざ立ち上げられたということは、もともとはこうした肌着はなかったんですか?

伊藤_私自身、肌がものすごく弱かったんです。お着物を脱いだときに肌が真っ赤になって痒くなることがすごくあったので、いろんな肌着を試していました。でも、心地はいいけど生地が滑りすぎて着物の止まりが悪かったりして、常々「こんな肌着があったらいいな」と思っていたんです。

haru._そうだったんですね。去年くらいから肌見せがファッションのトレンドになっていて、服にわざと穴が開いていたりして、そこから見える下着は可愛いものがいいということで、下着のデザインも変化しているんです。時代によるファッションの変遷と下着っていうのがすごく密接だなと思っていたタイミングで、伊藤さんも新しく着物に合わせて肌着を作られたということが、すごく興味深いなと思いました。

伊藤_「お着物だから汗をかいても我慢しなきゃいけない」ではなく、本当に心地のいいものを追求したかったんです。なので、まず着ていて気持ちがいいということを大事にして、デザインもものすごく削ぎ落としたものにしました。古来からある前合わせの形を採用しているんですけど、この形の潔さみたいなものって、洋服にはない良さだなと思っているんです。色も天然の和紙の色なんですけど、潔いこの白さと形は絶対に残したいというこだわりを持って作りました。

haru._伊藤さんは伝統的なものを尊重しながら、新しい形や着方を提案していると思うのですが、伝統的なものを残しつつ、新しい視点を取り入れるバランスをどのようにとっていますか?

伊藤_私が残したいと思うものは、変わらない美しさを持っているものなんです。「古いね」と感じるものではなく、今でもなお輝き続けている美しさに目を向けたいなと思っています。変わっていくものと、変わらないものをしっかりと見ていきたいなと思っているんですよね。そのなかで、変わらないものを抽出していくことがものすごく大事だと思っていて。特に大事だなと思うのが、形ではなく、そのなかにある豊かさや精神性だと思っています。なので、まさに着物文化を伝えるときに大事なのも、形ではなく、バランスや本質的な変わらない豊かさや美しさ。昔の人も今の人も美しいと思い続けられるものを抽出してお伝えしていきたいなと思っています。

haru._「こういう女性が美しい」とか「こういう女性であってほしい」みたいな女性像って時代とともに変化していくと思うんですけど、私はどうしても着物に対して、美しい女性であらねばならないという固定概念がすごくありました。だからこそ自分が浴衣や着物を纏うことを避けてきてしまっていた気がしていて。でも、伊藤さんの着こなしを見ていたり、連載を読ませていただくと、四季に目を向けその変化に自分を合わせていく楽しさや、ハンサムな自分が存在するままで楽しめるものなんだという発見があったんです。そこから自分も着物を着ていいのかもしれないと思えるようになりました。

伊藤_それが一番の美しさだと思うんです。お着物って、その人が纏った瞬間に一番美しさが光ると思うんです。それは一通りではなく、着る人によってたくさんの種類の光があると思っていて。その人の個性と着物が響き合うことで美しさは引き立つものだし、正解があるものではない。なので、ハンサムなままでいいと思うんです。ハンサムな浴衣姿があってもすごく素敵だと思うし、私も子どもと公園に行くときは着物にスニーカーを履いて行っています。タンスの肥やしになるより、どんな形であれ着ている方がいいですし、正解はないと思っています。

haru._伊藤さんのおうちにある着物はいろいろ着回しをされているんですか?

伊藤_そうですね。着なくなったものは、裾を少し切ったり、部屋着にしたりと、いろんなものにリメイクしています。本当に自由で、生地自体に価値がすごくあるものばかりなので、着物として着なくなっても、じゃあ次はどんな形にしようかなと考えていますね。それも着物が教えてくれたことなんです。昔は着物や浴衣として使わなくなったら、最後はオムツにしたりと、色々な形で使っていたみたいなんです。それは日本の使い尽くすというか、ものを無駄にしないという文化だと思います。

haru._その考え方も、すごく今っぽいですよね。今ってすごくファストファッションが問題になっていて、ファッション業界が出す二酸化炭素の問題や、ゴミの問題がすごくあるじゃないですか。自分が何かものを買うという行為に少し躊躇してしまうんですよね。

その形として使い切ったら、次に活用することはなく捨ててしまうことが多いし、そうしないと資本主義の経済が回っていかない側面もある。でも、何か一つでも、これさえあれば大丈夫だと思えるものが欲しいとすごく思っているんです。もしかしたら、それは身につけるものではなく、空間みたいなものかもしれないんですけど、伊藤さんのお話しを聞いていたら、着物の精神みたいなものにすごく興味が沸きました。

