お互いの印象をネイルに施す朝 haru.×NORI【後編】
月曜、朝のさかだち
『月曜、朝のさかだち』シーズン2、第11回目のゲストはヘアメイクアーティストのNORIさんをお迎えしています。記事の前編では、朝活を振り返りながら、NORIさんが仕事現場で心がけている「やらないこと」の重要性、メイクに慣れていない人が抵抗感なく一番最初に始められるメイク方法、そもそもヘアメイク業界がどのように誕生したのか、NORIさんがヘアメイクアーティストを志した背景にあった雑誌業界への憧れと衰退についてお話しいただきました。

後編では、NORIさんが女性が多い現場で意識していること、感覚が重視されてきたファッション業界で、今言語化を大切にするNORIさんの思い、5月に開催されたNORIさんの個展を経て捉える、時代と美しさの変化などについてお話しいただきました。
本編へ進む前に、まずは視聴者さん、読者さんから集めた「ゲストに聞いてみたいこと」にお答えいただきました。今後も『月曜、朝のさかだち』に遊びに来てくれるゲストのみなさんに聞いてみたいことを募集しているので、ぜひORBIS ISのSNSをチェックしてみてくださいね!

NORIさんに聞きたいコト
Q.普段の朝時間の過ごし方を教えてください
A.撮影は早朝から始まる事が多いので朝食食べて着替えてすぐ出勤。 休みの日はゆっくり起きて昼からブラジリアン柔術のクラスに。
Q.パートナーが外見に無頓着なのですが、どのように伝えたら関心を持ってもらえるでしょうか?
A.ハンドクリーム、リップクリーム、香水、化粧水などプレゼントして外見に直結しないところから関心を持ってもらう。 そして褒める。(良い香りだね! 肌がキレイになったね!など。)

新しい世界を知り、あらゆる立場の役割について考える
haru._NORIさんとはいろんなタイプの撮影のお仕事をご一緒していますよね。この番組に以前ゲストに来てくださった、『suzusan』*①のCEOの村瀬弘行さん*②がやってらっしゃる和装ライン『鈴三』のビジュアル制作のときも、NORIさんがヘアメイクで入ってくださり、しかもモデルもしてくださいましたよね。
NORI_初体験させていただきました。
haru._あの時の和装が似合いすぎていて、現場でフォトグラファーも「これをアーティスト写真にしたらいいんじゃないですか?」って言っていて、実際にアー写として使ってくださっていますよね。
NORI_そうですね。とても気に入っています。
haru._私のなかで印象に残っているのは、私がやっている下着ブランド『HEAP』*③がドレスデザイナーの八木華さんとコラボした際にビジュアル撮影をしたんですけど、そのときにNORIさんがヘアメイクをしてくださったじゃないですか。このときは全然ナチュラルなヘアメイクではなく、テーマも「地獄の花嫁」だったので、ヘビーな感じに仕上がりましたよね。NORIさんがエアブラシを持ってきてくださったり、髪の毛もあえてダメージを加えたり、目元も疲れた女性を表現してくださったりと、すごく楽しくて印象に残っています。
NORI_いい撮影でしたよね。楽しかったです。
haru._そのときの現場って、NORIさん以外みんなスタッフもモデルさんも女性だったじゃないですか。そのなかでNORIさんだけ一人男性で、最初はアサインしてもいいのかなと一瞬よぎったんです。でも、以前から『HEAP』のイベントに来てくださって、「村上由鶴さん*④のゲスト回聴いたよ」って言ってくれたり、HIROMIXさん*⑤の写真集を貸してくださったりしていて、NORIさんだったら絶対に大丈夫だと思うという話をスタッフのみんなとも話していたんです。もちろん撮影もすごく上手くいって。