伊藤_そうですね。例えば、祖母にいただいた羽織があったんですけど、なかなか着る機会がなかったので、それを帯に変えたこともあります。母からいただいた柔らかい色合いの着物は、なかなか着る機会がなかったので炭黒にしたりもしました。白から黒に至るまで染めていけるので、そういうところも本当にサステナブルだなと思っています。

haru._染められるというのもすごく大きいですね。

伊藤_ 20代の頃着物を纏い出したときに、自分が今持っている着物は預かり物だと思えたんです。というのも、祖母からの着物が母に渡り、母から私に受け継がれているように、今私が持っているものって、誰かから頂いたものもたくさんあるんですよ。なので、今のこの時代に私がただ持たせてもらっている。そして今後誰かに受け継ぐというものな気がしています。なので、あまり自分の所有物だとは思っていないんです。そう思わせてもらえたのも、着物が初めてでした。

haru._確かに、自分だけのものではなく、もしかしたら後の代の人にも使われるという意識ってすごい感覚ですね。私はあまりそういうものを持ったことがないです。

伊藤_現代のお洋服でそれを感じることって難しいと思うんです。祖母からもらった着物が少しヨレていたり、縫われていたりするのを見ると、祖母がすごく大事にしていたんだなということが伝わってくるんですよね。
あと、祖母からもらった着物から、祖母の趣味が見て取れたりすると、生きてる間にたくさん会えなかった祖母と着物を通して会話をしているような気がして、そんな大切な時間を過ごすことができているんです。それも、着物でないとなかなか味わえないのかなと思います。

上を目指すのではなく、奥を目指す

haru._伊藤さんのお仕事は、何かを受け継いでいくということも大きいかと思うのですが、次世代に受け渡したいメッセージや哲学ってありますか?

伊藤_着物を通して、私たちは自然と共にあるということや、調和のなかに生きているんだということをすごく感じているんです。誰かのことや場所を思って纏ったり、紋様や柄に込められた四季の移ろいの美しさへの敬意や平和や健康への願いを感じることで、一人で生きているわけではないと感じられる。それは決して、“今”だけの時間軸ではなく、祖母の思いを感じとったり、未来に何を繋ぎたいかを考えさせてもらえるんです。古来の人が感じてきたもの、何を美しいと思い、何を大事にしてきたかはネットで調べても出てこないですけど、着物から感じることができると思うんですよね。そういった美しさをを繋いでいきたいと思います。

haru._朝活でATELIER*⑦という本屋さんでそれぞれ気になる本を一冊ずつ選んだんですけど、記事の前編で伊藤さんの選んだ本『ムナーリの言葉』*⑧を紹介しました。私の本について言い忘れていたんですけど、今の伊藤さんのお話しに繋がっているなと思ったので紹介させてください。私が選んだ本は『How Is Life? ー地球と生きるためのデザイン』*⑨。同名の展覧会が開催されたときの内容をまとめた一冊みたいなんですけど、この本の帯に「成長なき繁栄の時代に、我々はどう生きるか」と書かれていて。伊藤さんとも時間のスケールや、受け継いでいくことについてお話ししたいなと考えていたので、この帯にすごく惹かれたんです。

私が普段東京で過ごしていて感じることでもあるのですが、どうしても成長や繁栄といった言葉が10代や20代の身体の成長とはまた別のベクトルで自分に降りかかってきているなと思っていて。身体はどんどん衰えていくのに、いつまでも成長や繁栄をしなくちゃいけないのって、なんだか違和感があるなと思っているんです。会社をやっていると、売り上げを伸ばし続けないといけないという考え方がありますけど、「本当にそうなのか?」と立ち止まって考えなくてはいけないと最近は感じています。

伊藤_どんどん上に上がっていかなくちゃいけないみたいな考え方がすごく苦しみに繋がっていたりしますよね。私自身もそうだったんですけど、上を目指すのではなく、奥を目指すという考え方に変えたときに、すごく楽になったんです。いかに自分を競争社会の中にいないようにするかということを若い頃に考えていました。そうしたときに、上を目指すのではなく、奥を目指せばいいんだと気づいたんです。自分が好きなことを掘って掘って探求し続けることで、そこから見えてくるものがある。

haru._その奥というのは前を進み続けるのか、下に掘っていくのかどちらのイメージですか?

伊藤_下というイメージはないですね。ただただ真っ直ぐ前に掘っていったらだんだんと曲線を描いて上に登っていく感じ。ずっと掘っていくことって、一見遠回りに見えるんですけど、自分軸で生きていくのに大切な事だと思っています。気づいたら、上にもちゃんと行けていたとなるといいですよね。そういう意味で、奥の奥を目指していくというイメージです。

haru._おもしろいですね。私が作っているマガジンの名前も『High(er) Magazine』*⑩という、上にという言葉を名付けちゃっているんですけど、これも周りと比較して上にいくという意味ではなく、昨日の自分よりも高いところを飛びたいという意味なんです。なので、感覚的には奥にという伊藤さんのイメージと似ているのかなと思います。

伊藤_東京に出てくるまでは、いろんな形のお洋服を着て靴を履いていたんです。そこから着物だけにした時に、着物って裾が窄まっているから可動域が限定されて歩幅が決まるんですよね。そのときに、今まで自分の歩くスピードがすごく早く、急いで大股で歩いていたことに気付かされたんです。着物を着た状態で大股で早足で歩いちゃうと、裾が綺麗じゃなくなってしまうのもあって、そこからゆったりとした一定のスピードで歩くことができるようになったんです。やがて着物の歩幅が自分の歩幅の指針になり、自分が気持ちいいと思う歩幅で歩いていったらいいんだなと感じたことを思い出しました。

haru._着物を通しての発見がすごく多いですね!

伊藤_そうですね。やっぱり着物だけにフォーカスしてみたからというのはあると思います。それもまた、ある意味“奥”だったのかもしれないです。

haru._なんだかこの時代を生きていくヒントをいただけた気がします。

それでは今週も、いってらっしゃい。

*①New Balance
アメリカ発のスポーツシューズメーカー

*②両足院
両足院(りょうそくいん)は、京都・東山にある建仁寺の塔頭寺院の一つで、臨済宗建仁寺派に属する。室町時代に創建され、禅の教えとともに茶道や花道など日本文化の発展に深く関わってきた。

*③兵児帯
絞りなど柔らかい素材でできた、主に浴衣に結ぶ帯

*④帯枕
着物を着る際に帯の形、特に「お太鼓結び」などの帯山に立体感を出すための和装小物。

*⑤『纏う会』
ゲストの伊藤さんが主宰する纏う会は伝統を軸に着物を纏う過程で鏡を使わない独自の着付けメソッドで、唯一無二の着物の世界を展開。 それは瞑想のようで、感性をひらき自分の中に在る美しさに触れる時間となる。 その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。

*⑥『ensowabi』
ゲストの伊藤さんがプロデュースする和装インナーウェアブランド。和の美意識を根源に、襟ぐりや袖、紐、素材、補正など細部にまでこだわり、“理にかなう”機能美を追求し、シンプルながらタイムレスで凛とした美しさが際立ち、着る人の心を整えるものづくりをしている。

*⑦ATELIER
東京・初台に事務所を構える通販専門の古書店。 デザイン・写真・美術関連を中心とした古書の販売/買取を行っている。
東京都渋谷区代々木4-28-8 代々木村田マンション503号室

*⑧『ムナーリの言葉』
イタリアの美術家・デザイナーのブルーノ・ムナーリが85歳のときに自身の膨大な著作の中から後世に残したい言葉を編んだ珠玉の短文集。(平凡社出版)

*⑨『How Is Life? ー地球と生きるためのデザイン』
産業革命以降、成長を是としてきた人類の活動は、プラネタリーバウンダリーを超え、気候変動や南北格差をもたらした。地球の自然再生能力に見合った「成長なき繁栄」の時代に、われわれはどう生きるべきか、そのために建築はどうあるべきか? 2022年10月21日~2023年3月19日にTOTOギャラリー・間で開催された意欲的な企画展「How is Life」の内容をまとめ、あらたに監修者により論文や対談を収録した一冊。(TOTO出版)

*⑩『High(er) Magazine』
パーソナリティのharu.さんが編集長を務めるインディペンデントマガジン。

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Profile

伊藤仁美

着物家。京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。 オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。 その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。 企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。 「ensowabi」HP:https://shop.ensoofficial.jp

photography: miya(HUG) / text: kotetsu nakazato

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2023.10.23

アートとベルリンを巡る朝 haru.×Nao Kawamura 【前編】

vol.54
2023.10.02

いつもとちがう場所に自分を連れていってみる miya

vol.55
2023.09.18

キックボクシングをする朝 haru.× 阿部裕介

vol.56
2023.09.04

美味しく食べた記憶が習慣を生んだなら miya

vol.57
2023.08.21

おにぎりを握る朝 haru.× 横澤琴葉

vol.58
2023.07.19

はじめての『月曜、朝のさかだち』を振り返る miya

vol.59
2023.06.26

自分の「ほぐしかた」、知ってる? haru. ×Kaho Iwaya