そのときに、NORIさんはきっと自分以外がみんな女性という現場も多いのかなって思ったんです。現場の立ち振る舞いとかが、現場全体にすごく影響するじゃないですか。そういうときに、どういうことを意識したり、気をつけてお仕事されているのかなと気になりました。
NORI_僕の一歳上に双子の姉がいて、四歳下に弟がいるんです。幼少期は基本的に母親と姉二人という、女性が多いなかで生まれ育っていたのもあり、女性が多い現場の方が僕にとっては自然な感じはあるんです。男性オンリーの現場よりも、女性のなかに僕一人がいる方が仕事のしやすさは感じます。
僕の母親が僕の幼少期について語るときに、よく話すエピソードがあって。保育園にいくときに、お姉ちゃんがスカートを履いているのを見て「僕もスカートを履きたい」と言ったそうなんです。「どうして僕はスカートを履いちゃいけないんだ」と駄々をこねたエピソードをいまだに言われるくらい、女性に囲まれることに対しては全く気にならないんです。
ただ、『HEAP』は下着の撮影だったので、モデルになってくださっている方が、僕が男性としてそこにいることに対して不快な思いをしていないかということはすごく気になりました。だから、撮影が始まったらなるべく直視しないとか、距離感を保つということは意識しています。
haru._この番組にインティマシーコーディネーター*⑥の浅田智穂さん*⑦が来てくださったときにも、「見ないことも仕事のうちの一つ」とおっしゃっていました。それも現場を過ごしやすくするための大事な意識なんだということを、私もそのときに感じました。
NORI_おべんちゃらで言うわけじゃないですけど、このPodcast番組ってすごく教育系だなと思っていて。僕はこの番組に出演された方たちのお話しを聞いて、すごく参考にしていることもいっぱいあります。
haru._ありがとうございます。でもそれは意識していることでもあるんです。毎週約15分ですけど、そこであたらしい世界の扉が開かれるきっかけや、振る舞い、言葉遣いなどで、いいなと思っていただけることがあればいいなと思ってやっています。

NORI_どうしても一つの業界のなかで仕事をしていると、考え方が凝り固まって、その業界ならではの当たり前が染み付いちゃうことがいっぱいある。でも、違う業界に行くと、その当たり前にはすごくバイアスがかかっていたことに気づいたりするんですよね。
以前、一緒に仕事をしたベルギー人の女性が日本に来たときに、「女性モデルが着替えるときはちゃんと部屋が用意されるのに、男性モデルはなぜ着替えの部屋を用意されないんだ?」と聞いてきたことがあったんです。僕らからしたらすごく当たり前のことだったから、そのときは答えに困ってしまったんですよ。そしたらその人は「こんなのおかしい!男性がここで着替えている以上、私もここで着替える」と言って、その場で服を脱ぎ出したんです。周りから止められたんですけど、僕にとってはすごくいい気づきになりました。僕もいろんな角度から常識を疑いながら見た方がいいなと思ったんです。そこから積極的に、村上由鶴さんの『アートとフェミニズムは誰のもの?』を読んで、フェミニズムに関して知識を得たりしていて、そういう意味でこの番組には非常に感謝しています。
haru._とても嬉しいです。でも、ヘアメイクさんって、基本的には現場に一人しかいないじゃないですか。だから、同業者と現場で情報交換をすることがあまりないだろうなと感じていて。独立した存在みたいな印象が強いです。だから、それぞれが現場で自主的に学ばなきゃいけないことも多いんだろうなと思っていました。
NORI_それこそ、『鈴三』の浴衣の撮影でモデルをさせてもらったことは、普段とは真逆な立場だったんですよね。裏方と出役って、全然メンタリティも考え方も違う。そういう意味ではめちゃくちゃいい経験でした。
haru._私もたまに出役をやるんですけど、その時によく、ヘアメイクさんがいることで初めてカメラというものに立ち向かえるんだなと思います。というよりも、カメラの前に立つためには、ヘアメイクの力が一番自分を奮い立たせてくれるなと。もちろん装いもそうなんですけど、人がパッと見るのって顔や表情だったりする。だからこそ、ヘアメイクをしてもらっている状態で、自信を持てていることが、カメラの持つ威力に唯一対等になれるものというイメージがあります。
NORI_そこは僕も現場ですごく意識していることです。メイク中にたわいもない会話もするんですけど、「今日のクライアントはこういうことをすごく細かく気にするよ」とか「このフォトグラファーはシャッターを切るスピードが早いよ」とか、そういう情報を共有してあげるようにしています。 他にも、宗教的にお肉が食べれなかったり、ヴィーガンを選択している情報を会話のなかで得たら、制作スタッフに野菜だけのランチを用意してもらえるよう僕が伝えたりと、橋渡し役をするようにしています。そうすることで、カメラの前に立つときには、ある程度のことを理解したうえで、安心した状態で立てるようになると思っています。そういった意識や努力はするようにしています。
haru._みなさんがNORIさんのように意識されているかはわからないですけど、ヘアメイクさんに対して信頼感を持てると、その現場はかなり過ごしやすくなるなと、自分が出役になって気づきました。あまりないかもしれないですけど、普段の役割とは違う役割をしてみたり、同じ仕事をしている人に話を聞くことってすごく大事ですよね。
NORI_さっきharu.さんはヘアメイクは現場に一人しかいないとおっしゃっていましたけど、カメラマンも一人だし、スタイリストも一人のことが多い。しかもプロジェクトを一緒に達成することを目的にメンバーが集められているから、同僚でもなければ、会社の社員でもない。そのなかで、空気を読んだり、その人のキャラクターを理解して、最適なものを提供することが大事じゃないですか。その最適なものっていうのは、ヘアメイクのディテールもだし、情報であったりもするし、コミュニケーションであったりもする。今これが必要だということを察知する能力がすごく必要だなと思います。
haru._メイクがしっかりできているとか、そういう話じゃないんですよね。メイクがしっかりできているからといって、カメラマンと対峙したときにうまくいくかと言ったらそういうわけでもない。いろんな立場に立つことで、それぞれが持つ役割についてめっちゃ考えますよね。
NORI_考えますよね。ヘアメイクに関してすごく意識するのが、写真や映像になって出来上がったものを人が見たときに、「ヘアメイクさん、こういう意識でこの辺のメイクをしたんだな」と気づかれないことなんです。あたかも、モデルさんが自分でやったと思ってもらえるぐらい馴染んでなければプロの仕事じゃないと思っていて。完全に裏方に徹するというか、自分の表現を誇示するために仕事するわけじゃないということをすごく考えています。

感覚だけでなく、ロジカルに言語化していくこと
haru._NORIさんはいろんな国のスタッフとご一緒されることも多いですよね。私がNORIさんと初めてお仕事したのも、韓国のチームとの撮影でしたね。そういう場で、文化の違いとかも現場で察知して振る舞いを変えたりするんですか?
NORI_します。そのときも、僕とharu.さん以外は韓国人のチームだったのかな。あの当時って、韓国チームの人と英語か日本語でやりとりをしていたんですよね。あのチームと二回一緒に撮影させてもらったんだけど、僕も韓国語が全く理解できなかったのもあって、英語じゃ超えられない壁があるなと思ったんです。そこからハングルを勉強するようになりました。
haru._そうでしたね。NORIさんと別の現場でお会いしたときに、「韓国語を勉強してる」って言ってました。
NORI_それぞれの国で、言語に対して誇りやいろんな思いを持っているじゃないですか。日本人であっても、海外からの観光客の方が日本語で挨拶してくれたら嬉しいし、グッと距離が縮まったりする。僕はヨーロッパ圏の方と仕事をすることが多かったので、割と英語で全部やりとりができて、オランダ語やイタリア語、ベルギー語を習得する必要性をあまり感じなかったんですけど、韓国の方と仕事をしたときには、韓国語の必要性をすごく感じたんです。まだ全然しゃべれないんですけど、言語を学ぶと、文化の一端が少しわかる気がするという気づきもあって、新しいことを勉強することって必要だなと思いました。
haru._ちょっとした単語から見えてくるものもありますよね。
NORI_ファッション業界でずっとヘアメイクをやってきたんですけど、ここってすごく感覚の業界なんですよね。可愛いとかイケてるとか、ヤバいとか、そういう感覚的なコミュニケーションが多い。それが軽やかでファッションのいいところだと思っているし、今でも大好きなんですけど、だんだんとそれらの感覚を言語化しようという意識が芽生え始めたんです。今自分がやっていることをロジカルに言語化しながら理解しようと、40歳を過ぎてから感じるようになりました。
haru._わかります。軽やかさが良さでもありつつ、自分のやっていることをちゃんと言葉にして残さないと、そのまま軽やかに流れていっちゃう感覚がすごくある。 SNSともすごく密接だから、一度SNSに上がったら一旦完結しちゃう感覚もあります。自分の中ではまだ続いていることだとしても、側から見たらもうSNSに投稿されたから終わりみたいなのがあるじゃないですか。そこに抗うためというか、自分はここにこれだけの思いがあったということを自分のために残さないと、蓄積してるはずなのに、していないみたいな錯覚になると思っていて。だからNORIさんの感覚がわかります。現場ごとに学びはあるはずだし、それを自分のなかで言葉にしたり、言語を学んで自分のものにしていくとか、それを現場で実践することを意識的にやることが大事な気がしています。
NORI_そうですね。僕は高校を卒業してすぐに社会に出て、働きながら感覚とフィジカルで物事を覚えてきたキャリアだったので、アカデミックな教育を受けていないから、言語化することがすごく苦手なんです。ファッションのすごいところって、「ヤバい」だけで共感できるんです。そこに言語も何もないのに、お互いが同じものを「ヤバい」と思える力強さがあると思っていて。それがファッションのいいところなんですけど、言語化することで、自分はなぜこれをヤバいと思っているのかを考えられるし、それが理解できればきっと伝えることもできる。
特に、キャリアを重ねるにつれて、ファッション業界でも大手の企業さんとお仕事する機会も増えていて。今までは大多数の人に理解されなくても、最先端の尖った人たちにウケればいいと思っていたし、それがファッションの目指すべきところだと思っていたんです。でも、大きな企業とお仕事をさせてもらうと、どうしても大きな層に向けてのビジュアルコミュニケーションをしなくてはいけない。そんなときに、ロジックというものがすごく必要になってくる。それに気付けたことも大きいし、一ヶ所にいるのではなく、違うフィールドに移っていくことによって、もともといたフィールドを見返すことができる。今はそういう時期なのかなと思ったりします。
haru._ちょうどキャリア15年とかですよね。
NORI_村上由鶴さんの『アートとフェミニズムは誰のもの?』を読んだときに、「アートは見るものじゃなくて、読むもの」というページがあったんです。そのときに結構カルチャーショックを受けて。明らかにファッションは読むものじゃなくて、見て感じるものなんですけど、そこに違いがあるんだと衝撃を受けました。ファッションとアートってお隣にいるような感じがしていたけど、考え方や捉え方が全然違うんだなと思いましたね。
haru._それぞれの文脈や、生まれた社会の背景を知ると、さらにおもしろい読み解きができますよね。そこに気づくだけでも、見えているものも変わってきますし。
NORI_変わってきますね。特に、僕はアートの世界にいなかったからこそ、アートは自由で、何のルールもないと思っていたんです。だけど、村上さんの本を読んでいると、排他的な側面があったり、女性がアート業界で評価されることが難しかったりする実情を知って、「アートって自由じゃなかったんだ」、「平等な世界じゃないんだ」と思ったんです。一歩踏み込んでみると、全く違う景色が見えてくるなと思いますね。
haru._しかも、それが自分のいる業界にも反映できちゃったりもしますよね。そこには発見もあるし、ショックもある。
NORI_僕からすると、村上さんの本の中でも紹介されていたゲリラ・ガールズ*⑧や長島有里枝さん*⑨、HIROMIXさん、蜷川実花さん*⑩って、フェミニズムの文脈から読み解くこともできるけど、90年代ではファッション誌にも取り上げられていたんですよね。だけど、「ビジュアル的にヤバい、かっこいい」という見方をしていて。今でもおしゃれだと思うけど、そのおしゃれの裏側に何が隠れているのかというところまで読み解こうとしていなかった。それを今、読む努力をしている気がします。

時代は変わるし、美しさも変わる それを追いかけて生きていく
haru._トレンドに敏感でいながらも、そこに振り回され過ぎずに自分のスタイルを確立していかなくてはいけないと思うんですけど、NORIさんはそこのバランスをどう探ってらっしゃるのか気になっています。
NORI_難しいですね…。トレンドを追いかけなくちゃいけないのは、職業的に知識を身につけておかないとアウトプットできないから必要ではあって。それと並行して継続している作品作りがあるんですけど、そこでどういうアプローチをするのかをただただ自分に問う時間を作っています。そこでトレンドに乗っかって流れていくのではなく、自分らしさというものを発掘しているような気がします。
haru._それはNORIさんが今年の5月にされていた個展『YY/MM/DD』で発表されていた作品とかですか?
NORI_そうです。もともと、若いときに仕事をもらうためにプロモーションとして作品作りをしていたんです。あくまで、クライアントに自分の作品を見せるために制作していたんですけど、先日の個展では、数年前に撮影したモデルさんと同じ状況で撮影したものを2枚並べて、時間の経過を見せるというものでした。ただヘアメイクを施すだけだと、良し悪しが好みの話になってしまうと思うんです。でも、時間を経た二枚を並べることで、年齢を経たモデルさんの美しさも表現できるし、そこを伝えたかったんです。時間経過は美しいし、価値のあるもの。今この人はこうして美しく生きているということを表現したかった個展でもあります。
haru._個展では、二枚の写真が対比で並んでいるんですけど、その間に空いている時間は、モデルさんによってバラバラでしたよね。すごく時間が空いている方もいれば、数時間しか空いていない方もいらっしゃった。撮影クルーも同じだったんですか?
NORI_カメラマンはずっと一緒ですね。一人のモデルさんに対して二枚撮っているカメラマンさんは同じ方です。
haru._モデルさん、カメラマンさん、NORIさんがまた集うまでにあったそれぞれの人生や時間を想像させられてすごく穏やかな時間が流れていました。ファッションの世界にいると、一回きりといった刹那的なことが常にあるじゃないですか。流行りも変わるし、現場で会うモデルさんもいつも違ったりする。何度も顔を合わせたりすることがないから、時間をかけて関係性を紡ぐことに価値が置かれていない気がずっとしていて。そこに関しては、この世界の苦手な部分でもあるんです。モデルさんは、マネキンのように見せることが正解の場面もあるから、その人がどんなバックグラウンドを背負って生きてきたかということが、あまり関係ない場合の方が多かったりする。でも、NORIさんの作品は、自然とそこに思いを馳せるきっかけになっていました。全然違う人に見えるくらい変化している人もいるんですよね。始めの一枚は、まだ子供みたいだったのに、時間が経った後の写真では、自立した女性の顔つきになっていたり。それが見れることがすごくいいなと思いました。
NORI_ありがとうございます。展示自体は今説明したようなことを表現したかったし、伝えたかったので、haru.さんが言ってくださったことを聞いて、伝わってるんだなと思って嬉しいです。でも、ヘアメイクとしては実はすごくプレッシャーも感じていて。なぜかと言うと、二枚並べたときに、昔の方が可愛かったねという感想を持たれたら、モデルさんに申し訳ないじゃないですか。一番年数が経っているものだと、8年ぐらい経過しているので、観に来られた方が「若い時はすごく美人だったんだね!」っていうような感想を言われたら、ヘアメイクのプロとしてどうなの?という話になってしまう。なんとしてでも、年を重ねたその人を綺麗に見せることは意識しました。
haru._そうだったんですね。年を重ねることがあまりプラスではない世界ではあるじゃないですか。年を重ねた女性モデルさんが、出産したことを公表すると、お母さんとしてのモデルの仕事しか来なくなったりする不安があるし、自分の魅力がなくなっていってしまうという考え方を持っている人が多い業界でもある。でも個展では、その人の人生が積み重なっていくことの美しさを、写真から、ヘアメイクから感じました。
NORI_年を重ねて30代半ばになったからすごくコンサバで綺麗なメイクしか似合わないというのもつまらないじゃないですか。だから、飛ばしながらも、なるべくその人に似合っているものを作り出さなきゃという思いがありました。
haru._確かにコンサバティブだなとは一切思わなかったです。メイクとしてすごく実験的なものもありましたよね。モデルさんたちからは感想をいただきましたか?
NORI_喜んでくださった方が多くてすごく励みになったし、嬉しかったですね。haru.さんもおっしゃっていたけど、モデルさんとヘアメイクってバディにならなくてはいけない部分があるんですよね。二人でキャラクターを構築していくようなところがあるから、ポジティブな反応をいただけたのはすごく嬉しかったです。あの個展にはスポンサーやクライアントが一切いない、完全なプライベート企画でやっているので、ビジュアルコミュニケーションとして見せることの怖さや、返ってくる反応に対する恐怖もありました。でも、ダイレクトに意見をいただけたり、それがポジティブな意見であればあるほどやっぱり嬉しかったです。
haru._びっくりしたのが、展示されている写真は、NORIさんがコンビニでプリントされたんですよね?それがすごく衝撃でした。格好つけていない感じにびっくりしました。
NORI_自分がやっているヘアメイクという表現を客観視しながら、どの立ち位置に立ってこれを表現するのかということをすごく考えたんです。いろんなヘアメイクさんの作品展を観にいくんですけど、そうするとみんな綺麗な用紙にプリントして、綺麗に額装して展示されているんです。それがおそらくオーソドックスなやり方だと思うし、写真展とはこうあるべきという一つのかたちだと思います。でも、写真展って言っている時点で、それは写真作品であって、ヘアメイクさんの作品なんだろうか?という疑問も同時にあったんです。
自分はヘアメイクアーティストなので、あくまでも写真作品を展示しているけど、写真というものにこだわるのは写真家の仕事であり、ヘアメイクアーティストがこだわるのは、あくまでもヘアメイクであるというポジションに立っていたかったんです。だから、セブンイレブンのコピー機で出力した紙を展示することで、これは写真作品ではなく、ヘアメイク作品をただ出力した印刷物であるというアプローチをやってみたいと思ったんです。
その印刷物を写真家さんが使用するであろう額装を施し並べて見せることで、「写真作品のようでありながら、写真作品ではない。なぜならこれはヘアメイクアーティストによるヘアメイク作品であるからです」という見せ方をしました。
haru._良くも悪くも写真って力が強すぎると思うんです。でも、今回の個展ですごく良かったのが、写真家さんたちは複数人いるんですけど、撮影時の条件は同じなんですよね。背景は白バックで、ヘアメイクがしっかりと見える写真。写真の力を一旦削いで、ヘアメイクを施されたモデルさんに集中できたのがすごくいいなと思いました。
NORI_洋服も着ていないですからね。僕らの仕事って、洋服があることでビューティーではなくファッションの写真になったり、そこにジュエリーが入ることでジュエリーの写真になったりする。写真という媒体自体、音も文字も基本的にないから、情報量の少ない媒体なんですよね。そのなかで何かを伝えるのであれば、いろんなことを削ぎ落として、伝えたいものを明確にしていかないと、伝えたいことが濁っていく感覚があったんです。なので、ああいった表現方法に辿り着いたのかなと思います。
haru._NORIさんが考える美しさに対する潔い表明だなと思いました。
NORI_それってきっと、僕自身が美しいとは何かということの答えを見つけられていないということでもあって。永遠に見つからないんじゃないかとも思っています。なので、それをずっと探し続ける旅というのが、ヘアメイクの仕事なのかなという気がしています。
今の時代の美しさは健康的な美だと思うんですけど、僕が生きてきた90年代の憧れのロックミュージシャンたちはみんな不健康だったんですよね。でも、その人たちの人生は美しかったように思っていて。そんなふうに時代が変わると美しさの定義も変わってしまう。
今朝も朝活でネイルを塗りましたけど、今は男性がネイルを塗ることも当たり前の時代。だけど、数年前までは考えられなかったと思うんです。時代は変わるし、美しさも変わる。それを楽しみながら、変わっていく美しさを追いかけていくことが楽しい人生なのかなと思います。
それでは今週も、行ってらっしゃい。

2008年にドイツ・デュッセルドルフで設立された、日本の有松鳴海絞りを現代的に再解釈するライフスタイルブランド。伝統技術を継ぐ名古屋の職人と協働し、ストールやニット、ウェア、インテリア雑貨を展開。世界29カ国120店舗以上で扱われ、高級セレクトショップにも採用される。
*②村瀬弘行
1982年愛知・名古屋生まれ。英国サリー美大でファインアートを学び、独デュッセルドルフ国立芸術アカデミーで立体芸術・建築を専攻後、在学中の2008年に「suzusan」を設立。その後2014年に家業を法人化、2020年からCEO兼クリエイティブ・ディレクターを務める。
*③HEAP(ヒープ)
HUGが手がける下着ブランド。
*④村上由鶴
1991年埼玉県生まれの写真研究者・アート評論家。秋田公立美術大学助教として写真の美学・現代アート・フェミニズムを専門に執筆・講義。2023年に『アートとフェミニズムは誰のもの?』(光文社新書)を出版。
*⑤HIROMIX
1976年東京生まれの写真家・アーティスト。1995年にCanon「写真新世紀」で優勝し、女子高生の日常を切り取る“ガールズ・ダイアリー”で90年代のフォトシーンに一石を投じる。以後、出版や展覧会、DJ活動でも活躍。
*⑥インティマシーコーディネーター
俳優の精神・身体的安全を守る役割を担う、映像現場の専門職。2020年に資格取得後、Netflix映画『彼女』で日本初の導入。以降、映画・ドラマ・舞台で活動し、俳優もスタッフも安心できる環境づくりに貢献している。
*⑦浅田智穂
日本初のインティマシー・コーディネーター。2020年よりNetflix映画『彼女』やドラマ『エルピス』『怪物』などで俳優の心理・身体的安全を守る役割を担う。2023年には株式会社Blanketを設立。
*⑧ゲリラ・ガールズ
1985年NYで結成された匿名のフェミニスト・アーティスト集団。ゴリラマスクと統計データを用いて美術界や文化の性差別・人種差別をユーモアに訴える活動で国際的に知られる。
*⑨長島有里枝
1973年東京生まれの写真家。武蔵野大学在学中にデビュー後、カリフォルニア芸術大学でMFA取得。家族をテーマにした作品で木村伊兵衛賞や講談社エッセイ賞を受賞するなど、表現の幅広さとフェミニズム視点が特徴。
*⑩蜷川実花
1972年東京生まれの写真家・映画監督・クリエイティブディレクター。父は蜷川幸雄。極彩色の写真作品で知られ、映画『さくらん』『ヘルタースケルター』などで監督を務め、国際的評価を得る。
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photography: miya(HUG) / text: kotetsu nakazato